第8話 同級生に後ろから「だれ〜だ」ってやられると恋に落ちそうになる。
突如として、視界を暗闇が襲った。だが、その声は聞き覚えのあるものだ。一瞬、パニックになり掛けたが平静を取り戻す。
「…倉瀬か…?」
「苗字だけでは不正解で〜す!ちゃんとフルネームで呼ばないとポイントは入りませんよ?」
なんのポイントだよ…。貯めたら何か美味い物とでも交換できるのか…。
「…倉瀬美鈴だろ…。隣の席の…。」
渋々答える。この茶番に乗っかるせいで倉瀬は益々増長しているのかもしれない。
「大正解です!!おめでとうございます。正解した秋元さんには、美鈴ポイントを差し上げます。」
目を覆っていた手を離し、目の前に向き直す倉瀬。手から香ってくるフレグランスが鼻孔をくすぐり、変な気分にさせる。
「それで美鈴ポイントを貯めると良い事はあるのか?」
「勿論、それはもう凄い特典がありますよ。」
「ほうほう、その特典とは?」
「そうですね…。まずは私と一緒に登校する事が出来ます。」
「え〜、弱くない?」
「失礼な!私とじゃ不満ですか!」
「ははは…。」
プンスカと怒る表情に思わず吹き出ししまう。
…そういえば、こうやって他人と交流した事が随分昔の様に感じる。…それもそうか…。そういう風に振る舞ってきたのは他でもない自分自身なんだから…。
「あ〜笑いましたね!やりました、これで今日は私の勝ちですね!!」
それを観た美鈴は輝く太陽に見紛う程の笑顔で笑い掛ける。あまりに美しいその顔は暗く沈んでいた心の影を払っていった。
「…なんだよ、勝ち負けって…。そんな勝負を俺は受けた憶えはないぞ…。」
ニヤけた口からは強く険しい言葉は紡がれてはいかない。
「ふふふ…密かに昨日決めました!私がどれだけ貴方を笑顔に出来るかのシンプルなゲームです!」
「なんだよそれ…。そんな事して倉瀬は楽しいのか?」
「楽しいですよ…。だって貴方が笑ってくれたから…。貴方に何があったのかは私は知りません…。でもいつか…貴方を心から笑顔に出来ると私は信じています。」
その表情は嘘偽りなど無く、それでいて誂ってもいない…。自らの心に紡がれた言葉が口から溢れてくる…、そんなイメージだ。
「…ふん、俺を笑顔にしたいんだったら…その男子小学生みたい絡み方は辞めるんだな…。」
「なにを〜!そう言ってはいるものの…実は嬉しかったりして……秋元さん、こんなに女子と話した事ないでしょ?」
ギクリ、痛いところを突いてくるじゃないか…。確かに正直に言うと男子の友達はいたが…女子とはそんなに関わりを持ってはいない!!
だが、馬鹿正直に「いや〜、実はそうなんだよね〜。女子と仲良くなった事なくてさ〜」なんてぶち撒けたらどうなる!!…恐らくだが、今後一週間はそのネタでイジられるだろう…。
こいつの事だ、もう何人かクラスの女子と友達になっているかもしれない…。そいつら等にそれをバラされたら終わりだ。一週間どころか一ヶ月、いや一年は「童貞野郎」と罵られる事請け合いだ。流石にそれは堪える…。ここは虚勢を張ってでも…。
「ほらほら、どうなんですか?まぁ〜、言わなくても分かりますよ。しょうがないですから、私が初めての友達に……。」
「いや〜、別に異性の友達ぐらい居たけどな〜。ていうか…そもそも俺さ、こう見えて結構モテるのよ?中学時代は大変だったな〜。」
我ながら言っていて哀しくなってくるな…。中学時代にはトラウマさえ有れど、そんなモテたエピソードは皆無だ。
「ふ〜ん。またまた、いいですよ?虚勢を張らなくても、そんな事でイジる程軽い女じゃありませんから…。」
なんか…急に機嫌が悪くなった様な…。気の所為では、恐らく無いと思う。醸し出している雰囲気はさっきより明らかに濃く淀んでいる。
そんなに童貞煽りが出来なくて悔しいのか…?
「いやいやいや、マジにモテたんだって!!うちのクラスに同中の奴が居ないのが、残念だわ。あ〜あ、居ればな〜。証明出来るのにな〜。」
こうなれば、こちらとしても引く訳には行かない。幾ら俺の自尊心が無いからと言っても、小指の爪程はあると自負している。
何より…理由は分からないが、こいつには舐めれたくないという感情が沸々と心に湧き上がっていた。
「……そうですか…。別に構いませんけどね。昔の話ですし、今現在の話じゃないですし…。」
俺の精一杯の虚勢が倉瀬の何かの琴線に触れたのかは分からないが、益々機嫌が悪くなっていく気がする。
「………。」
「………。」
お互いの間には明らかな沈黙が流れ、丸で時の進みを凝縮させた様な空気を感じさせた。
(…フォローした方が良いのか…?何故、俺の方が?)
言いたい事は様々あるが、この空気に俺が耐えられない…!
(何か無いか…!この空気を変える逆転のカードが…、考えろ、考えろ!…駄目だ。今季のアニメかゲームの話しか頭に浮かばない…!)
パンッ…!!
「何だ!!」
しどろもどろしている間に、ハッキリとした音が鼓膜を突き抜けた。
倉瀬の方を観ると、両の手で自らの頬を叩くのが確認できる。
それは所謂、気合を入れて自らを鼓舞する様な……。
「…御免なさい…変な空気にして。もう大丈夫ですので。」
事態が飲み込めない俺に優しく微笑む倉瀬。唐突に向けられる笑顔は、鈍器で顔面を殴られる程の衝撃を受ける。
(危うく好きになってしまいそうだ…。反省反省。)
「…どうしました?…あっ、電車そろそろ来ますよ。」
その瞬間、電撃が走る。そう、倉瀬は電車が来たと、乗り遅れない様にと、俺の…手を…引いていたのだ……。




