⑲ 恐怖の大王
宮川はたしかに日直でどこかにはいるはず。ポケベル鳴らすのも失礼と思い、間宮は間もなくやってきた川口に患者の観察を頼んだ。
宮川は動物実験室に入りびたりで、あそこは所定のIDを持ってないと入れない。もちろん間宮ら研修医は部外者だ。内線も、誰も出ない。しかし、もう昼時でもあり間もなく休憩に入るはずだ。宮川の机の上、カバンとカップラーメンらしきものもある。
ただ、研修医がいたずらに医局付近にいると・・
「間宮さん、手伝って」院生の1人、さっそく雑用を頼まれる。
「あ、はーい」
「自販機でコーヒー買ってきて。微糖のやつね。それと」
「・・・ですね。あ、お金今持ってなくて」
「うん。でも俺いま実験中で手が離せないから。悪いけど持ち場に戻って、お金建て替えといて。コーヒーは僕の机の上」
「はい!」
行こうとしたら、別の院生。
「中華飯店に注文しとけ。ラーメン定食ネギ大盛り」メニューのコピー渡される。
「電話したらいいんですね。すぐでいいですか?」
「お前受け取って、そのあと持ってきて」
「わかりました」
どんどん用事が増えていく。
「あのう」また別の院生。
「はい。何にしましょうか?」
「え?ではなくて」
好青年、私服。部外者か・・・
「ここに、野中先生は・・」
「間もなく病棟のほうに来られると思いますが」
「そう。ありがとう。向かいます。久しぶりに医局来たけど、相変わらずゴチャゴチャしてるなあ~。研修医の先生ですか?」
「は、はい!間宮リンといいます!」
「芦原です。まあOBというところかな」
ここのOBが、野中くんに・・・間宮は気になった。あたしの知らない何が進んでるんだろう・・・。野中は何を陰でこそこそ動いているんだろう。なにせ、自分だけ一か月先回りで仕事していた奴だ。油断はできない。
「駐車場で杉さんを見かけたけど。杉さん、アメリカから戻ってきたんだね」
「杉さん・・杉山先生」
「ああ。ちょっと丸くなったのかなあ。体格だけかもしれないけど」
気が付くと、院生らが頭を何度も下げている。
「す、杉さん・・・帰ってきたんですか」
「うん、いたよ。間違いない。あれは杉さんだ。元気にやってるー?」
院生らはひきつり、バッとどこかへ散らばった。間宮はとりあえず、ラーメン定食を注文して自販機へと向かった。
「いま、下へ行けば、その<杉さん>に会えるかも・・・!」
だだっ広い掲示板の前に来た。閑散としている。大学病院は無駄なスペースが多いが・・・ここの自販機で買うと、ゴトーン!という音が響き渡る。でもここは、間宮の思い出の場所だ。大学に合格して、みなここに集められた。父も母も、あたしを一番大事にしてくれていた。
ゴトーン!と缶コーヒーが落ちたとたん、背後に気配を感じた。振り向くのも怖いので、ごそっと下に手を伸ばす。いや、これは気配ではなく・・・
<ピピピピ・・・>
院内ポケベル音。あたしのじゃない。でも誰の・・・
その<誰>は、彼女の真後ろにいた。小銭をがしっとつかんでいる厚い拳。自販機横の、むき出しの公衆電話をガチャン、と取り出す。大柄で、たくましい人物は、そのまま杉さんのイメージだった。やくざに近いイメージ。こっちをジッと睨んだように見え、間宮は缶を落とした。
「あ!」カツーン、と跳ね返り、彼の第一声を聞き逃した。いや、もう少しここにいよう。どんな声なのか。この医局で一番恐れられている医師・・・。
大男は声を上げた。
「あ!こんにちはー日本光電でございます!いやあお世話になります!」
「・・・・・・」
人違いだった。その光景を、ずっと上の階から見ているさっきのOB、芦原。スポーツマンらしく、凛とした集中力で彼女を見下ろす。
「あれが、間宮リンか・・・おっと」
近くのエレベーターがチン、と開き、彼は野中の待つ病棟へと向かった。田宮も揃いつつある。ユウキ・・・ユウキだけは、まだ来てなかった。彼はまだ知らない。恐怖の大王の再臨を。




