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8.王子の平民服作り

 黒いワンピースを着てから、フリルのついたエプロンをつけると、小さなため息を漏らす。

 白いリボンにも慣れていないブランシュは、奴隷の黒いリボンよりも恥ずかしかった。


 ジュリエットと過ごす食事の時間が唯一、心休めることのできる時間だった。



 ♢


 6日目の朝。

 今日も「座ってて」と言われるのだろうと思っていたブランシュに、ジャネットは突然紙を突きつけた。


「あの、え、えっと……?」

「何?5日間も座りっぱなしでまだ働かないつもりなんて、本当に図々しいわね」


 ここでようやく座っていることが、仕事ではなかったのだと気がつく。

 

 申し訳なさでいっぱいになったブランシュは、受け取った紙を見たが、ここで問題が起きた。


「あ、あの……な、なんと書いてあるか読んでいただけませんか?」


 ブランシュは精一杯声を振り絞って頼んだが、ジャネットは忙しいと鼻で笑い部屋から去った。


「あ、の、すみません……」

「ごめんなさいね、今忙しいの」


「すみません、これ……」

「忙しいから別の人に聞いてちょうだい」


 ブランシュは勇気を出して、同じ空組の縫い子へ声をかけた。


(どうしよう……私、皆さんを困らせてるみたい)


 誰1人紙に目も向けてくれない中、ブランシュは申し訳なく思っていた。

 そして“困らせている”という不安は当たっていた。


 断った縫い子は全員、文字が読めなかったのだ。

 不憫なブランシュを、助けたいと思う者もいないわけではない。

 ただ文字を読めるほどの教養がある者が、そろいもそろってブランシュを見下していたのである。



 ♢



 皆が昼食に行くと、ブランシュは縫製室の横の階段に、紙を持って座り考え込んだ。


(紙に書かれた仕事ということは、きっと大事な依頼なのかな。私ができなかったら、ジャネットさんが怒られてしまうかもしれない)


 読めもしない字を、穴が開くほど見つめてみたりもしたが、もちろんわかるはずもない。


「あなた、何してるの?」


 ブランシュは上から降り注いだ、どすの利いた声にすかさず飛び上がる。


「あ……えっと、その」

「奴隷なんだから庶民の服ぐらい簡単でしょ?」

「……へ?」


 アンは腰に両手を当てて、大きなため息をついた。

 けれどブランシュには、何のことだかさっぱりわからない。


「ジャネットに言われたでしょう?」

「す、すみません……この紙には何と書いてあるのですか?」

「まさか読んでもらえなかったの!?」


 アンは昨晩、ブランシュに仕事を押し付けるようジャネットに言いつけたはずだった。

 頼まれた仕事すらできないのかと、辱めるために。


 それがまさか低俗ないじめをするなんて、想像もしていなかった。

 加えて仕事を与えてないことも、アンはまだ知らない。


(怒らせちゃったかな……このままだとジャネットさんが怒られちゃうかも)


 アンは頭を掻きながら、肩をすくめるブランシュから紙を奪い取ると、渋々といった様子で手紙を読んだ。


「第一王子殿下並びに第三王子殿下へ献上する平民衣装を製作せよ。期限は5日後までとする」

「……は、はい」

「はぁ、意味は伝わった?」

「えっと……」


(第三王子様はイヴァン様だよね。第一王子様って歳はいくつなんだろう?献上するってことは、渡すということ?)


 明らかに全ては理解していなさそうなブランシュに、アンはさらに苛立った。


「だから、あと5日で平民男性服を2枚作れってこと!わかった?」

「は、はい!」


 ブランシュは目をつぶり、真っ赤な顔で直立不動になった。

 アンはもう何も言わなかった。


 

 ♢

 

 

 30分後、昼食を終えた縫い子がぞろぞろと帰ってきた。

 ブランシュがアンの隣で縮こまっていると、後ろを通ったジャネットが鼻で笑う。


「あなた、アン様に迷惑をかけないでちょうだい」


 勝ち誇った顔で言い放ったが、アンは咳払いをするとジャネットの目を見つめた。


「ア、アン様?」

「私はブランシュに仕事を任せるよう、あなたに言ったのです。意味、わかりますか?」

「も、申し訳ございませんでした!」


 ジャネットが勢いよく頭を下げると、ブランシュは驚いて体をのけぞらした。


「ではもう自分の持ち場に戻りなさい」

「承知いたしました」

「ブランシュはそこに座りなさい」


(あぁ、私が文字を読めないばかりに……ジャネットさんに申し訳ないわ)

 

 罪悪感を感じながらも、ブランシュは言われた通り出入口付近の席に座り、背筋を伸ばしてアンの顔を見た。


「以前、リゼット王女のドレスを縫い子たちと直したことがあるでしょう。聞いたところによると、絵は描けるのよね?」


 瞬きひとつせず鉛筆と紙をブランシュに渡すと、指で机をカツカツと鳴らした。


「あ、あ、ありがとうございます」


(平民の服なら、3ヶ月前に王宮へ来る道中に見た服はどうかな?)


 ブランシュは馬車の荷台からチラリと見ただけの、男性服をイメージして鉛筆を動かす。

 絵の男性の胸元は厚く、ズボンは脚のラインが出ていた。


(貴族じゃないけど、お金がありそうな人は確かこんな感じの服を着ていたはず)


「か、完成しました」


 ブランシュは1分で絵を描き終えると、両手でアンに提出した。

 

「ジャネット、空組のみんなをここに集めてちょうだい」



 ♢

 

 

 30人近い縫い子が一斉に見つめたため、ブランシュは大量の冷や汗をかき、気絶しそうなほど青くなった。


「ではブランシュ、皆に説明して」


 ブランシュは手汗をスカートで拭くと、ゴクリと唾を飲み覚悟を決めた。


「ま、まず、トップスは胸元の厚いシャツにします」

「えー、別に厚くしなくても、詰め物したらよくないですか?」


 ダルそうに声を上げたのは、リゼットのドレスを一緒に直した縫い子の1人である。


「静かに!ブランシュ、続けて」

「えっと、平民は詰め物をし、し、しません……だから厚いシャツに……キルティングで厚くするんです」


 その説明を聞いた下級家庭の縫い子は、ブランシュの考えに頷いた。

 縫い子という立場になると、王都から出稼ぎに来ている者もいるため、庶民的感覚に共感したのだ。


「あ、あの……それからズボンは、体のラインが出た物が良いかと思います」

「それって貴族寄りじゃない?」

「いえ……離れた領地でもき、き、着られています。むしろ整っていて余裕のあるズボンこそが、貴族の象徴になっているかと……」


 ブランシュが真っ赤な顔でうつむくと、縫い子たちは顔を合わせて話し、途端に部屋がざわついた。


 ブランシュの感性を褒める者、誰にでもわかることだとバカにする者、奴隷の考えなんてと見下す者――反応は様々だった。


(奴隷なんかがごめんなさい……。誰か私に、黒いリボンをつけてくれないかな)


 だがアンが3回手を叩けば、皆は一斉に口を結ぶ。


「この庶民服の制作の責任者は、ここにいるブランシュです。空組の者は全員、ブランシュの指示に従うように。意見など必要ありません」


 それを聞いて、縫い子たちはホッとする。

 王族の服作りを失敗したら、どんな罰が待っているかわからない。でもその責任が奴隷にあるなら、もう何でも良いのだった。


(よかった……失敗しても私の責任。みんなは私を手伝うのね)


 アンは縫い子と同じく、ホッとした様子のブランシュを見て眉間に皺を寄せたが、奴隷の感性なんてと考えることをやめた。


 それからブランシュは、くすんだ緑ができるだけまだらな布とフェルト、荒い茶色のウールを用意して欲しいと頼んだ。



 ♢

 


 1時間後、大量の布が入った木箱が運び込まれた。


「この子は本当になんというか……」


 木箱を机の上に並べたダルクは、イヴァンの目論見通りの展開に呆れため息をつく。

 そしてその様子を見ていたブランシュは、男性が近くに来た緊張と、イヴァンの気配を感じ取り、そっと怯えるのだった。

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