第25話 セーラ・クルーとノーマン
セーラお嬢様は、大勢の人から視線を浴びている。
彼女と向かいあっているのは、なぐり隊のリーダーであるノーマン。
スマホが次々と、お嬢様へ向けられる。
それだけではない。テレビ局も生放送を行っているんだ。
スマホで特別番組を開けば、スタジオの騒然としている様子を観られる。規制が入っているのか、ガスパールが殺された件等については触れられていない……らしい。
「セディ。どうして、ここまで?」
「ミンチン先生のことが心配だからですよ!」
あんな教師でも、慕ってくれる生徒はいる。
セドリック・エロルさんはミンチンを守るように抱き起こす。
お姉様と、アメリアさんが駆けてきた。
こんな状況になったせいか、物を投げつける人はいない。
なぐり隊のメンバーも大人しく眺めている。
かつて、自分を救ってくれた恩師なんだ。彼にとっては。
ちらりと視線を横へやれば、スプリングイールドさんが遠くの方から撮影を行っている。黒眼鏡の奥では、双眸が感心深げな様子だ。
彼は週刊誌に書いていた。
マリア・ミンチンは家庭教師時代に、教え子に性的悪戯をしていたと。
「おいっ。のけよ。どういう関係か俺には知らねぇが、そいつは児童虐待をした悪い女なんだ。そいつを庇うなよ。制裁ができねぇじゃないか」
「貴方は警察官なのでしょう。こんな仕打ちが許されるのですか?」
「いいから邪魔すんなよっ!」
「お願いです。お姉様に乱暴な真似は止めてください」
鮫歯を剥きだして、巨漢の筋肉男は笑う。
警官とは信じられないほどの発言だ。
セディさんを払いのけて、すがるアメリアさんを横へ転がす。
暴漢によって傷ついている中年女性を掴んで、大衆の前へ突きだす。
ミンチンは恐怖で言葉も吐きだせないようだ。
こんな滅茶苦茶な状態でも、機動隊は積極的に動こうともしない。止めようとした仲間を押さえる始末だ。大群衆の暴乱に、国家権力が加担している。
そんな印象を受けてしまう。
「もう、こんなことは止めてくださいっ!」
ボーイッシュな格好をした少女が叫ぶ。
私は震えるセーラお嬢様の背を支える。
ノーマンは釘バットを地面へ静かに置いた。
怒りに満ちた表情を和らげて、こちらへと歩きだす。
注目の対象が移ったせいか、ミンチンへのバッシングは止んでいる。
巨漢の不良警官も大人しくなり、お嬢様へ視線を向けている。
「セーラ……」
マリア・ミンチンはセーラお嬢様を見据えている。
前に会った時よりも、やつれている。まるで、死人のようだ。
弱々しい眼差しで、こちらを見上げている。
これだけの人間から責められているだけでなく、ダークペンギンという殺人鬼からも狙われているんだ。ざまぁみろっ。自業自得なんだよ!
自分の心に住んでいる憎悪は、この状況を悦んでいる。
きっと、顔にも出ているのだろう。
ピーターやスプリングフィールドのカメラは、私の顔も映しているはず。
「おいっ。お前のためにミンチンの糞を叩いているんだろう? 何で止めようとしているんだよ。偽善者か知らんけど、しゃしゃり出てくんなよっ!」
「あぁっ! 今、なんつぅーった?」
誰かが野次を飛ばした。
その瞬間、ノーマンが鋭い目で睨みつける。
群衆に紛れて野次飛ばしをしたお兄さんは、きょろきょろしながら青ざめる。
不当な罵詈雑言を子供へ投げつける者を、彼は許さない。
なぐり隊のメンバーが、野次男を捕まえて連れていく。サングラスのタトゥー男に、スキンヘッドのオジさん。きつくお説教をされるのだろう。
空気を読めない男は震えている。周りから嘲笑を浴びている。
セーラお嬢様が悲しそうにしているのは、怒鳴られたせいではないだろう。
「ノーマンさん。院長先生を追いつめても、誰も救われません」
「君は、そういう子なんだな。苦しんでいる子供を救うためには、悪い大人を懲らしめるしかないんだ。愚かな奴らは、どんなに説明しても分かってくれない。反省した態度を見せた晩にも、我が子を殴り殺した親さえもいる。児童虐待を防ぐには恐怖しかない」
ノーマンは優しい口調で、しっかりと話す。
「もちろん、事は単純でないと分かっている。虐待をする人にも事情があるのは、痛いほど理解しているつもりだ。それでも、こういう輩は、徹底的に懲らしめるしかないんだ!」
強い思いが言葉となって、大群衆の間を走る。
ノーマンはミンチンを、親の仇のごとく睨みつけた。
わなわなと、拳が震えている。
デュファルジュ先生が一生懸命に説得していたのを思いだす。この女は耳を傾けようともしなかったけど。その結果がこれだ。
セーラお嬢様は心を壊してもおかしくないほど苦しんだ。
「それでも、このデモは異常だと思います。いくら罪があるからって、人が殺されるなんて。たしかに、院長先生は許せないけど、こんな多くの人で責めるのは酷すぎます」
「まっ。たしかに、事故で死人が出るのはいきすぎだな」
ガスパールが殺された件については、事故じゃない。
デモの参加者による意図的な殺人だ。
ビール瓶を手にした男は、ニヤニヤと口を歪めている。何が、そんなにおかしいのだろうか。人を傷つけておきながら、平然としているなんて。
ノーマンは両目を細めて、一瞬だけ逸らす。
小柄な人だから、お嬢様と目線の高さも近い。
「このデモを、後ろの方から歩きながら見てきました。誰かを守るためではなく、誰かを攻撃することを楽しんでいる人ばかり。これも虐待じゃないですか?」
「知っている。それでも、抑止になるんだ。子供を守るためだ。手段を選ぶ暇もない。君のような子を虐めていたミンチンは、ますます許せんっ!」
ノーマンはミンチンを再び睨みつける。
釘バットを拾って投げつけそうな勢いだ。
思いだす。セーラお嬢様の優しさに触れるたび、私の憎しみも増していった。彼も私と同じような気持ちになったのだろう。
ドローンが青空の中を泳ぐ。
セディさんは恩師を守るように抱きしめている。
さっきまで酷かったざわめきは、すっかりと鎮まっている。
「誰だって間違いは犯します。人を傷つける結果を生むこともあります。それを少しも許そうとはせず、死ぬまで追いこむ。そんな世界は息苦しいと思います」
「物には限界があるんだ。母親が子育てに疲れて、ついつい我が子を叩く。そんなこともあるだろう。でもな。熱湯をかけたり、何日も食事抜きにしたり。俺らみたいのがいれば、君の言うとおり、社会は息苦しくなるかもしれない。それでも、1人でも多くの弱者が救われるのなら、それでいいんだよ。ミンチンがセーラちゃんへした仕打ちは、許せる範囲を超え過ぎている」
「それでも!」
「ミンチンは一度でも謝ったか?」
「いえ。この女は頭すら下げなかった! 自分の心配ばかりっ!」
「ベッキー……」
セーラお嬢様が振り返る。
私が低い声で怒鳴ってしまったから。
そんな辛そうな目で見られると、きつく胃を絞められた気分になるじゃないですか。触れている肩より、激しい熱さが伝わってくる。
アメリアさんとセディさんも、驚きの視線を刺してくる。
スプリングフィールドは何を嬉しそうにしているんだ。
スマホという眼の群れが無責任に、私を捕えようとする。
ノーマンさんは溜息を吐くと、マリア・ミンチンへと向かって歩きだす。
「どうやら、俺はセーラちゃんを苦しめているようだ。すまない」
「ミンチン。最後のチャンスをやる。セーラちゃんに謝ってくれないか。そうすれば、みんなの怒りも少しは落ち着くはずだ。俺も含めてな」
「君だって、それを望んでいるだろう?」
「えぇ。ミンチン先生には心から謝罪をしてほしいです。そうしたら、これ以上、彼女へ石を投げないでくれますか? 殺人鬼から守ってくれますか?」
ノーマンはセディさんと目を合わすと、力強く頷いた。
私とも視線を交す。
ごめんなさい。
その一言があるだけで、こんなバカ騒ぎは起らなかった可能性はある。
セディさんに支えられて、ミンチンは顔を持ちあげる。
セーラお嬢様の拳は赤く震えている。後ろから覗きこめば、口元が微かに哂っている。色んな心情が混ざりあって、複雑な顔になっているのだろう。
遠くの方から、怒号が流れてきた。
「ミンチンも屑だが、一緒になって虐めていたラビニア・ハーバートも人間の屑だぁ。ゴキブリにも満たないビッチゴミ女だぁ。殺せぇっ!」
「ファック! 殺せぇっ!」
ノーマンさんは眉を歪める。
モヒカンやスキンヘッドのマッチョ達も動揺をしだす。
たしか、いじめっ子の特権を許さない会だ。
彼らもデモを行っているはず。
サイラスという太った眼鏡の中年男性が、拡声器で叫びながら群れを率いる。汚い言葉を吐きまくるので、あまり評判は良くない。
彼らは、どんどん近づいてくる。
「サイラスじゃないか。どういうつもりだ?」
「あんたは甘いんだよ。ラビニアを許すとか、馬鹿な真似を抜かすな。アレは生きている価値の無い、人間とも呼べない屑だ。そこの、ミンチン婆もなぁ」
サイラス会長はデモ隊を率いて、ノーマンと向かいあう。
これから起こる大波乱を期待してか、群衆達は悦びのざわめきをあげる。
ツインターやペンギンちゃんねるも大いに盛りあがっていることだろう。
アーメンガードは白歯を剥きながら、大地を蹴りつけるように歩きだす。そのまま、サイラスを殴りつけても違和感はない。
太った眼鏡男は拡声器を暴走させる。
「おいっ、ミンチン。そこの若い男は、金で買ったのか? 夜に、●●●を舐めさせていったのかよ? とんだ淫乱婆だなっ。自分が行った虐めの反省もせず、美青年と乱交パーティか? ファック! 若い頃は少年に手を出して、動物虐待までしていたそうじゃないか。お前のようなゴキブリは殺して、ゴミだめにぶちこんで●●●どもの●●で満たしてやる。ラビニアもなぁ!」
「おいっ! 子供の前で、何てことを言うんだ!」
ノーマンが怒鳴った。
この人は危ない。眼がギラギラと輝いているのが怖い。
私はセーラお嬢様を庇うように抱きしめる。
石雨が次々に、宙に放物線を描いて飛んできた。
それらが、ミンチンとセディさんを襲う。
アーメンガードさんが悲鳴をあげる。
サイラスの仲間が狂ったように哄笑しながら、大きなキャリーバックを開ける。そこから、痣だらけの少女が地面へと転がされた。
「ラビニアぁっ!」
「セディ!」
「馬鹿野郎! そこの兄さんには罪はないんだぞ!」
セディさんは頭から血を流していた。
警察官は積極的に動かず、ノーマンの手下どもが投石隊へと駆けていく。いや、この騒ぎを止めようと機動隊で動きだす者が現れた。
セーラお嬢様とアーメンガードさんは、ラビニアを抱き起こす。
口から血を流しており、意識朦朧としているようだ。
ど、どうして?
ビール瓶を手にした男が、足を引きずりながら歩く。
ミンチンはセディさんを抱きしめて泣いている。その後頭部へと目がけて、叩き潰すような勢いで殴りつけようとする。
「セ、セディ。どうして、お前が傷つかなければいけないのですか? 私なんかを庇って。私が馬鹿なことをしたせいで……」
大粒の涙を零して、マリア・ミンチンは慟哭していた。




