第13話:天使の聖歌隊VS魔王ロック・前編 灰色の空にダイブしろ! 夏フェス開幕
「ええい、おのれ悪魔め……!」
教会の最上階。
教皇は机を叩き、顔を真っ赤にしていた。
「墓地で爆音を鳴らし、死者を惑わせ、聖女様まで赤い衣装で叫ばせるとは!」
側近の神官が、おそるおそる口を開く。
「ですが、報告によれば死者の魂は次々と浄化されております」
「黙れ!」
教皇は叫んだ。
「聖女が『浄化上等』などと叫ぶ浄化があってたまるか!」
神官は何も言えなかった。
それはそうだった。
教皇は立ち上がる。
「こうなれば、教会が誇るトップアイドルを送れ!」
「トップアイドル……まさか」
「そうだ」
教皇はにやりと笑った。
「大天使の聖歌隊だ」
⸻
同じ頃。
第4墓地。
ヒデは棺桶の上でギターをいじっていた。
その横で、セシリアが教会から届いた通達を読んでいる。
赤いドレス。
黒いマイク。
そしてなぜか、手にはそろばん。
「教会が大天使の聖歌隊を派遣するそうよ」
ヒデが顔をしかめる。
「ああ? 潰しに来るってことか」
「表向きは合同浄化イベントね」
「どう聞いても潰しに来てんだろ」
セシリアはしばらく考えた。
そして、ぱっと顔を上げる。
「これは音楽のフェスティバルね」
「違ぇよ」
「客を入れましょう」
「なんでだよ」
セシリアはにっこり笑った。
「バンド活動費を稼がなくっちゃ♡」
ヒデは固まった。
「聖女が一番俗っぽいんだよ」
「機材は祈っても買えないわ」
そこへレオンがやって来た。
白いドラムスティックを優雅に回している。
「フェスなら、演奏順を決めねばならないな」
ジャスティスも白銀のベースを背負って現れた。
「私は客席の安全管理をしよう。人も霊も、倒れた者を踏んではいけない」
ヒデは全員を見た。
「お前ら、やる気だな?」
セシリアは即答した。
「当然よ」
レオンは微笑む。
「王家としても、野外演奏の経験は貴重だ」
ジャスティスは真顔で言う。
「フェスは戦場だ。だが、守るべき命がある」
ヒデは頭を抱えた。
「勝手にフェスにすんな」
⸻
だが、その夜。
第4墓地は完全にフェス会場になっていた。
墓石の間には屋台。
霊廟の前には急造ステージ。
生者と死者が入り混じり、観客たちが拳を上げている。
「焼き鳥いかがっすかー!」
「成仏前の一杯、冷えてますよー!」
「ヒデ様反逆Tシャツ、残りわずかよ!」
物販ブースでは、赤いドレスの上に黒いスタッフTシャツを重ねたセシリアが、札束を数えていた。
「サイズは?」
「Mで!」
「甘いわ。墓地ライブは汗をかく。Lにしなさい」
「聖女様が商売してる……」
「物販よ」
少し離れた場所では、ジャスティスが客列を整えていた。
「押さない! 走らない! 霊体の方は浮きすぎない!」
「勇者様、運営もしてる!」
「安全は大事だ!」
レオンは白いドラムの前に座り、静かにチューニングしている。
見た目は上品だった。
だが目はもう、ほとんど鬼だった。
ヒデは棺桶の上でギターを抱え、低く呟いた。
「勝手にフェスにすんな」
その時、近くの霊が古びたリュートを抱えて近づいてきた。
「あの……開演まで、一曲だけ……」
ヒデは眉をひそめる。
「俺は前座じゃねぇ」
「ですよね……」
霊がしょんぼり下がろうとした瞬間。
ヒデはギターの弦を軽く弾いた。
ギャリン。
霊が振り返る。
ヒデはそっぽを向いたまま言った。
「キー合わせろ。遅れんなよ」
霊の顔がぱっと明るくなる。
「はい!」
次の瞬間。
墓地に軽いセッションが始まった。
ヒデの黒いギター。
霊の古びたリュート。
どこからか骨だけのドラマーが空き缶を叩き、商人の霊が手拍子を入れる。
「おおおお!」
「開演前セッションだ!」
「ヒデが機嫌いいぞ!」
「違ぇ。勝手に始まっただけだ」
ヒデはそう言いながら、誰よりも楽しそうにギターを鳴らしていた。
セシリアは物販ブースからそれを見て、呆れたように笑う。
「口では文句ばかりね」
ジャスティスは客列を整えながら頷いた。
「だが、場を温めている」
レオンはスティックを回す。
「王者とは、開演前から空気を支配するものだ」
ヒデはギターを鳴らしながら叫んだ。
「聞こえてんぞ王子!」
墓地は笑い声と拍手に包まれた。
まだ対バンは始まっていない。
それでも第4墓地は、もう完全にフェスだった。
⸻
その時。
夜空から、白い光が降りた。
まるで五人の天使が舞い降りたように。
「さあ、王都の迷える子羊たちよ!」
澄んだ声が墓地に響く。
「僕たちの歌で、その心を洗い流してあげる!」
巨大な霊廟の前に作られたステージへ、純白の衣装をまとった五人組が現れた。
教会が誇るトップアイドル。
大天使の聖歌隊。
「きゃあああああ!!」
観客が沸いた。
生者も死者も関係ない。
顔がいい。
とにかく顔がいい。
セシリアも、物販ブースの奥からペンライトを握りしめていた。
「……顔がいいわ」
ジャスティスが目を丸くする。
「聖女様?」
セシリアは赤いドレスの上にスタッフTシャツを着たまま、真顔でペンライトを振った。
「顔がいいものは、顔がいいのよ」
「理屈が雑です!」
レオンが白いドラムの前で静かに頷く。
「分かる。造形美は罪ではない」
ヒデがギターを抱えたまま吐き捨てる。
「お前ら、敵だって分かってんのか」
「敵でも顔はいいわ」
「そこは認めるのかよ」
ステージ上では、聖歌隊が完璧なフォーメーションで歌い踊り始めた。
『ああ〜♪ 祈りなさい〜 働きなさい〜♪』
『苦しみは〜♪ 喜びへの試練〜♪』
『キミの笑顔は神様のもの〜♪』
軽やかなダンス。
揃ったターン。
キラキラとした笑顔。
圧倒的なアイドルオーラ。
何せ、顔がいい。
観客たちが、ぽわぁ……と陶酔していく。
「ああ……やっぱり働くって素晴らしい……」
「労働こそが、僕らの生きがい……」
「本音なんて、いらないのかもしれない……」
死んだ魚のように、観客の目から光が消え始めた。
ペンライトを振っていたセシリアの手が、ぴたりと止まる。
「……違う」
ジャスティスの白銀ベースが低く鳴った。
「これは、浄化ではない」
レオンの目が細くなる。
「笑顔の形をした檻だな」
聖歌隊のリーダーが、勝ち誇ったように笑った。
「ふふっ、これで終わりだ」
純白の衣装が、月明かりに輝く。
「さあ、魔王ロック。次はあなたたちの番です」
セシリアはペンライトを握りしめたまま、低く呟いた。
「顔はいい」
ヒデが眉を上げる。
「まだ言うか」
セシリアはペンライトを置き、マイクを掴んだ。
「でも、魂が鳴ってないわ」
ヒデはニヤリと笑った。
「だろうな」
棺桶の上に立つ。
黒いギターを構える。
墓地の王のように、ヒデは聖歌隊を見下ろした。
「人のハコで、ずいぶん退屈な歌を歌うじゃねぇか」
聖歌隊の笑顔が凍る。
ヒデは夜空へ向かって叫んだ。
「生者も死者も、天使も悪魔も関係ねぇ」
ジャスティスのベースが低く震える。
レオンがスティックを構える。
セシリアが赤いドレスを翻す。
ヒデは笑った。
「ここで鳴った魂が正義だ」
そして、ギターを振り上げた。
「No Music, No Border!!」
ギュイイイイイイン!!
墓地の夜が、黒い音で切り裂かれた。
――後編へ続く。




