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第26話 ロンドン炎上!

 セディさんは頭部から血を流して、ぐったりとしている。

 投石の雨より恩師を守るため、自分の体を盾としたから。

 かつての教え子が血塗れとなったことで、ミンチンは涙を零す。

 セーラお嬢様に対しても、情を抱いてくれなかったのに。

 そんな彼女へ向けて、ビール瓶が振り下ろされようとしている。ガスパールを殺害した男は、マリア・ミンチンの命も狙う。嬉しそうな顔だ。

 警察官が積極的に動かないせいで、気が大きくなったのか。

 サイラス達もやりたい放題している。


「ヘイ、酔っ払い! さすがに、そいつは不味いんじゃないか?」


 ピーター・ポールは酒瓶を後ろから掴みあげると、眼鏡男を足払い。

 そいつは尻餅を着いて、情けない悲鳴をあげた。

 彼へ向けて、スマホが一斉に向けられる。

 ウィンクをする様は、あざといものだ。

 ミンチンは憎いけれど、間一髪で助かったことに安堵感を覚える。




「てめぇは何をやっているんだよぉ!」


 ノーマンは釘バットを拾いあげると、中年男へ威嚇するように襲いかかる。

 そいつはキャリーバックを開けて、ラビニアを中より転がり出した。

 明らかに酷い暴力を振われている。彼女は口から血を流して、意識朦朧としているのだ。やっぱり、誘拐をしたのはこいつらなのか。

 大人のくせに、こんな子供を痛めつけるなんて。

 アーメンガードが親友の名を呼んで、泣き叫ぶ。

 ラビニアはセーラお嬢様を苦しめた過去もあるけれど、噛み合わせた歯を振るわせてしまう。胃が重々しくなって、とても辛い。

 いじめっ子の特権を許さない会。

 虐めを武力介入により減らそうとする組織だ。

 多くの不良少年を容赦なく追いつめて、廃人にまで陥れた。逮捕者も少なくはない。女の子でも手加減は行わず、徹底的に壊していく。


「お前は何を考えているんだ。ラビニアちゃんは心から反省しているんだ!」


「これは困ったなぁ。私は何も指示をしていないのに、勝手に連れて来るとは。まぁ、このメスビッチは人間の屑だ。こうなるのは当然の報いだ!」


「ふっざけるな!」


「心から反省をしていると? 笑わせるな。謝ったふりをしているだけなのが分からないのか。反省のできる者は、最初から虐めなどしない!」


「まだ、幼い女の子なんだぞ」


「それが、どうした? 女の子なら悪さをしても許される特権があるのか? 馬鹿なことを言うな。ラビニア・ハーバートは人間の屑だ。ゴキブリ未満の糞だぁ!」


「そうだ。セーラちゃんの優しさにつけこんで、調子に乗っている糞虫だ。これぐらいの罰では足りないぐらいだ。死んで詫びろぉ!」


「不良女にリンチされたのも、同情されるための自作自演だってな?」


「虐めを命じたのはミンチンらしいぞ。どっちも、ぶち殺してやる」


 サイラス会長の後ろから石が高速で投げつけられた。

 ミンチンの足に命中して、悲鳴をあげさせる。

 近くにいる救急隊員が怒鳴りつける。

 警官達は見守るだけで動こうともしない。

 いじめっ子の特権を許さない会に同調してか、なぐり隊側にいた者まで何かを投げだす。サングラスで刺青の男が止めようとするも、焼け石に水だ。

 ツインターに流れていたデマを信じている人も多いのだろう。

 死刑にしろ、火あぶりにしろと大騒ぎ。


「ぐっ……。アーメンガー……、セーラ……」


「ラビニア!」


 セーラお嬢様の叫びに、アーメンガードの心配声が重なる。

 さすがに、こちらまで石を降らせる輩はいない。

 いつの間にか、ラムダスさんが執事仲間を引き連れてお嬢様を守ってくれる。本当は帰らせたいはずだが、それもできそうにない。

 セーラお嬢様は親友の手を握りしめて涙する。

 ラビニアはアーメンガードへ視線を持ちあげると、その頬を撫ぜた。

 救急隊員は悔しそうに首を振る。


「野蛮な人で呆れたものだわ。ちょっと言い返してやったら……っ、すぐに殴ってきたの。ぐふっ…、本当に嫌になるわ。ああいう……」


「それ以上、無理をして喋らないで!」


 もしかしたら、肋骨をやられているかもしれない。

 咳をするたび、血粒を飛ばしている。

 サイラス会長は拡声器で、彼女を嬉しそうに誹謗中傷している。

 デモの参加者は、ノーマンの賛同者とは限らない。ストレス解消のため、うっぷんを晴らすため、怒鳴って暴れている奴も少なくはない。

 なぐり達に入った亀裂は、分裂寸前にまで広がっている。

 胸の怒りを爆発させて、マリア・ミンチンを対象にぶつけようとしている。

 憎悪のあまり、視野狭窄になっているかもしれない。

 救急車へ運ばれようとしている傷だらけの少女も捕まえて、さらなる暴力に晒そうとしている。どうして、そこまで?


「謝罪をすれば、ミンチンへの怒りが収まるとかほざいていたそうだな? そんな訳があるか! ノーマンさんは甘くなったものだ。謝ったふりなど猿でもできる」


「これ以上、煽るな。謝罪の言葉を待てっ! お前達も大人しくしていろっ!」


 ノーマンはデモ隊へ向かって叫ぶ。

 彼は大人数を集めたものだが、それが仇となった。

 なぐり隊でも制御できない状態まで、興奮と熱気が昂ぶっている。

 たくさんの物がミンチンへを狙って投げつけられる。プラカードを凶器をして憎き虐待教師を殴りつけようと駆けつける者まで。

 ヘイトスピーチが酷すぎて、頭もガンガンと痛んできそう。

 やっと、警官隊も動きだす。一部とはいえ。


「群集心理の怖さってやつだぜ。まともな人間も群れることで、平気で人殺しすらもできるんだ。こうなってしまえば、警察が頑張りだしても遅すぎる」


 ピーターはスマホで、異常事態を記録している。

 彼の言うとおり。

 ダークペンギンの覆面軍団を中心に、ミンチンを潰そうとして暴徒集団が襲いかかる。それを傍観している者も多いこと。どうして、楽しそうにしているのだろう?

 戸惑っている人も眺めているばかり。

 セーラお嬢様は拳を振るわせると立ちあがった。




「いい加減にしてくださいっ!」




 澄みきった美声は、ヘイトスピーチの暴風を瞬にして鎮める。

 サイラス会長は拡声器を下ろした。

 ノーマンやモヒカン達も、セーラお嬢様を大人しく見つめる。

 ミンチンに襲いかかろうと駆けた者達も、足を止めだす。

 お嬢様の叫びは震えていた。

 眼鏡の太ったオジサンを睨みつける。


「ラビニアは私に謝ってくれました。アーメンガードにも、ロッティちゃんにも。心から反省していないと、勝手に決めつけないでください」


「君は人が良すぎるから騙されているんだ。人を虐めるような輩はサイコパスだ。心の底では、自分の事だけを考えている。許すような真似をすれば、調子に乗るだけだ」


「許すかどうかは、私やアーメンガードと、ラビニアの問題です。横から口を挟んで、ラビニアを傷つけるのを止めてください」


「それは違う。世界から虐めを無くすためにも、我々は悪逆非道なクソガキを裁く必要がある。そのためには、頭の悪いガキどもには厳しく調教をしてやるしかない。だいたい、君の行為は迷惑だ。加害者が反省をすれば、許さなければいけないという風潮を生む危険性がある。被害者に赦し強制させる空気ができかねない。君のような子は一部にすぎないのに」


 ノーマンは歯噛みをしていた。

 彼も似たようなものだ。

 児童虐待を減らしていくためにも、力という手段に頼っているから。

 ミンチンは足を押さえてうずくまっている。大きな石を当てられて怪我をしているのか。救急隊員により、手当を受けている。

 セーラお嬢様の背は震えていた。

 サイラス会長は拡声器を下げるも、がんがん言葉を飛ばしてくるから。

 私はお嬢様を何とか支えている。

 

「さっきから、いい加減にしてよ!」


「アーメンガード……」


「あんたはラビニアのことを何も知らないくせにっ。偉そうなことを言わないで。たしかに、凄く嫌な子だった。大嫌いだった。私がフランス語が下手なのを馬鹿にして見下していた。酷い嫌味も言われたし、体操服や教科書まで隠された」


「君も被害者か。本当にどうしようもないクソメスだな。死ねぇっ!」


「そういう言葉を軽々しく、人に向けないで。親に教わらなかったの? ラビニアは変わろうと頑張っているの。私と同じ学校に通いだしたけど、やっぱり白い目を向けられていた。先生達も冷たい扱いをしていた。本当は、私も心の底では疑っていた」


「当然だ。屑は屑のままだ。生きている価値の無いメスガキは殺せぇ!」


「だから、そういう言葉を使わないで。人を屑扱いして何様のつもり? ラビニアは一生懸命に前へと歩いていた。どうすれば、償いができるかを考えていた。私も複雑な気持ちだったけど、手を差しだそうと決めた。本当は優しい人って感じられて嬉しかった」


「それが騙されていると言っているんだぁ!」


 拡声器を手にして怒鳴りだす。


「分かったぞ。セーラちゃんも人権派の弁護士に唆されたんだ。左翼に洗脳されたんだ。それで、ミンチンやラビニアを許そうとしているのか」


「オ、オジサンは何を言っているの?」


 アーメンガードが一生懸命に叫んでいる。

 大人しい子という印象が強かったけれど、友達のために大きく踏みだす。

 ピーターは嬉しそうに口笛を吹かす。

 ラビニアは救急車に乗せられた。今の声も聞こえていることだろう。

 ノーマンはサイラス会長の肩へ手を置いて、辛そうに首を振っている。さっきまで、ギラギラとした目をしていたのに。何かを胸から落としたような顔だ。


「もぅ、止めようや。何が人権派だよ。子供の前で恥ずかしくないのか?」


「ミンチンさん。セーラちゃんに謝ってくれないか? そうすれば……」




「ノーマンさんも焼きが回ったのですかぁ? ミンチンも謝れば許しちゃおうって雰囲気が匂ってきたんっすけど。やっぱ、チビゴブリンはあかんわ」


「俺らがミンチンを殺しますよ。刑務所行きでも、英雄になれるっすから」


「お前達、どういうつもりだ!」


 ペンギンの黒覆面をかぶった集団達が迫ってきた。

 その1人が釘バットを拾って振り回す。

 ダークペンギンという殺人鬼の信奉者だと思う。

 なぐり隊の巨漢達が急いで、ラビニアを守ろうと走りだす。暴徒の群れは救急隊員まで殴りだし、加害者少女へリンチを加えようとしだす。

 こいつらは、もう人間じゃない。傷だらけの子を殺そうとするなんて。

 機動隊員が駆けつけるも、瓶が火を噴きながら地面へ叩きつけられる。その瞬間、炎と熱気がアスファルトから急成長する。私はお嬢様を庇う。

 警察官同士でも、何か怒鳴りあいをしているようだ。


「ミンチンを殺せぇ! 悪逆非道な虐待女は俺らが殺すぅ!」


「この場はやべぇ。完全に狂っていやがる。ミンチンを連れて逃げるぞ」


 ピーターはしゃがみこむと、ミンチンを背負いだす。

 セーラお嬢様もついていく。

 鮫歯の巨漢警官が立ちはだかる。にたぁと哂う。

 暴徒集団は警察病院の前にもいるため、あそこまで逃げられないのですか。

 今になって機動隊が止めだすも、遅すぎる。統制もとれていない。

 テレビで見た光景を思いだす。たしか、移民反対のデモが起こった時、多くの死傷者が出るような騒ぎとなったことを。まるで地獄のようだ。

 不良警官は迫ってくる。

 あんな筋肉の塊に捕まってしまえば、誰も止められない。

 何かが落ちてきた。

 怪人じみた大男の顔に直撃して、しゃがみこませる。


「目がぁ。目がぁっ! いてぇよぅ!」


「ドローンが何で落ちてきたんだ? まぁ、いい。助かったぜ。セーラちゃんは来なくていい。ここの連中は君を襲わない。ラムダスさんも守ってくれる」


「そうしましょうよ。セーラお嬢様」


「嫌です。私が近くにいれば、院長先生に手を出しにくいでしょう? 院長先生と、もっと話しあいがしたいのです。絶対に守りますから」


 鮫歯の巨体がのたうちまくっている。

 その横を通り過ぎる。

 アメリアさんが不安そうに見上げてきた。

 なぐり隊、暴徒、機動隊。大勢の人間達が混ざって、暴力の渦を描いている、悪魔というものが存在すれば、ケタケタと嘲笑っていることだろう。

 ポケットのスマホが突然にして震えだす。

 そんなことをしている場合じゃないけど、気になって取り出す。

 何者かがテレビ電話を仕掛けてきた。

 画面を反射的にタッチ。


「はぁい。こんにちわ、ベッキーさん。何だか大変なことになっていますねぇ。アイちゃんだよ。貴方達の手助けに来ました」


 どうして、バーチャルU-チューバ―が?

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