第11話:浄化上等
「そこ、私の場所よ」
第4墓地、最前列。
聖女セシリアが低く言った。
そこに立っていた女の霊は、鼻で笑う。
「生きてるくせに、何言ってんの」
「譲りなさい」
「嫌よ」
「私は聖女よ」
「私は死者よ」
「私も救われたいのよ!」
その叫びに、墓石の隙間を抜ける風さえ止まったように、墓地が静まった。
ヒデはギターを構えた。
「魂の会話だな」
アンプが唸る。
低い振動が土を伝い、靴底をじわりと押し上げる。
「それはロックだ」
ギャリィィィン!!
鋭い一音が空気を裂き、墓標を震わせた。
「うぉぉぉぉ!!」
どこからともなく野太い霊の歓声が上がる。
「始まったぞォォ!!」
「待ってましたァァ!!」
墓地のあちこちで死者たちが騒ぎ始めた。
ヒデは歌わない。
今日は、演奏だけ。
女の霊が叫ぶ。
「私、本当は本音で生きたかった!」
セシリアの喉が震えた。
分かってしまった。
聖女だから。
救われたい魂の音が、胸の奥を直接叩くように響いてしまった。
「……私もよ」
女の霊が目を見開く。
「聖女らしく祈れ」
セシリアの声が低くなる。
「聖女らしく笑え」
「聖女らしく許せ」
「誰も、私の本音なんて聞かない」
女の霊が泣きながら笑った。
「あんたもじゃん」
「ええ」
二人の声がぶつかる。
怒り。
悔しさ。
寂しさ。
共感。
共鳴。
それが浄化だった。
足元に、黒いマイクが転がっていた。
セシリアは、それを拾った。
指が触れた瞬間。
白い聖女服の裾が、じわりと赤く染まる。
祈りの白が。
叫びの赤へ。
黒いローブが、風に剥がれるように落ちた。
赤は胸元へ。
袖へ。
裾へ。
まるで魂の熱が、布の奥から燃え上がるように。
真っ赤なドレスが、墓地の夜に現れた。
女の霊が息を呑む。
「……聖女様?」
セシリアはマイクを握りしめた。
「聖女よ」
そして、低く笑う。
「だから、叫ぶの」
セシリアは、墓地の夜を切り裂くように叫ぶ。
「浄化上等!!」
「うぉぉぉぉぉ!!」
浮遊霊たちも一斉に叫び声を上げた。
レオンのドラムが爆ぜる。
ドゴォォン!!
重いキックの衝撃が地面を打ち、墓地全体を揺らした。
ジャスティスのベースが地を震わせる。
ブォォォォン!!
腹の底を掴まれるような低音が波となって広がり、墓石を細かく震動させる。
ヒデのギターが吠える。
ギャギャギャギャギャッ!!
歪んだ音の奔流が肌を撫で、骨の芯まで震わせた。
「最高だァァ!!」
「もっとやれェェ!!」
霊たちの歓声が飛ぶ。
セシリアの声が、高く突き抜けた。
張り裂けるような叫びが夜空へ駆け上がり、空気そのものを震わせる。
「浄化して」
「浄化して」
「まだ足りないの」
女の霊の体が、光り始める。
それでもセシリアは止まらない。
「救ったふりして」
「救われたいの」
女の霊が涙を流した。
「……聞こえた」
セシリアはマイクを握りしめる。
掌に伝わる振動が、彼女の本音をさらに押し上げる。
「祈りじゃもう」
「届かないなら」
赤い衣装が、墓地の風に翻る。
ドラム、ベース、ギター、そして声。
四つの音が重なり、墓地全体を巨大な共鳴体のように震わせていた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
「セシリアァァァ!!」
「魂燃えてるぞォォ!!」
セシリアは最後の声を叩きつけた。
「喉が裂けるまで」
「叫ばせて!!」
女の霊は笑った。
「やっと、本音でぶつかれた」
光が夜に溶けていく。
「ありがと、聖女様」
セシリアは息を切らしたまま言った。
「礼はいらないわ」
そして、もう一度叫ぶ。
「浄化上等ォォォ!!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「アンコールだァァ!!」
「成仏上等ォォォ!!」
その咆哮に合わせて音の波が墓地を駆け抜け、土も墓石も夜気も震えた。
その夜。
聖女セシリアは、祈りを捨てたのではない。
祈りを、叫びに変えた。
墓地ロックに、声が生まれた。




