第29話 修羅場とは意図せずしてなってしまうものである。by 俺
ドクンと心臓が跳ねる。それは声に対してでは無い。置かれているであろう状況に対してである。
「み、美鈴だろ…。本当にそれ心臓に悪いから辞めてくれないか?」
相変わらず、いい匂いがする。シャンプーの香りか香水の匂いかは分からないが…。
「正解〜!」
手を離した事で視界が戻る。突然の光が目に入り、少し痛い。
「久し振りにやってみたけど、どう?びっくりしたでしょ。」
振り返えると、美鈴ともう一人、佐渡さんがそこに立っていた。
「こ、こんばんは…。秋元くん。」
オドオドした声で挨拶をする。あまり会話をした事が無いので若干気まずい。
「こんばんは、佐渡さん。こういうのもあれなんだけど、一緒にいたなら、こいつの蛮行を止めて欲しかったな。」
「みーちゃんは…やろうと思ったら、行動に移していますから…。中学の時からそうでした。」
その顔からは長年の苦労が伺える。そうか、この娘はずっとこのノリに…。
「ご愁傷さまでした。大変だったね。」
「でも…この明るさに救われた事も沢山あるので、私は好きですよ。」
にっこりと笑う佐渡さん。
「もう〜、霞ちゃんも浩志くんも私を放って置いて離さないでよ〜。私も混ぜろ〜。」
美鈴が割って入ってくる。当の本人はこれだからな、その献身性も形無しだろう。
「良かったなぁ、美鈴。こんなにお前を思ってくれる友達がいて。」
「…?それは霞ちゃんは中学からの親友ですからね!」
「は、恥ずかしいよ〜。」
美鈴の宣言に顔を紅くする佐渡さん。女子のイチャイチャ絡みは健康に良い。いつか万病に効くようになるだろう。
「そういえば、浩志くんはここで何を?」
急に矛先を俺へと向けてくる。誤魔化す必要は別に無いんだが、妙に後ろめたさが心を揺さぶった。
「別に〜、ただ休日だから駅前をぶらぶらしてただけだし〜。」
「ふーん。」
美鈴は何かを察知したのか、訝しんだ眼で観てくる。いったいどこが怪しいと言うのか。
「しょうがないですね。私達も今、どうしようか悩んでいたんですよ。解散にはまだ早い時間ですしね。浩志くんもどうです?霞ちゃんさえ良かったらだけど…。」
チラりと佐渡さんの方を観る。
「私は勿論構わないよ。あまり秋元くんと喋った事無いし。せっかく一緒の部活になったんだもん、仲良くしたいし。」
なんて優しい人なんだ…。まるで女神。この世に顕現したメシアだ。ここが教会なら俺は手を合わせ、祈りを捧げていただろう…。
だが…、今はタイミングが非常に不味い。
「いや〜、美少女2人にお誘いとは、俺もついているな〜。せっかくだけど…今友達といてさ。また今度誘ってよ。」
「そうですか…、残念です。」
佐渡さんをしょんぼりさせてしまった…。
「ぷぷー、いいですよそんな見栄張らなくても。」
逆に美鈴は笑いながら、煽る。
「霞ちゃん、浩志くんは女子2人と一緒に遊ぶのが忍びないんですよ。この人には女子2対する免疫が薄いですから。」
「はっ!違ーし、本当に連れと来てるんだよ。」
「いいからいいから!分かってますよ。」
ムカッとする事を言う奴だな…、相変わらず。…然し、冷静になってみれば…これはチャンスなのでは?
ここでお茶を濁せして、立ち去れば…2人にバレる事は無い…。一人で遊んでいて気まずくて嘘を吐いたと誂われるが、致し方ない。
「…いや、実は美鈴の言う通り…。」
「あれ?でも秋元さん、飲み物を複数買ってるよ?…ほら、やっぱり友達と来てたのは本当だよ。」
佐渡さんは今し方買った、お茶と珈琲に目をつけた。
(しまった!ここでこれが裏目に出るとは…。)
君達の為に今、買った、と言っても流れ的に不自然極まりない。
「ほら!みーちゃん、疑った事を謝る!」
「う〜、ごめんなさい。まさか、浩志くんに私以外の友達がいたなんて…。」
他の友達以外いるわ!!いや、今はそんな事よりも…。
「まぁ…気にするな。勘違いは誰にでもあるからな…、それじゃ、俺はこれで…。」
「待って下さい。せっかくですし、紹介して下さいよ。」
そそくさと逃げようとする俺を美鈴の言葉が許さない。
「いや、あっちで待たせてるからさぁ。もういいだろ。」
「確かに…それもそうですね。ごめんなさい引き留めて、また来週学校で会いましょう。」
「私は部活で。」
「ああ、またなぁ…。」
何とか切り抜けた。このまま安全に離脱すれば、万事解決に…。
「お兄さん?…どうしたんですか?」
その声はいつもよりも甘く、然しハッキリとした声で俺の頭を揺さぶった。
そして、それは俺だけではなく、あの2人にも当然聞こえていたのだ。
「お兄さん?」
最初に反応したのは、美鈴だった。確かに別れたばかりなので、目測数mといった距離にいたのだから不思議では無い。
だが、その反応の速さは軽く人間の出せるスピードを遥かに超えていた。
「遅いから心配しましたよ。早く戻りましょう。」
「ああ…。」
栞ちゃんは俺の方に駆け寄ると、そのか細い手で腕を捕まえた。
「ほら、これで迷子になりませんよ。なんちゃって!」
可愛らしい表情。そして、その逆の顔をした女の子が反転して近寄ってくる。
「ちょっと待ったー!!!」
いつもとは違う声色が駅前に響いていた。




