第14話 天使の聖歌隊VS魔王ロック・後編 No Music, No Border
ギュイイイイイイン!!
黒いギターの音が、第4墓地の夜を切り裂いた。
ヒデは棺桶の上に立っていた。
黒いギター。
逆立つ赤髪。
墓地の夜を支配する、魔王みたいな男。
聖歌隊のリーダーが眉をひそめる。
「なんて下品な音だ」
ヒデは笑った。
「耳障りか?」
「当然です。これは祈りではありません」
「祈りで届かねぇ魂には、ちょうどいい」
セシリアが赤いドレスを翻す。
「顔はいいのに、魂が鳴ってないわ」
「まだ顔は褒めるのかよ」
「顔がいいことと、音が死んでいることは別よ」
ジャスティスの白銀ベースが低く震える。
ズゥン……。
「観客は前へ詰めすぎるな! モッシュ区域を空けろ!」
「勇者様、もう運営の人やん!」
「安全は大事だ!」
レオンは白いドラムの前で微笑んだ。
上品に。
美しく。
だが目は完全に鬼だった。
ヒデがペダルを踏み込む。
ギャギャギャギャギャッ!!
速弾きが墓地を走った。
速すぎて指が見えない。
墓石が震え、屋台の焼き鳥が串ごと跳ねる。
「うおおおおお!!」
「ヒデの指、何本あんだよォォォ!!」
「髪立ったァァァ!!」
「魔王モードだァァァ!!」
ヒデはマイクに噛みつくように叫んだ。
「ANGEL or DEVIL!!」
ドガァァァン!!
レオンのドラムが爆ぜた。
白い王子は、鬼になった。
セシリアがすぐ横へ並ぶ。
赤いドレス。
黒いマイク。
冷たい目。
その声は、高く鋭く夜空へ突き抜けた。
「天使か悪魔か」
ヒデが低く吠える。
「どっちだ、てめぇら!!」
セシリアが叫ぶ。
「白か黒かで、魂まで縛るな!!」
ヒデの濁った声が重なる。
「灰色のまま叫べェェェ!!」
ツインボーカル。
聖女の声と、墓守の声。
祈りみたいに高く。
地獄みたいに低く。
美しくて。
荒くて。
どうしようもなく、魂に届く音だった。
聖歌隊の少年たちは、ステージの上で固まっていた。
純白の衣装。
完璧な笑顔。
完璧な立ち位置。
でも、その足は震えていた。
ヒデが叫ぶ。
「本音があるなら、こっち来い!」
セシリアも続ける。
「天使の顔で笑ってるだけなら、そこに立ってなさい!」
レオンのドラムがさらに加速する。
客席に、巨大なモッシュの渦が生まれた。
「うおおおおお!!」
「回れ回れェェ!!」
「倒れた者は起こせェェ!!」
ジャスティスがベースを弾きながら叫ぶ。
「反時計回りだ! 逆走するな!」
ズンッ!!
「霊体だからといって人をすり抜けるな!」
ズゥン!!
「倒れた者を起こせ! それが勇者道だ!」
「勇者様、ベースも運営も上手いぞォォォ!!」
セシリアは聖歌隊を指差した。
「あなたたちは、天使じゃない」
リーダーの笑顔が崩れる。
「僕たちは……」
「あなたたちは、あなたたちよ」
その瞬間。
聖歌隊の一人が、小さく拳を上げた。
震えながら。
観客が気づく。
「お?」
「天使が拳上げたぞォォォ!!」
また一人。
また一人。
最後にリーダーが、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま拳を突き上げた。
「あああああああッ!!」
墓地が爆発した。
「聖歌隊が落ちたァァァ!!」
「いや、上がったんだァァァ!!」
「こっち来いィィ!!」
霊たちの手が伸びる。
聖歌隊の五人は顔を見合わせた。
そして。
ステージから飛び降りた。
「うわああああああ!!」
純白の衣装が、モッシュの渦へ飲み込まれる。
肩がぶつかる。
髪が乱れる。
羽根飾りが飛ぶ。
それでも、誰かが倒れればすぐに手が伸びた。
生者も。
死者も。
霊も。
全員が笑いながら、全員を支えていた。
聖歌隊の少年が叫ぶ。
「本当は、白タイツが嫌だった!!」
観客が吠える。
「そこォォォ!?」
別の少年も叫ぶ。
「毎朝、羽根を整えるのもしんどかった!!」
「分かるぞォォォ!!」
「笑顔の角度を二度まで指定されてた!!」
「地獄じゃねぇかァァァ!!」
リーダーが泣きながら拳を上げた。
「僕たちは……天使なんかじゃない!!」
ヒデが笑う。
「やっと鳴ったな」
セシリアがマイクを握る。
「もっとよ」
聖歌隊の五人は、モッシュの中心で声をそろえた。
「あああああああああッ!!」
綺麗ではなかった。
音程も揃っていなかった。
でも、本物だった。
その時。
レオンが立ち上がった。
「品位は置いていけ!」
「王子殿下?」
レオンは白いスティックを掲げ、上品に一礼した。
「では、参る」
ヒデが叫ぶ。
「ダイブ前に礼すんな!」
次の瞬間。
レオンは客席へ飛んだ。
「レオン様がダイブしたァァァ!!」
霊たちが一斉に両手を伸ばす。
「うおおおおお!!」
「受け止めろォォォ!!」
「レオン! かっけーぞ!!」
「王子なのに飛んだァァァ!!」
霊たちの手の波が、レオンを空中で運ぶ。
ジャスティスが即座に叫ぶ。
「首を守れ! 頭を支えろ! 霊体の者は下から浮力補助!」
「勇者様、指示が的確!!」
レオンは霊たちの手の上で拳を突き上げた。
「最高だ!」
墓地中が吠える。
「レオン! かっけーぞォォォ!!」
セシリアはステージ前へ身を乗り出す。
「声を出しなさい!」
墓地中が叫ぶ。
「うおおおおおお!!」
「足りないわ!」
「うおおおおおおおお!!」
セシリアは笑った。
冷たく、美しく、完全に弾けていた。
「いいじゃない」
ヒデが横で笑う。
「聖女様、だいぶ堕ちたな」
セシリアはマイクを握り直す。
「違うわ」
赤いドレスが夜に燃える。
「上がったのよ」
ヒデは一瞬だけ目を見開き、それから獰猛に笑った。
「上等だ」
二人は同時に叫んだ。
「No Music!」
「No Border!」
ヒデのギターが火を吐く。
セシリアの声が夜を裂く。
ジャスティスのベースが地面を支える。
レオンは霊たちの手の上で、まだ拳を突き上げている。
聖歌隊も、霊も、生者も、拳を上げた。
白い衣装は泥だらけ。
髪は乱れ。
羽根は折れ。
それでも全員、笑っていた。
墓地が光に包まれる。
押しつけられた祈りではない。
はちゃめちゃにぶつかり合った魂が生んだ、共鳴の光だった。
聖歌隊のリーダーは、泥だらけのままヒデを見た。
「僕たち……もう一曲、歌ってもいいですか」
ヒデは鼻で笑う。
「対バン相手がアンコールかよ」
セシリアが即答した。
「上等よ」
ジャスティスが客席へ叫ぶ。
「アンコール前に水分補給! 生者は水、死者は気合いだ!」
レオンが霊たちに担がれたまま言う。
「もう一度飛んでもいいか?」
全員が叫んだ。
「やめろ!!」
墓地は笑いに包まれた。
その夜。
大天使の聖歌隊は、初めて天使をやめた。
そして墓地ロックは。
初めての対バンで、魂を救った。




