⑮ 総回診①
総回診は、先頭が教授という点はドラマといっしょだ。ばあさんに近い婦長も付いてくる。ただ、担当医は先回りして待機しておく必要がある。自分の患者がどの病室にいるか、それによって時間の割り振りも変わる。本当は他の医者の患者を十分見たいのだが、実際はそれどころでないことが多い。自分で精一杯。むしろ200パーセント。
病室入る瞬間、メモ書きの容易なのか落ち着きのなさか、ボールペンを何度もカチカチする医師たち。4人部屋はすでに各医師がピットインしている。
毎週の患者であれば先日の続き、ということだが、前回教授の注文があったならその進捗を報告しなければならない。むろん、教授がそれを覚えていればの話だが。
68歳、肺炎で入院して10日目。レントゲンをかざす主治医。若い院生っぽい。院生は研究が主体でも、堂々と病棟患者を当てられる。外来、病棟、研究、論文、カンファ、授業などキリがない。
「ほお、よくなりましたなあ」肺炎像はかなり改善していた。
「CRPは2.3 にまで低下しました」主治医。
「何が効いたんですかな」
「ミノマイシンに変更して、それから」
「うん、まあ。最初からそれを使うべきだったかもなあ」
いつもより良い子顔した男性患者が、前かがみで聴診を受ける。
「ありがとうございます」
「もう酸素、要らないんじゃないか?ああ、HOTしてるのか。言わんかきちんと」
「あ、すみま」主治医は慌てた。
「肺炎ちゅうてもきちんと鑑別せないかんよ、あんた」
「はい」
教授から「あんた」と言われるのは医局員にとって非常につらい。one of them と言われているようなものだ。
教授は横の患者、窓際に。
「カンカン照りですなあ、ところで。おい?」
主治医がフィルム出すのを手間取る。
「すみません。これじゃなくって・・」
教授は明らかに不機嫌だ。近くの野中が察知してか、のけぞる。
「平田くん。さっきの新患の方ですか」
「ではないです。おかしいな・・・」
「病名は?しょうがないな君は。(振り向き)いったいどうしたんだ君達は!」
静まりかえった。
「ノンスモールのケモ(化学療法)3クール目。トゥモールは縮小傾向で」
「だから画像をと言うに。それに君の話は適当みたいで信用できん」
教授がもとから彼を嫌っているという噂があった。
廊下でハタケが聞いている。
「終わったな、あいつ・・」
平田は慌てて、カルテに要約した検査データを見せた。今ならエクセルなどで作るんだろうが、当時は地味なグラフ用紙だ。
「肝機能は横ばいで、それで」
「どきんさい!」
「うっ」
緑の分厚い冊子、入院カルテがバササ・・・と青空に飛んだ。
何かが飛び立ったように、ユウキには見えた。羽に見えたのは、パラパラとはためく二号用紙だった。空中で美しく分解した。
「すみません!」
「私に謝らないで、患者さんに謝りなさい」教授は目を見なかった。
「そうですよ」追い打ちしたのは婦長だった。眼瞼下垂気味なのが、より非情さを強調している。
平田は、民間病院ではかなり頑張ってはいた。しかし、大学へ戻されたとたん何かのペースが狂い、臨床能力まで過小評価されるようになった。仕事量が妙に激減してしまい、ある意味<自分らしさ>を喪失したとのうわさだった。
「ああ、この方がハイパーアルドステロニズムの」教授は川口の患者を診察。
「はいっ!」
「・・・・・腹部にブルーイ(血管雑音)はないですな。動脈系疾患でも、アルドステロン系は変化しますからな。ところで部位診断はどのように」
「はい。副腎静脈のサンプリングです。負荷試験のあとに・・」
「ま、それはまた松田君に詳しく聞くように」
「ありがとうございます!」
横になっているソバカスの中年女性は、川口にウインクした。
「うまく、いったんとちゃいます?先生」
「どーもどーも!」
「血圧上がってしまったわ!」
「うそーなんで分かるの?」
医師・患者関係は良好のよう。
川口は予定を説明した。
「あす、生理食塩水を点滴して、何分かごとに採血するね」
「まあこわい」
「大丈夫です。ちゃんと上の先生としますから」
「いえいえ。先生が怖いんじゃないの。病名がつくのが怖くてね~」
「わたし、朝早く来ますから!いっしょに頑張りましょ!ね!」
ユウキはそんな彼女に見とれていた・・・のを、間宮は気づいた。以前からだが、この男・・・。
「ユウキ先生。回診、次行ってるよ?もうすぐ番でしょ?」
「え?あ・・・」
こいつ、鼻の下伸ばしやがって・・・間宮は一瞬、カッとなった。しかしそんな男と見下すことで自分を相対的に昇格した。
ユウキは廊下に出たとき、あふれる人数の中から声がかけられた。
「おい、ユウ」
「あ。ハタケ先生」
「もうすぐイレウス患者の番だな。いいか。俺がいちいち指示したとか教授の前であんまり言うなよ。消化器科にコンサルトする言って、答えはのばしとけ」
「えっ?ええ・・はい」
ユウキは別の部屋に入り、奥の患者の方へ。手前、教授が厳しい説教をしている。
院生がまた顔を赤くしている。
「すみません・・」
「もう一度、やり直しですなあ」
ユウキは、腸閉そくの患者に対面した。
「回診なんですよ」
「そうですか。なんかちょっとマシになったような。はは・・・たた!」
「えっ?」
「いたいいたい!おなかがいたい!」
教授がこちらに回ってきた・・・!




