7.空組の洗礼
イヴァンは、夕食から戻ってた縫い子たちの前で決定通知書を見せる。
それからバッジのついた縫い子に紙を渡し、「よろしく」と一言、天使のウインクを残しさらっと姿を消した。
残された縫い子たちの空気は言うまでもない。
「……で?ランドリーメイドが今日から縫い子です、って言われてもねえ」
(どうしよう。お裁縫は好きだけど……今は草むしりがしたい)
「でも第三王子殿下の命令でしょ?意味わからないけど拒否できないし」
行き止まりの部屋の前で、困惑する縫い子たち。
そこに手を叩きながら現れたのは、灰色の髪をひとつお団子に結んだ中年女性。
襟には3つのバッジがついており、彼女がこの場で最も立場が上なのだと、ブランシュにもすぐわかった。
「名前はなんだって?」
「ブ、ブ、ブランシュです」
「そう、ブブブブランシュ」
女性が鼻で笑いわざとらしく顔を揺らし名前を呼ぶと、皆は顔を合わせクスクスと笑った。
ブランシュは真っ赤な顔でうつむき、服の裾をぎゅっと握る。
(30人はいるように見えるけど、縫い子って何人いるのかな……。皆様を私が困らせてるんだ)
「ブランシュ、あなたは1番下の"空組"に所属してもらいます」
俯いたままのブランシュは、必死に頷いた。しかし、それすら癇に障ったのだろう。
「返事は!」
「は、はい!」
気を付けの姿勢で絞り出した声が裏返ると、縫い子たちは再びくすくすと笑う。
「じゃあついてきて、今すぐに!」
「は、はい!」
「アン様がわざわざ案内されるのですか?」
「えぇ、まあイヴァン様の……ねぇ、ブランシュ?」
アンと呼ばれた縫い子総長は、汚物を見るような視線でブランシュを見る。
「入りなさい」
1番手前のドアを開けると、ブランシュの背中を突き飛ばすように部屋へ押し込んだ。
そこにはランドリーメイドの部屋と変わらない数のベッドが置いてあるが、部屋は2倍近く広かった。
「その薄汚れたメイド服は捨てて。みっともないから、ここにある制服を着なさい」
ブランシュは自分の服を見下ろす。
黒かっただろうワンピースは、日に焼け茶色に変色。白いエプロンも黄ばみ、縫い子のようなフリルもレースも少しだけ。
「王宮で白髪の子……ブランシュ、あなた奴隷でしょ?」
アンは吐き捨てると同時に、新しい制服を突きつけた。
「待って、私も知っているわ。白髪の子なんて他にいないもの」
「そうよ、私なんてリゼット様のドレスの修繕を奴隷とやらされたの。この子で間違いないわ!」
渡されたワンピースを見て、ブランシュは思った。
(真っ白なリボン以上に、色褪せていない綺麗なワンピースとエプロンの方が……私には重たいな)
♢
下っ端は窓際と決まっているようで、この部屋でもブランシュは月明りの下で眠ることになった。
(布団がサラサラで気持ちいいなんて、なんて贅沢なんだろう。すごく温かいし、王族の方のベッドもこんな感じなのかな)
ランドリーメイドの部屋よりも、藁がたっぷりつまったマットレス。それが木の枠組みの上に置かれていた。
体を包み込むリネンも柔らかく、興奮していたブランシュもあっという間に眠りについたのだった。
♢
ブランシュはジュリエットと朝食を取った後、同じ部屋にいた縫い子の後ろをちょこちょことついて行く。
縫製室に入ろうとしたところで、派手に転んだブランシュ。木の床のささくれが刺さり、手のひらから血が流れた。
空組長のジャネットが、わざと足を引っかけたのだ。当のブランシュも、そんなことわかっている。
「大丈夫?ほら、手を掴んで」
なぜか慌てた様子で突然差し出された手。
困惑したブランシュは、血の出ていない方の手をそっと伸ばした。
(優しくするために転ばせたのかな?そんなことしなくてもここに置いてくださっている皆様に、私は感謝しているというのに)
ブランシュが的外れな考えをしている間に、黄色い声がちらほらと上がり始める。
「ブランシュ、お前こんなところで転ぶなんてドジなやつだ」
「ご、ご、ごきげんよう、イ、イヴァン様」
「イヴァン様、おはようございます」
「おはようございます、イヴァン様」
さわやかスマイルで現れた天使の王子に、縫い子たちは見惚れると同時に、鋭い目線をブランシュに飛ばした。
「ブランシュ、働けよ?」
「も、もちろんです」
何をしに来たのか、イヴァンはまたしてもすぐに去った。
ブランシュは言われた通り働こうと、この部屋で1番偉いジャネットに声をかける。
しかし「座ってて」の一点張りだった。
(座るという仕事は初めて……でも座ってるだけで私は何か役に立っているのかな?)
ブランシュは、これがいじめだとは気がつかなかった。
奴隷にとっていじめは暴力であり、放置というものがあると知らなかったのだ。
ちなみに毎日毎日、きちんと隅っこの椅子に1日座り続けたブランシュだった。
(皆さんが働いてるのに、なんだか申し訳ないな。でも邪魔しちゃダメだよね)
♢
「ブランシュ、一緒にご飯行こう!」
「う、うん」
「ジュリエット、そんな子ほっといてこっちで食べない?」
「ごめんね、私ブランシュと食べるから」
笑顔で手を振るジュリエットに、ブランシュの口から息が漏れた。
顔を見て謝ろうと思ったが、ジュリエットはブランシュの手を握ってブンブンと振って「ご飯何かな」とつぶやいた。
泣きそうな気持ちになったブランシュは、ただジュリエットの手を握り返すことしかできなかった。
♢
「ねえ、ジュ、ジュリエット……?」
奴隷の食事は残りものの鍋と、パンの入ったかごが庭の隅に置かれる。ランドリーメイドになってからも、皆がいなくなってから食事を最後に取りに行っていた。
しかし今日、ブランシュは初めて温かいお皿を受け取った。
下級使用人は皆冷めたものを食べていると思っていたブランシュは、衝撃を受けた。
(ジュリエットは、私に合わせて冷めたスープを食べてたんだ……)
「ブランシュどうしたの?食べないの?」
「……い、いただきます」
1口食べると豆が口の中でほどけ、スープの温かさが身体に染み渡り、まんまるの目でお皿を覗き込む。
「お、美味しい……」
「ね!」
2人は小声で話していたが、ほとんどのメイドはこの様子に腹を立てた。
その上そのことを気にしなかったので、余計皆の機嫌を悪くしたのだ。
「ブランシュ、縫い子の仕事はどう?大変?」
「よ、よくしてもらってるよ」
これはブランシュの本音だった。
暴力を振るわれることも、食事を取り上げられることもない。
「ねえ知ってる?0が付く日は、鶏肉の入ったスープが出てくるんだよ!」
「ほ、本当!?」
ブランシュが目を輝かせると同時に、なぜか急に静まり返った食堂。
いつものように自分が奴隷だからだと思い、気にせず豆のスープを飲んでいたブランシュ。
「おい!」
後ろから肩を掴まれると、驚いてスプーンを落としてしまった。
「おい、気をつけろ」
「も、も、申し訳……で、殿下……」
「な・ま・え!」
「ご、ごきげんよう、イ、イヴァン様」
「ブランシュ、縫い子長のアンはどこにいる?」
細い息が漏れたブランシュは、白いリボンをぎゅっと握り、急いで辺りを見渡した。
「イヴァン様、私がアンです」
「そうか、これが次の仕事だ」
ブランシュが見つけるより先に、アンが挙手した。
ブランシュ以外に唯一頬を赤くしていないのは、アンだけかもしれない。
(私に声かける必要あったかな……?みんなこっち見てるし恥ずかしいよ)
思わず顔を覆ったブランシュの手は、氷のように冷えていった。




