第3話 聖女は墓場の悪魔を知らない
「おいヒデ!!」
朝っぱらから、共同墓地に怒声が響く。
「なんでまた第4墓地の墓石が吹き飛んでんだ!!」
「あー……昨日ちょっと、モッシュ激しくて……」
「モッシュって何だよ!!」
ヒデはうんざりした顔でスコップを握った。
昨夜のライブで壊れた墓石を埋め直す作業。
完全に自業自得だった。
「しかも近所の奴らが騒いでんだぞ! 『青い歯の悪魔の呪文が聞こえた』って!」
「……客のノリ良かったっすからね」
「だから意味分かんねぇんだよ!!」
その時。
墓地の空気が一変した。
白銀の騎士たち。
純白の法衣。
そして中央を歩く、一人の少女。
「聖女様だ!! 頭下げろ!!」
教会最高位――聖女セシリア。
周囲の墓守たちが慌てて地面へ額を擦りつける中、ヒデだけはノロノロと膝をついた。
(……あ)
セシリアを見た瞬間。
ヒデの耳が反応した。
(この人、声いいな)
透き通っている。
息の抜き方も綺麗。
高音もかなり伸びそうだった。
(女性ボーカル入れたら世界観広がるか……?)
ヒデの脳内で、
勝手に新曲構成が始まる。
「……そこの貴方」
セシリアが立ち止まった。
「昨夜、この墓地で何か――」
「アンタ、声いいっすね」
「……え?」
空気が止まった。
聖騎士たちが殺気立つ。
だがヒデは気づいていない。
「腹からちゃんと出てるし、高音も綺麗そうだ」
「ふぁ、ふぁる……?」
セシリアは完全に困惑していた。
自分は今、
異端事件の調査に来ている。
なのに目の前の墓守は、
怯えるどころか謎の発声評価を始めているのだ。
一方ヒデは真剣だった。
(昨日のライブ、Bメロかなり泣いてたな……)
(やっぱ未読三日の入り強ぇ)
(でもAメロ弱いか)
(次もっと禍々しいリフ入れるか……?)
完全に脳がバンドマンだった。
「……もうよいです」
セシリアは疲れたように息を吐く。
「あの悪魔については、引き続き教会で調査します」
こんな生気のない男が、
昨夜の“悪魔”なはずがない。
そう思い、背を向けかけた時だった。
(……え?)
セシリアの目が止まる。
ヒデの指先。
泥まみれのその指には、
異様なタコができていた。
剣ダコではない。
まるで極細の鋼線を、
何千回も押さえ続けたような傷。
そして。
(なに……これ……)
ヒデの足元。
昼間だというのに、
無数の霊たちが彼の周囲へ寄り添っていた。
教会の祈りでも鎮まらなかった魂たち。
その全員が、
この男の近くでだけ穏やかに眠っている。
まるで。
彼の音を待つように。
「おいモブ!!」
先輩墓守が怒鳴る。
「無縁仏エリアの整地終わらせとけよ!!」
「……あっす……」
ヒデはボーッとしたまま、
再びスコップを握った。
セシリアは動けなかった。
(……なんなの、この男)
胸がざわつく。
恐ろしい。
なのに。
気づけば彼女は、
ヒデの背中をずっと見つめていた。
⸻
その夜。
聖女セシリアは、
再び第4墓地へ足を運んでいた。
――あの悪魔を見るために。




