二人の魔王と因縁
ムーン・サウンドの静謐な夜気が、二人の男から放たれる苛烈な殺気によって一瞬で凍りついた。
かつては魔王と四天王という絶対的な上下関係にあった二人が、今は血を流し合う「敵」として対峙している。
「ティン・ガロ……。そんな汚れた、継ぎ接ぎだらけの不浄な力で我が国に足を踏み入れるとは、いい度胸だな。この美しい夜の空気が腐る。今すぐここから消え失せろ、このドブネズミが」
玉座の間。リュウガは心底不快そうに顔を歪め、冷徹な視線をティン・ガロに投げかけた。その手はすでに、月光を宿した細剣の柄にかかっている。
「フン、抜かせ。私は今、魔王を喰らい、その力を完全に我が物とした。それはつまり、リュウガ……お前と同等の『格』に至ったということだ。四天王と呼ばれた過去は捨てた。今の私は、お前を見下ろす立場にあるのだよ!」
ティン・ガロの身体から、どす黒い影の魔力が溢れ出し、大理石の床を毒のように侵食していく。
「……一国に二人の魔王はいらぬ。ましてや、お前のような不粋で美学のない男など、あっても邪魔なだけだ」
「それはこちらとて同じこと。この国は私の野心の、そして『大魔王』への拠点として再利用させてもらう。お前は美しく散って、私の踏み台になれ!」
一触即発。火花が散るほどに視線が交錯し、二人が地を蹴ろうとしたその刹那――。
空間の歪みから、重低音の唸りを上げて「それ」らは現れた。守護者シェリーが放った、最悪の因縁を持つ刺客たちである。
「……ッ!? この身の毛もよだつ気配……まさか……!」
リュウガの目の前に現れたのは、かつて彼に敗北の屈辱と深いトラウマを刻み込んだ**『暗黒騎士魔王』**。漆黒の重鎧から漏れ出す威圧感は、かつて対峙した時よりもさらに冷たく、鋭い。それはリュウガが心の奥底に封印していた「恐怖」そのものの形だった。
そして、ティン・ガロの背後。影の中から這い出てきたのは、彼が力を奪い、惨殺して喰らったはずの**『暗殺魔王』**。実体を失い、怨嗟の塊となったその亡霊は、自らの力を奪った主へと報復の刃を向けていた。
「ハッ、面白い……。死者に二度目の永眠を与えろというわけか、シェリー! 試練にしては上出来だよッ!」
リュウガが月光の刃を抜き放ち、暗黒騎士の巨大な剣と激突させる。キィィィィィィン! と高音の金属音が響き渡り、衝撃波が城全体を揺らす。
「貴様……ッ! 力を奪われた出涸らしの分際で、私を止められると思うな! 私が主だ、私が法だッ!!」
ティン・ガロもまた、己の中の影の力を暴走させ、怨霊となった暗殺魔王と影の中での泥沼の死闘を開始した。
一方、その頃。
城下町の片隅にある、静かなカフェ。
街の喧騒や魔王たちの激闘など、まるで別世界の出来事であるかのように、そこには穏やかな時間が流れていた。
「ふふっ。今日、あの人が修行から帰って来る……」
亜美は明日の仕込みをしながら、嬉しそうに、そして少し照れくさそうに準備をしていた。
彼女が待っているのは、かつてリストラされた魔王軍の幹部であり、今はキッチン馬車で世界を渡り歩く、あの女性。
「特大パフェの材料はよし。コーヒー豆も最高級のものを挽いたし……。あとは、クロエさんの大好きなあのスイーツも用意しておかないとね」
亜美は窓の外、アイアン・ハーツや城の方角で光る魔力の閃光を見上げることさえせず、ただ愛用しているエプロンの紐を締め直した。
「どれだけ世界が変わっても、あの人が帰ってくる場所だけは、私が守っておかなくちゃ」
亜美は 彼の喜ぶ顔を思い浮かべながら微笑んだ。




