ドント・ルック・バック
「うおおわあうおおおいおお……ッ!!」
不浄の巨塊と化した元城主、メテ王がのたうち回る。だが、その身体が境界線に触れるたび、幾重にも重なる幾何学的な紋様が宙に浮かび、その身を厳しく焼き焦がした。
(……さっそく、結界の効力が効いているようですね。かつての過ちは、二度と繰り返させはしない)
清兵衛は静かに印を組み替える。先の戦いでの痛恨の経験を糧にし、魔王へと至った今の全力を注ぎ込んで敷いた「新・メテオ防衛結界」。それが今、絶大な成果を上げていた。
「もはやメテオの防衛網は完成しました。あとは二度と復活できないよう、塵一つ残さず完全浄化して差し上げましょう。……行きますよ、真雄さん、桜花さん」
清兵衛の冷徹かつ力強い宣言に、猫型の式神を憑依させた双子の魔王が、静かに頷く。かつて自分たちを虐げ、迫害し続けた実の父親……その無惨な成れの果てを、二人は見下ろした。
「今度こそ……今度こそ、この世に戻ってくるなよ!!」
真雄の瞳には、積み重なった悲しみと憎しみが火花となって散っていた。彼は父親だった「それ」に向け、右拳を突き出す。
「お前が残した絶望も、その醜い欲望も、全部俺が焼き尽くしてやる! 塵まで燃え残るなッ!! ――『極大爆炎・紅蓮獅子』!!」
ドッゴォォォォォォォォォンッ!!!!!
真雄の手から放たれた全魔力の業火が、不浄の塊を飲み込んだ。紅蓮の炎は生き物のように渦を巻き、怨嗟に満ちた断末魔をかき消していく。
「二度と……二度と、僕たちの前に現れるな……っ!」
真雄は叫びながら、その頬を伝う涙を拭おうともしなかった。不浄の身体が崩れ、焼き尽くされていく光景を、彼はその目に焼き付けた。
ズズッズゥズッ……スズゥ……ズズゥ……ッ。
しかし、炎が収まった跡には、まだ何かが蠢いていた。真っ黒に焼け焦げた、人型の小さな塊。
「メテ王の現世に対する未練が、形となって残ったのですか……。なんという執着心。死してなお、権力の幻影に縋るとは……」
清兵衛が呆れと哀れみの混じった溜息をつく。彼が自ら浄化の術を放とうとした、その時――。
「待って。最後は、私たちの手で……」
桜花がそっと前に出た。彼女の瞳には、真雄とは違う「覚悟」が宿っていた。桜花は震える指先を合わせ、胸の前で印を結ぶ。
「せめて最後は……犯した罪を悔いて、行きなさい……」
桜花の清浄な魔力が、柔らかな陽光のように溢れ出した。その光は、黒く固まった「未練の塊」を優しく包み込んでいく。すると、不浄に染まっていた真っ黒な欠片が、一枚、また一枚と剥がれ落ち、光の中に溶けて消えていった。
そして、光の中心に現れたのは――。
狂気に狂う前の、不浄に染まる前の、人間らしさを取り戻した一人の男。
そこには、穏やかで優しい顔をした、かつての父親の面影があった。
「……あ、りがとう……」
声にはならなかった。だが、その場にいた真雄、桜花、そして清兵衛には、確かにその言葉が心に直接届いた。
男の姿は光の粒子へと変わり、一筋の巨大な光の柱となって、夜空の天辺まで昇り詰めていった。
「…………っ!!」
光が消えると同時に、真雄と桜花は、まるで糸が切れたように清兵衛の法衣に縋りつき、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
清兵衛は何も言わなかった。ただ、溢れる涙を受け止め、二人の頭を、壊れ物を扱うように優しく、何度も撫で続けた。
不浄の雨は止み、メテオの空には、かつてないほど清らかな星々が輝いていた。
こうしてメテオは、血塗られた過去を清算し、本当の意味での「新たな船出」を迎えることとなった。




