9.天使の不機嫌
ブランシュは2人の男性に挟まれると、小さく縮こまり涙をこらえた。
(どうしてこんな目に……?王子様2人に囲まれるなんて……あぁ、恐ろしい)
♢
アンは縫い子5人をブランシュの補佐担当にした。
縫い子の元には、常に仕事が大量に入ってくるため、皆忙しいのだ。
「あ、あの……成人男性の、Lサイズのシャツの型紙はありますか?」
「L?イヴァン様もダヴィド様も、基本の型紙ならすでにあるわ。待ってて!」
先ほど第一王子の名前が、ダヴィドだと教えてもらったが、体型までは分からない。
ブランシュは、優しい縫い子に待って欲しいと伝えた。
「ダ、ダヴィド様は、Lサイズ入りますか?」
「入ると思うわ。腰回りはLより詰めてもいいぐらい」
「で、でしたら王子様の型紙ではなく、い、一般の型紙を用意してください……」
「そうなの?わかったわ」
2人の縫い子が型紙を取りに行っている間に、ブランシュは3人にデザインを詳しく説明した。
受け取った型紙を庶民服用に引き直せば、恥をかかせるつもりだった2人は顔を見合わせた。
「まあ、悪くないんじゃない?」
「この型紙ならそこまで難しくないしね」
「では皆さん、ご協力お願いいたします」
ブランシュが頭を下げると、5人は「了解」と言ってすぐに持ち場へ着いた。
型紙通りに布を切ると、ブランシュもフェルトに待ち針を留め、縫い針に糸を通す。
「ブランシュ、俺の服は順調か?」
イヴァンはブランシュの肩をポンと叩き、ゆっくりと口角を上げた。
「で、で、殿下じゃなくて……イヴァン様」
集中してステッチを縫っていたためイヴァンの気配に気がつかず、勢い余って針で指を刺してしまった。
ブランシュは針をクッションに刺すと、慣れた手つきでメイド服で親指を包んで引っ張る。
「どうした、続けろ」
「は、はい」
庶民服とはいえ王子の着る服。
血をつけるわけにいかないので、端切れ置き場から綿の布を取り出し指にそっと巻きつける。
「人生で初めてのお忍びなんだ。ブランシュ、しっかり作れよ?」
(平民服の献上って、お忍び服って意味だったんだ……責任重大じゃない!?)
そこでようやく、事の重大さに気がついた。
でもブランシュがやることは変わらない。
「お、仰せのままに」
♢
「……は?」
イヴァンは机をドンと叩くと、並みの使用人なら震え上がるような低い声で、ダルクに詰め寄った。
「い、一応イヴァン様に伝えたまでです」
ヴァレットには、自分の知り得る情報を提供する義務があった。
「なぜその時に言わない!この時間に縫い子はまだ作業しているか?」
「いえ、すでに夕食の時間がと」
イヴァンは目を通していた書類を、机の上にドンと置いて足早に部屋を出た。
ダルクを無視して真っ先に向かったのは、食堂である。
「ブランシュ!」
「……はい!?」
「今すぐこっちに来い!」
最後の一口を口に入れたブランシュは、お皿を下げる前に腕を掴まれた。
ブランシュは手汗を気にしながら、ひょこひょことイヴァンの後ろを歩き続けること10分。
(なんでずっと無言なの?昼間少し手を止めたから怒らせちゃったのかな。土下座する隙もないし……どうしよう)
イヴァンが足を止めたのは、ブランシュが来たことのない部屋の前だった。
空いている方の手でバクバクした心臓を抑えると、ブランシュは大きく息を吸って覚悟する。
ドアが開き、恐る恐るブランシュが足を踏み入れると、キョロキョロと見渡したあと、ポカンと立ち尽くした。
そこは医務室だった。
「手を見せろ」
「……へ?」
「針を刺したのはどっちの手だ?」
「……」
ブランシュはそっと左手を差し出す。
「どこを怪我した?なぜ声を上げなかった?」
「全然、その……このゴマのような紫色の部分です。本当に大丈夫なので」
「そういう問題じゃない!痛かったろ。この詫びは必ずするからな」
「あの」
「わかったな?」
「……はい」
困ったブランシュは小さくお辞儀をすると、逃げるように走り去った。
♢
提出期限前日。
シャツは無事完成し、残すは縫い子が縫っているズボンのみ。ブランシュは隣の簡易倉庫へボタンを選びに行った。
(あの棚の茶色がちょうどよさそうだけど、ちょっと届かないな。踏み台はどこだろう?)
「探し物かい?」
「ひゃっ!」
薄暗い部屋の中を探していたブランシュは、入り口に立つ男性を見て飛び跳ねた。
一瞬イヴァンかと思ったその人は、イヴァンよりも真っ直ぐな髪に、がたいの良い体つき。声も少し低く感じる。
「僕は君を見たことがあるんだ。少し前に、中庭に忍び込んだでしょ?」
(ハンカチに刺繍するヴェロニク・ドゥ・ペルスを見に行った時、感じた視線はこの人だったんだ……怒られるよね)
「も、も、申し訳ございませんでした」
即座に土下座したブランシュ。
すると男性は、なぜかブランシュの前にしゃがみこんだ。
「お嬢さん、お手をどうぞ」
「……へ?」
「僕の服を作ってくれているのだろう。茶色いボタンの入った瓶を取ったらいいのかな?」
困惑するブランシュが手を引かれて縫製室へ戻ると、縫い子はピタッと作業を止め、一斉に騒ぎ出した。
ブランシュが男性と手をつないでいたのもそうだが、その後ろで眉間にしわを寄せた天使が見えてしまったからである。
「ブランシュ、なぜダヴィドといるんだ?それも大変仲がよろしいようで」
どすの効いた声に肩が跳ねたブランシュは、男性から急いで手を離し両手を後ろで組んだ。
「イ、イヴァン様……」
(あぁ、完全に怒っている。そしてダヴィドって……第一王子様!?)
気がつけば部屋の端っこに追いやられたブランシュは、男性に囲まれた緊張で涙が滲んだ。
王子たちの背が高いこともあり、縫い子たちからブランシュは見えない。
興味津々の縫い子たちがちらちらと盗み見ると、アンは仕事をするよう注意し、王子に要件を聞いてくれた。
「そろそろサイズの調整をするだろう?だから俺は来たんだ!」
「僕もそう思ったんだ。噂に聞く通り綺麗な白髪だよ、ブランシュ」
小鹿のように震えるブランシュを、1人の王子は可愛らしく思い、もう1人の王子は面白く思った。
♢
「どうだ、似合うか?」
「イヴァンより僕の方が似合うだろ」
同じ服を着るとまるで双子のような王子たちは、再びブランシュににじり寄ったった。
「お二方、ブランシュが潰れてしまいます」
助け舟を出してくれたのはダルク。
ブランシュは小さくお辞儀すると、急いでぴょこぴょこと抜け出した。
「で、詰め直すだろ?あと1日で終わるのか?」
イヴァンが少し不機嫌そうに言うと、ブランシュはエプロンをぎゅっと握り、震える声で答える。
「しょ、庶民は最終調整をい、い、いたしません。少しだぼつきや突っ張るところがあるものです」
「じゃあこのステッチが少し歪んでるのもわざとなのかな?」
「は、はい……」
イヴァンと話す時も声を振り絞っているブランシュが、ダヴィドとの会話で声が裏返ってしまうのは仕方ない。
そんなブランシュにダヴィドは優しく手を握り、イヴァンがはダヴィドの手を叩くようにして、ブランシュの手から引き離した。
「じゃあ明日はよろしくな」
「……はい?」
「俺たちと王都に行くんだろ?」
「はい!?」
ブランシュはびっくりしてむせ込み、縫い子たちも驚きの声を上げた。




