第8話 Royal Soul Never Die
深夜。
王家専用の特別霊廟。
歴代の王族だけが眠る、神聖な墓地。
本来なら誰も近づけない場所。
だが今夜だけは違った。
最前列。
ど真ん中。
真っ黒なローブを羽織った聖女セシリアが、体育座りで場所取りをしている。
「……聖女様」
「ライブ」
「なぜ王家の霊廟で」
「神回だから」
「説明になっていません」
その時だった。
ジャリ。
墓地の奥から、墓守ヒデが現れた。
ボロボロの作業着。
逆立つ赤髪。
肩には黒いギター。
ヒデはレオンを一目見るなり、鼻で笑った。
「死にそうな顔してんな、王子」
「失礼だな!」
「安心しろ」
ヒデはギターを掴む。
「俺のライブは、死人も叩き起こす」
ジャキッ。
夜を裂くように弦が鳴った。
ヒデは棺桶の上へ飛び乗った。
アンプが唸る。
ジジジジ……。
青白い霊たちが集まり始める。
そして、霊廟の奥から。
王冠を被った者。
剣を持った者。
美しいドレスの者。
歴代王族の霊が、次々と姿を現した。
レオンは息を呑む。
「ご、ご先祖様……」
セシリアが小さく拍手した。
「ほら、神回」
「だから神回ではない!」
ヒデはマイクを掴み、笑った。
「今夜の主役は、眠りこけた王族どもだ」
ギターを掲げる。
「起きろォォォ!!」
ギュイイイイイイイイン!!
爆音が、王家の霊廟をぶち抜いた。
『Royal Soul Never Die!!』
『王冠被って終わりか!?』
『玉座座って終わりか!?』
『用意された道を歩いて!!』
『魂まで眠らせてんじゃねぇ!!』
その瞬間。
初代国王が拳を振り上げた。
『余は本当は海賊になりたかったァァァ!!』
レオンが固まる。
「は?」
王妃が叫ぶ。
『私は世界を旅したかったのよ!!』
将軍が吠える。
『俺は酒場をやりたかった!!』
レオンは頭を抱えた。
「王家、自由すぎるだろ……!」
ヒデは笑いながら、レオンを指差した。
『聞いたか王子!!』
『王様だろうが!!』
『王妃だろうが!!』
『やり残した夢はある!!』
『Royal Soul Never Die!!』
『砕け散れ 運命の Crown!!』
『Royal Soul Never Die!!』
『燃やせ お前だけの Soul!!』
王族たちが拳を突き上げる。
霊廟は、もはやライブハウスだった。
レオンの胸が痛んだ。
民衆の期待。
完璧な笑顔。
完璧な王子。
完璧な未来。
全部、誰かに決められたものだった。
ヒデが叫ぶ。
『おい王子!!』
ギターが唸る。
『万人受け狙ってんじゃねぇ!!』
『王子の顔で笑うな!!』
『お前の顔で叫べェェェ!!』
その瞬間。
何かが切れた。
「うああああああああああッ!!」
レオンは叫んだ。
品位も。
礼儀も。
王族の仮面も。
全部、吹き飛んだ。
ただ、生きている音だけが胸に残った。
ライブが終わる。
静寂。
初代国王が笑った。
『レオン』
「……」
『王になるのは構わん』
『だが』
ニカッと笑う。
『人生まで王様になるな』
レオンの目から涙がこぼれた。
『好きに生きろ』
歴代王族たちは、笑いながら消えていった。
まるで、長い義務から解放されたように。
レオンは夜空を見上げた。
そして、自然に笑った。
本当に久しぶりに。
心の底から。
「……思い出した」
ヒデが煙草に火をつける。
「何をだ?」
「俺が笑いたかった理由を」
ヒデはニヤリと笑った。
「ロック向いてるぞ、お前」
レオンは吹き出した。
その笑い声は、王都で一番自由な音だった。
――その時。
ドン。
どこかで、低い音が鳴った。
ヒデの目が動く。
ドン。
ドン、ドン。
音の先にあったのは、霊廟の奥。
王家の儀式で使われる、白い大太鼓だった。
金の装飾。
薔薇の紋章。
王族の式典でしか鳴らされない、神聖な太鼓。
その前に、レオンが立っていた。
手には、折れた儀礼用の指揮棒。
いや。
もうそれは、指揮棒ではなかった。
バチだった。
ヒデが笑う。
「おい王子」
「なんだ」
「それ、叩きたい顔だな」
レオンは太鼓を見た。
自分の手を見た。
まだ震えていた。
でも、怖くはなかった。
胸の奥で、音が暴れている。
もっと鳴らせ。
もっと壊せ。
もっと生きろ。
レオンはゆっくりと息を吸った。
そして。
ドンッ!!
白い太鼓が、夜を叩いた。
セシリアが顔を上げる。
「……綺麗」
ヒデの目が細くなる。
ドン、ドン、ダン!!
ドン、ドン、ダン!!
王子の一撃は、荒い。
でも、美しかった。
上品で。
狂っていて。
泣きながら笑っているような音だった。
ヒデはギターを肩にかけ直す。
「決まりだな」
「何がだ」
「次からお前、ドラム」
レオンは目を見開いた。
「勝手に決めるな!」
「嫌か?」
レオンは黙った。
白い太鼓を見る。
折れた指揮棒を見る。
そして、小さく笑った。
「……条件がある」
「言ってみろ」
レオンは涙の跡を袖で拭った。
「王子扱いはするな」
ヒデは一瞬だけ黙り。
腹の底から笑った。
「上等だ」
セシリアが拍手する。
「新メンバー加入ね」
「聖女様、なぜ当然のように受け入れているのですか」
「美形ドラマーは必要」
「理由が俗すぎます!」
ヒデがギターを鳴らす。
ギャイン。
「行くぞ、ドラ息子!!」
「誰がドラ息子だ!!」
ドンッ!!
レオンの一撃が、王家の霊廟を震わせた。
ギター。
聖女の歓声。
王子のドラム。
墓地ロックは、ついにバンドになった。




