隠れんぼ
「仕方がないねぇ……。あの盲目女に好き勝手言われて、黙って指をくわえている趣味はないんだよ」
シェリーが溜息混じりに呟き、ゆっくりと両目を閉じた。次の瞬間、彼女を中心に暴風のような極彩色の魔力が一気に解放され、アイアン・ハーツのテラスに巨大な召喚陣が幾重にも重なって出現した。
「全の候補者よ、ここに集いな」
眩い光が弾け、視界が白く染まる。光が収まったそこには、メテオ、ムーン・サウンド、そして闇の勢力を含めた、この空域に関わる全ての有力な魔王たちが、強制的に一堂に会していた。
「おっ、清兵衛ちゃん! 久しぶりー! 相変わらず真面目そうな顔しちゃって!」
サヤカが空気を読まずに親しげに手を振る。
「……サヤカ殿。このような強引な召喚、心臓に悪いですよ。我々は今、メテオの復興会議の最中だったというのに」
陰陽魔王としての風格を漂わせ始めた清兵衛が、困り顔ながらも丁寧に頭を下げる。彼の背後には、緊張した面持ちの双子、真雄と桜花も控えていた。
「フン、相変わらず無礼な招き方だ……。だが、この美しき僕を呼ぶには相応しい劇的な演出だな。夜空に映える僕の銀髪に免じて許してあげよう」
ナルシスト全開のリュウガが、前髪をかき上げながら不敵に現れる。
さらに、巨躯を誇る魔獣王雷音が地響きを立てて着地し、隅では手負いのティン・ガロやガン・シールダーがそれぞれの殺気を孕んで立ち並んだ。アイアン・ハーツの主、キーラはキセルを咥え直し、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「あちきの城を勝手に集会所に使うなんて、いい度胸だねぇ……」
「よし、みんな集まったね……」
シェリーは居並ぶ並み居る強者たちを見渡し、退屈そうに人差し指を立てた。
「シノンがあんなことを言い出したせいで、あたしも五人選ばなきゃならなくなった。そこで、簡単な『試験』をやるよ。……ルールは単純。制限時間は夜明けまで。あたしがこの街のどこかに隠れるから、見つけ出してごらん」
「……えっ、かくれんぼ? 師匠、そんなの余裕じゃ――あたしの自慢の検索能力(ググり力)を舐めないでほしいなー!」
サヤカの言葉が終わるより早く、シェリーの姿、気配、そして魔力の残滓までもが、まるで最初からこの宇宙に存在しなかったかのように、完璧に消失した。
「…………えっ!?」
「消えた……!? 嘘でしょ、あちきの最新鋭魔導センサーが、何の予兆も捉えられなかっただと!?」
キーラが即座に数千の魔導ビットを展開して索敵を開始するが、全端末が「対象不在(Not Found)」の赤文字を吐き出す。
「おいおい……魔力どころか、存在そのものの揺らぎすら感知できねぇぞ。まるで世界から『消しゴム』で消されたみてぇだ」
雷音が鼻を鳴らすが、その額には大粒の汗が伝う。魔王クラスの五感が、何も捉えられないことへの本能的な恐怖。
「いいかい、あんたたち。あたしを見つけられないような奴に、守護者の看板を背負わせるわけにはいかないんだよ……。あんたたちの『魔王』としての格が本物なら、理の隙間に隠れたあたしに、その指が届くはずさ」
空中に残ったシェリーの声だけが、アイアン・ハーツの巨大な歯車が回る重低音に溶けて消えていった。
「なるほど……。これは単なるかくれんぼではありませんね」
清兵衛が魔導符を指に挟み、鋭い眼光を街に向ける。
「五感を捨て、霊感を超え、世界の『違和感』を読み解けというのですか。……真雄くん、桜花ちゃん、行きますよ。これは陰陽師の得意分野です!」
「やってやるよ! 清兵衛さん、僕たちで師匠を一番に見つけよう!」
「うん、鬼さんこちら、手の鳴る方へ……だね!」
「あーっ! 清兵衛ちゃん、抜け駆け禁止だし! キーラちゃん、うちらも行くよ! 絶対、私が見つけるんだから!」
アイアン・ハーツの夜は、大魔王への切符を賭けた、史上最も静かで、最も熾烈な「鬼ごっこ」へと変貌した。




