表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジデント・サーガ   作者: サンダル先生
10/24

⑩ 閉塞(感)

ユウキは、患者のベッド柵の横で、やや形式的に会話する。


「おはようございます」

「あ・・いたた」


鼻からチューブの入っている諭吉、という60代患者は身寄りがない独身。腸閉塞で入院して3日になる。絶食・点滴中。ただ・・・


「ここは胸部内科だというのに・・・」口にはしないが、ユウキは思ってた。その他全員もそう。それだけに、つまり専門外・苦手分野ということで本能的に主治医になることを恐れた。主治医になるのを避けるのは・・なるべく現場から離れるか、誰かにそれをもっていくことだ。


腹部の診察。膨隆かな。蠕動は・・弱い。かな。尿道から出ているバルーンの色、尿量を見る。ふつう、かな。

研修医は、この無数の「かな」によって試される。


「かな」と思って、そのまま放置か。調べるか次に進むか。無数の選択肢をたどり、いい医者かそうでないかに分かれる。


「す、すみません。起こしてしまって」

「先生。わしは、いつ退院できますか」

「たい・・」

「食事はいつ食べられますか。病名は」

「えっ・・・あ、病名はイレウ・・いやいや、腸閉塞といって」

「ちょうへいせい?」

「ではなくて」


隣の患者はグオ~・・と高らかに寝ている。カーテンを引っ張り仕切った。


「腸が、その、詰まって」

「つまって・・・悪いものですか」

「まあ、よくは・・」

「だ、だったら、はよそれを取り出してくださいや!いたた!」


ここにきて、腹痛が増強。熱は出てない。腹膜炎ではないと思う。

ふと廊下を見ると、ガスマスク・・いや、先日の放射線技師。


「伝票」

「えっ?」

「撮影伝票」サッと、小さい紙きれを差し出す。

「伝票は、コンピューターで入力しましたけど・・・」

「体位がぬけてる」

「たいい・・」

「もう。体位の指示。臥位とか座位とか」


腸閉塞のガスを見るのは・・・


「臥位、じゃなくて座位で!」

「で?」

「は?」


機械が、押し車的にウィ~ンと入ってくる。


「お願いします、でしょうが」淡々としゃべるガスマスク。でも根は悪くなさそうだ。

フィルムの板を、ガチャンと取り出す。いっしょに、背中に敷く。


「この前の、救急外来で」

「は、はい」

「胸部の指示はおかしいでしょ。腹部で指示しなきゃ」

「あの指示は僕じゃ・・」

「人のせいに、しなーい」

「・・・・」

「ま、わざと腹部も映るようにしてたんだけどさ。たぶんイレウスだと思って」

「はい」

「はい、って・・・」


ユウキが廊下に出ると、ガスマスクはボタンを押した。

「発射」

妙な掛け声だなあ・・・


朝9時過ぎ。廊下の向こうのカンファレンスルームでは、研修医らが何やら賑やかだ。ナースらは詰所で輪になって立っている。

ユウキが朝8時に来たときは、間宮はもうすでに来ていた。まだあのことを引きずっている。おとなしいのが、一段と暗い。


「イレウス、どうねんや?」

反対側の廊下から、ハタケ先生がゆっくり近づいてくる。不良学生のように睨みながら。


「いま、レントゲン撮りましたんで」

「撮ったって。お前が撮ったんちゃうやろ。ケケ」

オーベンは素通りし、カンファレンスルームへ向かった。


「あ~あ、ユウキの本オーベン。はよ帰ってこんかな~・・・杉ちゃん」

自分が研修医を2人面倒見るのは、よほどお荷物なんだろう。間宮だからなあ・・・。この何日かで、彼女のうわさは聞いた。ユウキは他の大学から来たから知らなかったが、とにかく彼女は首席で卒業。完全主義で、少しでも至らないと号泣したりメンタルが不安定になる。ときに攻撃的らしい。


カンファルームに出向くと、その間宮はうなだれたままハタケの話を聞いていた。


「症例は、選べんのだって!」

「・・・・・」

「そんな不満か?循環器志望なのはわかったよ?じゃあ俺の立場、なに?」ハタケは呼吸器の院生だ。

「狭心症の患者さんを希望出してたので」


希望なんか、出してたのかよ・・・



「だれに?」

「教授です」

「きょ、きょきょ、教授って・・・おれ、いちおう君のオーベンなんだけど」

「知ってます」

「とにかくこれ診ろ。間質性肺炎」

サッと、外来カルテを差し出した。


「病歴は長くねえし、歩行もできて会話もできる。初回ならいい症例だろ?」

「・・・・・」

「ユウキを見ろよかわいそうに。いきなり消化器内科の患者だぜ。うちで本来診ない患者だから、いちいち消化器へコンサルトせにゃいかん。よりによって俺がオーベンだろ?とっとと転科の手続きしろって思ったら医局長が出張」で、うわああああ!」


今更、近くのユウキに気づいた。


「お前。いたら言えっての!」

「え」ユウキの後ろの松田が答えた。


「こいつ。何かしたん?」

「いや、なんでもねえ。宮川はまだ?」

「実験室だろ」

「野中が、コベンがはやく来い、って言ってたぞ!」


「言ってません言ってません!」

赤面した野中が、隅で座っている。

「僕、言ってません」


ハタケはケッ、と一蹴した。


「おいユウ。レントゲンは自分で取りに行けよ」

「行きます!」


ユウキは重い空気から逃れたく、すぐ出た。

間宮はまだ、うなだれて・・・

ガスマスクは、そこにいた。フィルムを面倒くさそうに差し出し


「はーい、でなおしー」

「う・・・」


近くの掃除の婆さんがニンマリする。

「ひひ。悪かった?ねえ悪かった」

「さあ」


ユウキは不機嫌に、カンファレンス室へ戻った。


「はええよ、おい!」ハタケはレントゲンをフワッペランと奪った。

「あ~、小腸ガス二ボー、いっしょか。しゃあないなあ。こりゃ待ってても」

「・・・・・」

「どうするよ?」

「・・・・・」

「お前、国家試験で消化器勉強したんだろ?最近は、どうなのよ?俺ら、呼吸器疾患ばかり診てもう長いから・・・むしろお前らのほうが詳しいだろ」

「わ、わかりません」

「考えや!」


一瞬、みなブルッた。しかし松田が制した。

「ハタケ。やめといたれ」

「おっとそやな。へへ。とりあえず痛みは・・・ブスコでも射つ?」

「ブスコパン・・・この片、不整脈が」


ガタン、とみな立ち上がった。


「不整脈っておめえ、素人か。どの不整脈かって聞いてんだよ?」

「本人の話からですが」

「ほう。患者さんが不整脈言うたら不整脈なんかい。それでお前は、はいそうですかと?」

「それ以上は分かりませんでした」

「どこで診断されたんや?」

「どこかというのは・・」

「聞かんかいちゃんと。臨床実地問題とちゃうんやで?」


ユウキは思わず野中と目があった。


「な、なに?僕はなにも」

またキーを打ち続ける。


松田は、川口・田宮の患者紹介にとりかかる。野中はワープロをパタンとたたみ、廊下へ出ようとした。


「宮川のとこか?」と松田。

「どこか、ご存じですか」

「いや、知らんけど。でもあいつの机・・」


(前奏)


みな振り向いた。


「ポリンキー、置いてた。食いかけの」


場が固まった。ハタケはククク、と笑いをこらえたのち天井を見上げた。


「おせーてあげないよ、ジャン!」


(以下、夏が来る)



私の夏は~~~~~~きっと来る!









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ