狂える野望の始まり
アイアン・ハーツのテラスは、もはや戦場という名の溶炉と化していた。
キーラの『魔竜ガントレット』から放たれる高出力の魔弾と、ガン・シールダーの『鉄壁の盾』がぶつかり合うたびに、空間を震わせる金属音が街全体に響き渡る。
「しぶといね……! その盾、一体何でできてるんだい? あちきの渾身の一撃を、そう何度も受け止められちゃ、商売あがったりだよ」
キーラはキセルを噛み締め、肩で息をしながらも不敵な笑みを崩さない。対するガン・シールダーは、盾の裏側で魔導銃を装填し直し、冷徹な視線を向けた。
「言ったはずだ……鉄壁とな。貴様のそのオモチャが焼き切れるのが先か、俺が貴様を射抜くのが先か……。最強魔王の名、この盾で叩き割ってくれる!」
二人の最強の「機巧」が火花を散らし、臨界点を突破しようとしたその瞬間。突如として、その場にいた全員の背筋を凍らせるような、粘りつく不快な「闇」の波動が場を支配した。
「……何だい、この胸がムカムカする魔力は。あちきの繊細な回路が、拒絶反応を起こしているよ」
キーラが顔をしかめ、動きを止める。ガン・シールダーもまた、盾を構え直して周囲を警戒した。
「二人の熱い語らいの最中、失礼。……少し、試させてもらいたくてね」
テラスの縁、月光を背に受けてフードの男が立っていた。その身体からは、先ほどまで暗殺魔王が放っていたはずの「影」の魔力が、より洗練され、より冷徹な殺意を伴って溢れ出している。
「……誰だ、貴様。闇の支援者の一人か? 掃除屋なら、あそこでゴミを片付けていろ」
ガン・シールダーが問うが、男は感情の読み取れない声で応える。
「いいえ。私はただの『観客』でしたが……今日からは『主演』を演じることに決めましてね。魔王という配役、なかなか素晴らしい」
フードの男が、空中で指を弾いた。刹那、キーラの魔導ネットを浸食するように、床から数千の影の棘が噴き出した。
「なっ……あちきのシステムを上書きした!? 影の魔王の術……じゃないね、もっとタチの悪い何かだ!」
キーラは高く聳える花魁下駄で地を蹴り、空中のビットを盾にして影の棘を弾く。だが、男の狙いは彼女だけではなかった。
「ガン・シールダー、君の盾の硬度も……興味深い。果たして、概念さえも防げるのかな?」
男は影の中へ沈み込むと、次の瞬間にはガン・シールダーの真後ろに姿を現した。手には影を凝縮して作った、魔力を喰らう漆黒の刃が握られている。
「……っ、後ろか! 跳ね返せ、イージス・システム!!」
ガン・シールダーが盾を背後に回し、衝撃を反射しようとする。しかし、男は冷たく微笑んだ。
「反射は、実体のある攻撃にしか機能しない。……今の私の影は、君の論理を無視する」
ズギユーン!!
影の刃が、無敵を誇った盾の隙間をすり抜け、ガン・シールダーの肩を浅く切り裂いた。
「ぐっ……! 馬鹿な……俺の盾を、回避しただと……!? この盾は、あらゆる因果を弾くはず……!」
「あはは……! 面白いじゃないかえ!」
キーラが狂気を孕んだ笑みを浮かべ、ガントレットの出力を最大まで引き上げる。その瞳には魔導ログが走り、青い炎が宿る。
「一人は裏切りの掃除屋。一人は不粋な盾持ち。……まとめてあちきの最新兵装の実験台になりなよ! アイアン・ハーツの夜は、これからが本番だよッ!!」
キーラ、ガン・シールダー、そして魔王を喰らったフードの男。
三つの強大な魔力がアイアン・ハーツの頂上で渦を巻く。それは、単なる魔王同士の争いを超え、世界の理を破壊する三つ巴の激突へと発展していった。




