第9話 電車の中で美少女との物語は動き出す。
電車に乗り込んだはいいものの…。未だ顔が熱い。いつもより早い時間に乗る車両は人の気配が少ない。その事が余計に俺達には辛い。
「なあ…さっきの事なんたが…。」
「…!御免なさい、いきなり。危ないですよね。気を付けます。」
顔を紅くしながら、倉瀬は謝ってきた。
(…なるほど…手を繋いだのは触れない方向でか…。)
「…ああ、そうだな。気を付けてくれ…。駆け込み乗車もそうだが、いきなり手を繋いだらびっくりするだろ?」
「…っっ!!」
「あ…。」
(俺の馬鹿!!せっかく無かった事に出来そうだったのに…。)
こういうところで俺の対人スキルの無さが仇になる…。自分のコミュ障を呪いそうだ…。
「いや〜、なんて言うんでしょうか…。そ、そう、ノリですよ。ノリ。深い意味は無いですから…。」
「そ、そうか…。なら…いいけど。あんまり他の人にやらない方が良いと思うぞ?」
(ん?何か変な意味に聴こえないか?大丈夫かな…?)
「…!そうですね…!他の人にはしません。秋元さんにしか…。」
(それも変な意味に聴こえるんだが…!)
二人の間にはさっきよりも気まずい空気が流れ、お互いの顔を観れない。向かいに座っていた老夫婦は微笑ましく笑っていたが、俺達は他の人からはどう観られているのだろうか…。いや、考えるのは辞めて置こう。
「そ、そういえば…秋元さん。部活動、どうするか決めましたか?」
「あ〜、言ってたなそんな事。すっかり忘れていたよ。」
昨日は色々あったからな…。部活か〜。正直入部するのなんて考えてもいなかったな〜。
「倉瀬は中学の時は何部だった。」
「ふふ、気になりますか?どうしようかな〜。教えてあげてもいいんだけどな〜。」
「なんだよ。やけに勿体ぶるじゃないか…。良いじゃないか、減るもんじゃなし。」
「そんなに気になりますか?…実は…入ってませんでした!」
「はぁ〜、それでよくあんな態度出来るよな…。部活に入ってない事よりもそこにびっくりするわ。」
「……なんですか!!秋元さんが私の事が知りたくてしょうがないって言うのが可愛かったから、焦らしてあげたのに!」
「そんな事ありません〜。誰かさんが喋りたくてしょうがないって言うから聞いただけで〜す。」
「むきー!」
怒った倉瀬はぽかぽかと俺の腕を叩いてくる。上目遣いに見つめる瞳には怒りとは別の感情がある様に見受けられた。
(く、こいつ!!一々可愛い事をする奴だな…!)
車両にはそこそこの人が乗っている為、素直に恥ずかしい。
きっと恋人だとあらぬ誤解を受けている筈だ。
「まあ、あまり怒るなって…。それで何で急に部活の話を?」
話題を逸らせながら、倉瀬がその事を尋ねた真意を問う。
「単純に世間話…というのは置いといて、実はお願いがあるんですよ。」
さっきと変わり、神妙な面持ちで見つめる倉瀬。一体どんなお願いが飛び出すというのか…。
「私と一緒に部活動をしませんか?」
尋ねられたのはまさかというか、なんというか、お願いする相手を間違っているような…。だが、見つめる瞳は至って真剣そのものだ…。
「いやだよ…。俺、高校では部活やるつもりも無かったし…。」
「では…という事は中学校では何か部活をなされていたんですか?」
「…バレー部に入っていた。」
あまり、自分の事を詮索されたくはないが、倉瀬の眼差しに引け目を感じたのか、俺は口を滑らせた。
「へ〜、運動部だったんですね。なんか意外です。入っていても文化部とばかり思っていました。」
「丸で俺みたいな暗い奴は文化部で運動部の奴の悪口を言ってそうに見えるって〜。」
「誰もそんな事言ってないし、思ってもいませんよ…。穿った見方をしないでいただきたいですね。」
「悪い悪い。冗談はこの辺にして…どうして俺に相談を?正直な話、他の人の方が良いと思うぞ?」
「そんな事ありませんよ。私、決めていたんです。高校生になったら、うんと青春をしようって。色んな人と友達になって、部活をして、放課後にちょっとはしたないですけど…買い食いをしてみたり…。それに…恋だってしてみたいですし…。」
語る内容は…ありきたりでどこにでもある様な等身大の高校生のそれだ。多くの人間はその事を目標にもしないし、意識もしないだろう…。
辛うじて、大人になった時にそんな事が大切だったと、思い出に浸る…。その程度の筈だ…。
「自分語りになっちゃうんですけど…私、中学生の時の思い出がそんなに無いんです…。その、家が厳しかったもので…、水の中の様な深くて暗くて息苦しい。そんな感じでした。」
家が厳しいというのは、きっと俺には理解出来ない世界だ…。両親や妹との仲は良好だし、やりたい事は基本的にやらせて貰えた。その様な当たり前な幸福というのは倉瀬には無く、憧れだったのだろう…。
「だから決めたんです。高校生になったらら、やりたい事全部やろうって!だから、私と一緒にやりましょうよ!部活。」
「やりたいのは分かったよ…。でも、そこでどうして俺に白羽の矢が立つんだよ。お前の話じゃ、友達なら誰でも良いんじゃないか?そいつと一緒にやれだいいだろう?」
「はぁ〜、秋元さん。私の話を聞いていませんでしたね。じゃあ、もう一度ハッキリ言います。今度はちゃんと聞いて下さいね。」
そう言うとこちらに向き直し、吸い込まれそうな目で俺を見つめながら…。
「私は秋元さんと一緒に部活をしたいんですよ。」
その言葉を俺は生涯忘れる事は無いのだろう…。




