87.セーランティプ王国
翌日、セーランティプ王国の王宮に到着したのはお昼過ぎのことだった。
他国の王族が来訪となれば、玄関にはたくさんの人が出迎える。ブランシュは馬車の窓から見えた人の多さに手が震えた。
「お待ちしておりました」
直前でレディースメイドの馬車に移動していたブランシュは、こそこそと馬車から降りる。そこにはリゼットの婚約者であるクレマンが丁寧なお辞儀をして待っていた。
「お出迎えありがとうございます」
ダヴィドはクレマンと握手をしたが、2人の会話が始まる前にリゼットが一瞬で飛んできた。
「クレマン様!」
「リゼット、会えて嬉しいよ」
ブランシュはクレマンとほんの一瞬目が合って、慌てて逸らした。
ダヴィドはブランシュの慌てっぷりを見てうっすら口角をあげると、クレマンに続いて王宮の中へと入る。
案内されたのは王族のための客室。使用人たちはコートやケープ、持ってきた荷物を部屋に運んだ。
「今まできちんと紹介できておらず申し訳ございません。こちらが縫い子のブランシュです」
ダヴィドの突然の紹介に腰が引けたが、チャトゥラがブランシュの背中を押した。
「初めましてではないけれど、きちんと挨拶するのは初めてですね。第二王子のクレマン・セーランティプです」
「クレマン様。以前紹介した毛糸マントと、パーティーのドレスもブランシュが制作したものをお持ちいたしましたわ!」
「それは嬉しいね。ありがとう」
頬を赤くしてクレマンに話しかけるリゼットは、傍目には失礼に見えるかもしれない。
しかしクレマンはそんなリゼットを愛おしい目で見ていた。
ブランシュは2人を見てなぜか恥ずかしくなり、真っ赤な顔でうつむく。
「僕は先に他の王子や王女へ挨拶回りに行ってくるよ。リゼット、ブランシュを頼むよ」
「もちろんよ、お兄様。ブランシュに直接渡させるわ」
リゼットは綺麗な包みをブランシュに持たせ、クレマンに腕を絡ませて歩き始めた。
ダヴィドも笑顔でブランシュを見送る。
(私なんかが編んだ物を他国の方に渡すなんて……包装紙に手汗が……)
♢
場所が変わってもブランシュは変わらない。
何度も手汗をエプロンで拭いながら、リゼットとクレマンについて行く。
「コラリー、リゼット王女がいらしたよ」
クレマンはコラリーという10歳の妹に声をかけ、リゼットやブランシュを部屋に案内した。
「……ごきげんよう、リゼット王女」
いかにもふてぶてしい顔は、出会ったばかりの頃のリゼットにとても似ている。
コラリーはクレマンの実の兄妹であり、同じく王妃の子であった。
「コラリー王女、お久しぶりです。本日はプレゼントを持って来ましたの。このブランシュという縫い子はとても優秀なので、ぜひ受け取ってください」
ブランシュはリゼットに目配せを受け、毛糸マントの包みを頭を下げて差し出した。
(リゼット様に恥をかかせてしまったらどうしよう)
「コラリー、開けてごらん」
「……はい」
ブランシュは一歩下がり、メイドたちの中に隠れるようにして立った。
「初めて見る形だ……」
「素敵な物をもらったね。コラリー、これはフィルドールで毛糸マントと呼ばれる羽織りだよ」
「毛糸マント?」
ブランシュはダヴィドに渡された真っ白な毛糸と、ルビーのボタンで毛糸マントを仕上げた。
その美しさに、クレマンはすぐにコラリーに被せるほどである。
コラリーは誰とも目を合わせようとはしなかったが、逸らしたその瞳は輝いていた。
「とっても似合っているよ」
クレマンに肩を優しくたたかれると、コラリーはチラリとブランシュを見てからリゼットの顔をようやく見た。
「リゼット王女……ありがとうございます。あの、質問してもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
「その縫い子のエプロンの刺繍はなんですか?」
ブランシュのエプロンについた青い花を指差したコラリーは、もう1度ブランシュの顔を見る。
「フィルドールで技術力のある縫い子はエプロンに花の刺繍を入れているんです。ブランシュはその1人目なんですよ」
リゼットは自慢げに笑い、クレマンも目を細めて笑った。
♢
毛糸マントを渡し終えるとすぐに夕食の時間がやってきた。
テーブルにはダヴィドとリゼット。その向かい側にはクレマンとコラリー。
「裁縫技術の高い者を見てわかるというのは画期的なアイデアですね」
「我が国の縫い子には刺繍技術向上に努めてほしいと考えておりますから」
クレマンとダヴィドは、向かい合って政治的会話をしながら食事を楽しんでいる。
リゼットはクレマンと話せないことに不満そうだが、リゼットの目の前に座るコラリーも楽しくなさそうに魚をフォークでつついている。
ブランシュはそれを、ダヴィドから少し離れたヴァレットたちに混ざって見ていた。
どの使用人も自分の主人だけを見ており、囲まれているとはいえ自分を見ている人は誰もいない……と、ブランシュは思っていた。
実際は、向かい側に立っているセーランティプの使用人たちは、裁縫技術が高いと他国に連れていかれる縫い子に興味津々であったのだが。
ただ、王族の食事の場でヒソヒソと声を上げるような無教養な者がいなかっただけである。
「我が国でも導入したい制度ですね。明日リゼットが着るドレスもそちらの縫い子が作られたんですよね」
「そうなの!楽しみにしていてください!」
クレマンの前で子どものようなリゼットは、振り返ってブランシュの顔を見た。
ブランシュはリゼットと目が合い逸らすと、次にクレマンと目が合ってしまい反射的に頭を下げる。
(……おなかが痛い)
♢
「じゃあ行ってくる。皆、ブランシュを頼んだよ」
「「かしこまりました」」
夕食を終え部屋に戻って一段落かと思いきや、ダヴィドは素早く着替えてチャトゥラと数名のヴァレットを選んで部屋を出て行った。
他国を訪問した王子は忙しい。各方面の人々に挨拶をしなければならないのだ。
ブランシュは隅に隠れようとしたが、残されたヴァレットに捕まってしまった。
「ブランシュ、こっちで夜ご飯食べよう」
「え、あ、いや、わ、私は……その」
「ダヴィド様からいただいたサンドイッチだぞ?」
ダヴィドやチャトゥラのように手を引くことはできなくとも、すでにブランシュの弱い言葉をヴァレットたちはわかっていた。
もちろんブランシュが断れるはずもなく、ソファーの1番端にちょこんと座る。
「これがブランシュの分」
渡された分厚いサンドイッチにブランシュは手が震えたが、皆が食べ始めるのを見てこそこそと口に入れる。
(お肉みたいな味がする!)
初めて食べる分厚いベーコンに、ブランシュは目を輝かせた。
ヴァレットたちが微笑ましく思い、つい皆が一斉に見つめてしまった。ブランシュはハッとして顔を真っ赤にする。
するとデジレというヴァレットが、話を変えるように口を開いた。
「俺も来年にはチャトゥラ様と一緒に、ダヴィド様にお供できるかな?」
「デジレならそろそろ行けるんじゃない?」
今日この部屋に残ったヴァレットと、ダヴィド様について行ったヴァレットの違いは、忠誠心や技術だけではない。
他国にルーツを持っているかどうかである。
デジレの祖父はセーランティプの使用人だった。友好の証として、時々使用人を各国に送る文化があり、デジレ本人はフィルドール生まれフィルドール育ち。
ちなみにチャトゥラの曾祖父もセーランティプ生まれである。
「でもまあ、情報漏洩は怖いもんな」
「俺がダヴィド様でもまだ連れて行かないよ」
「他国にお供させてもらえるだけでも幸せだしね」
ブランシュはヴァレットたちの会話の意味は全くわからなかったが、情報漏洩という言葉に慌ててサンドイッチを膝に置き、目を瞑って耳をふさいだ。
「ブランシュ、気にせずサンドイッチを食べていいよ」
デジレに肩を叩かれたブランシュは飛び跳ね、サンドイッチを落としそうになった。
サンドイッチで顔を隠すように首をすくめたブランシュの謙虚さに、ヴァレットたちは裁縫技術だけじゃない性格まで認めていた。
「ブランシュはクレマン王子殿下とコラリー王女殿下にも気に入られたみたいだし、ほんと、すごいよな」
ブランシュは首を傾げた。
クレマンに気に入られた覚えはないし、コラリーにいたっては会話1つしていない。
「きっとブランシュは明日のパーティーでも人気者になるんだろうな」
ヴァレットたちはブランシュを褒めちぎったが、おかげでブランシュはサンドイッチの半分も食べることができず、ダヴィドが帰ってくるまで顔を真っ赤にし続けたのだった。




