第12話:墓守は、また夢を見る
ライブ後の第4墓地は、妙に静かだった。
ヒデは棺桶の上で、ギターを拭いていた。
セシリアが赤い衣装のまま近づく。
「あなた、嬉しそうじゃないわね」
ヒデの手が止まる。
少し離れた場所では、レオンが白いドラムを片付け、ジャスティスが白銀のベースをケースへ収めていた。
バンド。
その言葉が、胸の奥を引っかいた。
「……昔な」
ヒデはぽつりと言った。
「俺にもバンドがあった」
最初は全員、本気だった。
狭いライブハウス。
安い弁当。
鳴りの悪いアンプ。
それでも、音を出せばどこかへ行ける気がした。
でも、一人ずつ抜けていった。
仕事。
家族。
将来。
誰も悪くなかった。
だから余計にきつかった。
「お前も現実見ろよ」
そう言われても、ヒデだけが見られなかった。
昼は働き、夜は曲を書いた。
誰もいないスタジオで、一人ギターを鳴らした。
やめたら、自分が空っぽになる気がした。
「で、気づいたら終わってた」
「人生が?」
ヒデは笑った。
「まあな」
軽く言わなければ、崩れそうだった。
「この世界に来て、墓守になって」
ヒデは墓石の並ぶ闇を見た。
「死んだ奴ら相手に弾くのは、楽だった」
誰も抜けない。
誰も現実を見ろと言わない。
最初から終わっている。
だから怖くなかった。
それなのに。
また、バンドになってしまった。
ヒデはギターを握る。
「嬉しいんだよ」
吐き捨てるような声だった。
「それが一番、怖ぇんだ」
また音が合う。
また誰かが隣にいる。
また次のライブのことを考えている。
「俺、懲りてねぇんだよ」
ヒデは笑おうとして、失敗した。
「一回終わったくせに、まだでかいステージに立てる気がしてる」
沈黙。
セシリアが隣に立った。
「馬鹿ね」
ヒデが眉を上げる。
「でも、私も同じよ」
セシリアはマイクを握る。
「聖女でいればいいと思っていた。でも今日、叫んでしまった」
レオンが白いスティックを見つめる。
「私もだ。ドラムの前に座った時だけ、私は私でいられる」
ジャスティスが白銀のベースを背負い直す。
「私も同じだ。この低音を鳴らした時、初めて誰かを支えたいと思えた」
ヒデは三人を見た。
聖女。
王子。
勇者。
全員、戻れなくなっている。
セシリアが言う。
「一人で終わった夢なら」
レオンが続ける。
「四人で続きを見ればいい」
ジャスティスが低く言う。
「今度は、誰も一人にしない」
ヒデは目を伏せた。
「……くせぇ」
声が少し震えた。
「くせぇ台詞ばっか言いやがって」
セシリアは笑う。
「あなたが一番くさいわ」
ヒデは鼻で笑って、ギターを構えた。
「なら、付き合えよ」
三人が顔を上げる。
「地獄までな」
セシリアが即答した。
「墓地までで十分よ」
レオンが微笑む。
「地獄にもドラムはあるだろうか」
ジャスティスが真顔で言う。
「まず遠征費を確認しよう」
ヒデは吹き出した。
そして、弦を鳴らした。
ギャイン。
その一音は、浄化のためだけではなかった。
もう一度、夢を見るための音だった。
白いドラムが、夜を叩く。
白銀のベースが、墓地の底を震わせる。
セシリアが、静かにマイクを握った。
けれど、最初に歌ったのはヒデだった。
低く、掠れた声で。
誰もいないステージで
錆びた弦だけ鳴いていた
置いていかれた夢の名を
また叫んでる馬鹿がいる
おまえには俺が見えないのか
俺だけがまだ、あの日にいるのか
見ていたのは俺だけの夢か
それでもまだ、消せないのか
Dream of dreams
その言葉に、セシリアの声が重なった。
高く、透き通るように。
けれど、甘くはなかった。
Dream of dreams
ヒデは続ける。
目覚めたくない
セシリアが、後ろから追いかける。
Dream of dreams
ヒデの声が少し揺れた。
そこにいてくれないか
セシリアのハモりが、夜に溶ける。
Dream of dreams――
夜風が、墓石の間を抜けた。
霊たちはもういない。
客席もない。
拍手もない。
それでもヒデは歌った。
終わったはずの夢が、もう一度だけ、音になっていた。




