最終話
『二藍をお願い』
自分の力量では…いや、当代の術者でも扱えるものはいない、といわれ、それゆえ禁忌とされる一族の術を使い少女を守った少年は、式神たちの沈んだ意識に語りかけた。
『本当は僕がずっとそうでありたかったけど…それはもう叶わないから』
すでに、その身体は少女の腕の中で灰となってしまっていたが、かすかに残る力の残滓は式神たちの意識の中に入り込む。
『彼女は大切な相手の為になら、命は惜しまないけど、それと同時に残された者の悲しみも知っているから、大事な相手の為になら、何とでもして生き延びようとするから…だから』
愛する少女が命を簡単に手放さないように楔になってほしい、と少年は彼らに願った。
『そうでもしないと彼女は簡単にその命を投げてしまう』
他者の命に重きを置くくせに、自分を省みない少女。持つ力の強大さ故に、その意識は強い。
今の僕に言える資格なんてないんだけどね。
嗤いを含んだ『声』を残し、少年はこの世から消えた。
ぼろぼろになった一匹のネコを抱きかかえ、二藍たちが屋敷に戻ってきたのは、夜も更けた時間だった。
この日、キースが戻らぬことを知っていた彼らだったが、予定の変更が無かった事に安堵の息を吐き、少女はそっと柘榴をベットへと横たえる。
「2,3日は眠り続けるだろうな。さて、心配性の兄上をどうやって誤魔化すか」
「エドガーさんに頼みましょう。エンデルク様に協力していただいて、数日王城に寝泊りしてもらう、というのは如何ですか?」
「一番、手っ取り早い方法だな。…水無月」
はい、という返事と共に現れたのは、柘榴と戦った女神だった。
「暫くこいつを頼む。…眠っているだけだが、その分無防備になるからな。守れ」
【承りました】
頭を下げ、その身を柘榴と同じようなネコの姿に転じ、その傍らに寄り添うように丸くなる。
「凄いですね、ここまで寄り添っても柘榴が身動き一つしませんよ」
「そりゃあそうだとう、ある意味本当の『半身』だからな。なあ、華月」
カゲツ、と呼ばれた声に現れた女性は紫炎に寄り添い、妖艶な微笑を見せた。
【水と風を制する彼女と、火と大地を制する私。その半身を持って手中に収めたのですもの。裏切るはずはございませんわ。我が半身が主と定めた二藍さまに対しても同様の忠誠をお誓いいたします】
腰を折る彼女にヤメテクダサイ、と少女は全身で拒否する。敬うよりお友達でいてください、と彼女の昔からのスタイルで女神たちにも接する。
「お前ももう休め。明日は上手いことキースを誑かさなきゃいけないからな」
実際に行動を起こすのは彼女ではないが、事と次第によっては、彼女自身も動かなくてはならなくなる。
「人聞きの悪いことをおっしゃらないでください」
おやすみなさい、と紫煙や華月、眠っている柘榴と水無月に声をかけ、少女は自室へと戻っていった。
「俺も休む。あとは任せたぞ」
にっこりと笑顔で返した華月に頷くと、紫炎も自分の部屋へと戻っていく。
「駒は揃った」
青年は、ベットに身を沈めて小さく呟く。
女神と呼ばれる力を持った彼女たちの存在は、この先の二藍の身の安全と、裏事情の諜報活動に大きく役にたつだろう。
女神たちの「力」でも、彼らを元の世界に返すことは不可能だった。彼ら同様、知らない世界への干渉はできない。
それが答えだった。
「まぁ、後ろ盾もあることだし…それに、可能性は0じゃない」
戻れないことは最初の想定でしたことだ。その為に後ろ盾も確保し、職も見つけた。来ることが出来たのならば、戻ることもできるはずだ。それが何時になるか分からないだけで。
問題は何も解決しては居ない。しかし、此処で生きていくと決めた以上――例え完全に戻ることを諦めたわけではないにしろ――望むと望まぬに関わらず、得た後ろ盾の存在の特異さ故に、この先問題は増える一方であることは避けられない事実だ。ならば、自分たちにできるのは、主の安全。
「守るさ…お前に言われるまでもなく、な」
力及ばぬものが扱えば、その身だけではなく、魂までも消滅させるといわれた禁忌の力。少女を守るため、躊躇いもなく、その力を使った少年を思い出し、紫炎は口にする。
彼らが女神たちに使った力は、二藍にも使った術と同じもの。
一族の誰かが、冗談半分で言った言葉が、その術の隠語となって広まった、笑うに笑えない言葉。
「死が二人を分かつまで…よく、言い表したものだ」
彼らは知らない。
少年が自分の消滅と共に持ち去ったとされる術が残っていたことを。
その術であれば、本人たちが望まなくても『繋がり』が解くことが出来るということを。
それを知るのは…遠くない未来。
色々ご不満もおありかとは思いますが、ひとまずここで終了とさせていただきます。長期にわたって休筆したにも拘らず、お気に入り登録を続けて下さった皆様に感謝いたします。