⑰ 点滴と宿敵
点滴当番・・・
定食くらいの銀のトレイを持ち、まるでランチ運ぶみたいに・・
「失礼しまーす!」
余った片手でノック、ゆっくりスライド。
個室に入る。もう1人の研修医が続く。トレイを持っている野中は、点滴をつるす。
「それでは、始めますねー!」
「テレビ、消しまーす!」田宮がリモコンをピッ、と作動。いきなり静かになる。
酸素吸入中の60代の、肺炎患者。点滴はすでに本体が何本もつってある。
「ハーハ―。ああ、ありがとう・・・」
「・・・・・」横には、奥さんとおばしき人がサッと新聞紙をしまう。眼光がまっすぐ。
野中は三方活栓を開き、点滴の長いコード先をくっつける。
「では、ゆっくり落とします・・気分悪かったら、言ってくださいねー」
「ハーハ―・・・はい」
点滴を指でクルクルとダイアル調整。奥さんも、野中の視線を追う。そうだ。家族は研修医の手先より、その視線の先を追う。そのように、研修医らは感じていた。
「オーケー」田宮はグッドのサインをした。野中は出ていき・・
「あの。いつまで」
「?」田宮は立ち止まり、ドアがまたスライドして止まった。
「いつまでこの治療が続くんでしょうか」
外は真っ暗。20時くらいか。
「え、あの、主治医の先生とは」プレカードには、主治医は「小川」と。
「ええ。小川先生は本当に、よく診てらっしゃいます。主人も私も、非常に感謝しております」
「はい・・」
「ただ、あの先生循環器がご専門でしょう?今回、心不全で入院したのですが、水は減って心臓は元通りなのに、今度は肺炎、それからまた水がたまって・・」
「水と言いましても、必ずしも心臓からの水とは限らないし」
「はあはあ。肺炎からの水!」
「いやでも、データを見ないと」
「おたく、ご専門は?まだお若いですね?あ?」
奥さんは、何やら悟ったようだ。なんせ、彼のポケットからはみ出している冊子は・・・
<研修医>ポケットマニュアル
「はい、ではよろしくお願いいたします。ごめんねー!」
田宮はもう、穴があったから入るつもりで部屋を出た。廊下では野中が黒い顔で二やついている。
「おい!自分だけ行くんじゃねーよ!」
「くっくっ・・いやあ、気分はもう指導医だねー!」
ガラガラ、と台車が暗い廊下を通る。
田宮は小さくあくびした。
「患者さんらも、もう寝る時間だなー。俺たちも、寝れるときに寝とかなきゃねー」
「研修医が寝るって言ったらだめって、上の先生たちは言ってたよ」
「なんだそれ。ノナキーもそう思うのか?」
「そりゃ寝たいときもあるけど、診療への時間が最優先だよ」
「俺はそー思わねーな。だって睡眠不足だったら、判断ミスしそうじゃん?」
「そうならないために、オーベンたちが守ってくれてるんじゃない?」
「オーベンねえ・・うっとうしいよ。あいつら」
「だめだよ、そんな言い方」
「言わせろよ。親身になるなら、俺たちより遅く来て、早く帰るなってーの!」
次の部屋。ここも個室。
「すみませーん」コンコン、と野中が叩く。真っ暗な部屋。小さい明りをつける田宮。彼は口では乱暴なことをいう癖があるが、やるときはやる男だった。
ただ、ナイーブなのが彼の最大の弱点だった。それについては、いずれ・・・
駆血帯ゴムで、しばる野中。高齢女性はやせ細っている。気管切開しており、呼吸器がついている。シュー・・パー・・シュー・・と暗闇の中に吸い込まれる音。時計が刻むように、しかるべきタイミングで医師らの心拍に訴えかける。
彼女は細いが優しい目で頷いた。田宮もやや笑顔で頷く。
「つなぎます」
ノナキーが調節、ポトポト落ちる点滴。彼女はその一滴一滴をまぶしく見つめていた。
「大丈夫ですよ。あとで来ます」
回収はノナキーの当番、田宮は解放された。
「じゃ、おれ帰るわ。血痰の患者はもう休んだし」
パン、とカンファレンスルームを開けると・・・
静かだ。いや、ぼそぼそ声は聞こえる。そして会話が途絶える。間宮、川口、ユウキ・・・ノナキー以外の研修医らは、みなここでカルテ・資料を拡げていた。今日の反省や、明日への計画。これは当然、毎日だ。夕方以降、マイオーベンのいる部屋へ赴き、また病室へ訪問し。しかし患者も食事中であったり都合が合わないこともあったりで、特に18時~21時などあっという間に過ぎていく。
これからだった。しかし・・・
「すまないね、みんな。おれ・・帰るわ」田宮は荷物を詰めだした。
「えー!」メガネの間宮が大きく目を見開いた。両腕を背中に回している。
「いや、用事あんだよ」
「おこってんの?」
「いいだろ別に」
「あたし、何かした?」
「なんかおかしいぞ、マミー最近。一言多いというか」
童顔のユウキはすぐに察した。衝突寸前・・・
「田宮くん、気を付けて」
「おう。はらへったわー」
「ま、田宮君にしては遅く帰る方かな」間宮はチクチク、それでも続ける。
「・・・・・」
間宮は再び、資料読みにふけようとしたが・・・
ドン!と目の前に手が叩きつけられた。
(前奏)
「何ちょっと?」
「だまれ・・・オバン!」田宮は渾身の力で、その3語を言い放った。
ユウキは驚いた。
「(オバンって・・・)」
グッチが田宮の尻をパーン!と叩き、まるでそれで噴射するように田宮は帰っていった。ユウキはまだ首をひねっている。グッチがこっちを心配そうに見ている。汚いものを見るような目。いや違うか・・・。
「なんだ・・・僕の知らないことが…何かある?」
このユウキも、鋭かった。
(以下、夏が来る)
夏が来る きっと夏は来る
真っ白な馬に乗った王子様が
磨きをかけて 今年こそ
妥協しない アセらない 淋しさに負けない
「何が足りない…。どこが良くない…。」
どんなに努力し続けても
残されるのは あぁ結局
何でも知ってる女王様
それでも夏はきっと来る!
私の夏はあああきっと、来るうううう!




