88.クレマン王子の成人パーティー
セーランティプの王宮でも、チャトゥラの傍で寝かされたブランシュ。
誰よりも朝早く起き、ベッドの中で着替え、部屋の隅に座って皆が起きるのを待った。
「おはようございます」
「お、お、おはようございます……」
チャトゥラはベッドから出ると、ブランシュが正座していたことには触れずに挨拶だけしてダヴィドを起こす。
♢
朝食後、ブランシュはリゼットの着替えに同席した。夕方から行われるパーティーに向けて、王女は朝早くから準備する必要があるからだ。
「これはダヴィドお兄様がくれたのよ!」
ブランシュがドレスにほつれがないか1枚ずつ確認していると、リゼットは人差し指についた宝石をブランシュに見せつけた。
「クレマン様も掛け合ってくれたのよ!お母様が持っていたから羨ましかったんだけど、いただけたということは私も大人に近づいているって証拠よね!」
「リゼット様、動かないでください」
「わかってるわよ」
1人のメイドがリゼットと手を繋ぎ体を支え、残りのメイドが数人がかりで丁寧にドレスを着せていく。
ブランシュはレディースメイドたちからの圧を感じ、声を出すことができず、ただ静かに頷く係と化していた。
「このドレスだって絶対に綺麗だと言ってもらえるわ。ペルルドゥシュの時だっていろんな人に褒められたもの。ブランシュもそう思うでしょ?」
「も、もちろんです」
「リゼット様、お願いなので動かないでください」
「わかってる!」
他国に行ってもリゼットは自信に溢れており、決して怯むことはない。一方でブランシュはどんどん小さくなっていく。
「ブランシュ、ここもお願いします」
「か、かしこまりました」
レディースメイドがドレスの裾を指さすと、ブランシュは素早くまち針を留め、手汗を拭ってからほつれた部分に針を通した。
(リゼット様は美しいなぁ)
ブランシュは床に膝をついて裾をまつりながら、リゼットを見上げる。
オレンジとピンクのグラデーションが輝く指輪と、黄色から淡いピンクに茶色がアクセントのドレスで着飾ったリゼットは、大人の女性のようだった。
♢
「ブランシュはこっちです」
「ひっ!」
チャトゥラはリゼットの部屋から出てきたブランシュの袖を引っ張り、ダヴィドのヴァレットに混ぜて歩き始めた。
「リゼット王女はクレマン王子と入場されるので、ブランシュはダヴィド様の使用人としてついてきてください」
「か、か、かしこまりました」
(私もパーティーに出るの!?)
ドレスの制作者として連れて来られたということはわかっていたが、昨日クレマンに紹介されたブランシュは部屋で留守番するものだと思っていた。
「ブランシュ、さっそく挨拶回りに付き合ってもらうよ。チャトゥラ、ブランシュが隠れないようによろしく頼んだ」
「もちろんです」
ブランシュはダヴィドと目が合った瞬間に小さくなり、そのまま半歩下がりそうになったところでチャトゥラに阻止された。
「ブランシュ、行きますよ」
今度はチャトゥラと目が合い、ブランシュはできる限りヴァレットの中に隠れるよう努力しながら、息をひそめて会場に向かった。
♢
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。我が国第二王子クレマン・セーランティプ王子、及び婚約者様のリゼット・フィルドール王女のご入場です」
ダヴィドは婚約者の親族なので、会場の最前列に立っていた。つまり、ブランシュもである。
会場が静まり返るとドアがゆっくりと開く。
そしてクレマンとリゼットの姿が見えた瞬間に、会場は喝采に包まれた。
セーランティプでの成人年齢は20歳。
大人になったクレマンの衣装は落ち着いた淡い黄色とベージュが基調とされており、リゼットのドレスとよく似合っている。
それは、ペアになるよう合わせて作ったのではないかと思えるほどだった。
ダヴィドはクレマンへの祝福と同時に、14で他国に恥のない立派な王女となった妹を誇らしく思った。
「これより汝、我が息子である第二王子クレマンの成人に祝福を」
2人がステージの中央に立つと、セーランティプの王は低い声を会場に響かせる。
再び大きな拍手に包まれたリゼットはクレマンを誇らしげに見上げ、クレマンも愛おしい目でリゼットを見つめた。
そんな中ブランシュは大量の人に囲まれ、緊張で耳が聞こえないぐらいには動悸がしていた。
「ブランシュ、行きますよ」
気づけば人が波のように動き始め、ブランシュもチャトゥラについてホールの中央を囲むような場所に移動する。
「始まるよ」
ダヴィドはブランシュにささやくとタイミングよく音楽が鳴り、中央でクレマンとリゼットが踊る。
(リゼット様のドレスとセーランティプ王子殿下のジャケットがまるで1つの布になったみたい)
ついつい2人のダンスに見入ったブランシュは、揺れ動く衣装に夢中だった。
目を輝かせるブランシュに、ダヴィドはイヴァンが見たらどうなるか……なんて思えば口角も上がる。
1曲目が終わり拍手をすると、ダヴィドはリゼットの手を取り2曲目を踊った。
ブランシュは裾がふわりと広がるドレスと、空気を裂くように動くジャケットの動きに見入っていた。
つまり、気づいた時にはもう遅かった。
「ブランシュ、おいで」
踊り終えたダヴィドは、ブランシュとヴァレットを連れてステージへ向かった。
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます、国王陛下」
「ダヴィド王子!そちらがフィルドールで有名な縫い子ですか?」
セーランティプの国王はとても穏やかな人で、ブランシュが硬直する様子を見ても追求せずにダヴィドと会話を始めた。
周りには野次馬のように各国の主要人物が聞き耳を立てている。
(どうして誰も私のことを奴隷だって言わないんだろう)
ブランシュは皆奴隷だと知らないのかと思ったが、白髪の印象が強すぎて今の髪色のブランシュを奴隷上がりの少女として認識できていないだけである。
この会場の中で本当のブランシュのことを知っているのはクレマンのみ。
というのも、セーランティプの国王が最後にフィルドールを来国したのは、ブランシュが王宮に来る前の話。
クレマンはリゼットがブランシュを気に入っているので、王には優秀な縫い子がいるとしか伝えていなかったのだ。
ブランシュはたくさんの人に声を掛けられたが、1度もきちんとした返事できなかった。しかし誰も嫌な顔をしない。
本当にただ"1人の人"として扱われるので、ブランシュは恐怖と不安でいっぱいになった。
(上級使用人としてふるまうように言われたけど、本当に使用人として扱われるなんて……)
最大限震える足を隠すようになんとか立ち、顔は真っ赤のままだけれど背筋はピンと伸ばす。
これが精いっぱいだった。
こうしてたくさんの貴族や王族に紹介されたブランシュがヘトヘトになった頃、ようやくパーティーはお開きとなった。
ブランシュはダヴィドとチャトゥラの背中を追いかけるように会場を出ようとしたが、ある男性の言葉に足を止めた。
「珍しい髪色だね。まるでミルクたっぷりなコーヒーのようだ」
褒められているのか咎められているのかわからず、ブランシュは男性に頭を下げる。
真っ赤な顔の男性は酔っているようで、ブランシュにぐっと近づき、思わず隣にいたデジレが間に入るほど馴れ馴れしい態度だった。
「驚かせるつもりはなかったんだ。ただ、君はフィルドールの人間だろ?出身は北の領地か聞きたかったんだ。僕はフィルドールの東の領地に住んでいるのだが、友人が北に住んでいてね」
ブランシュの心臓が大きく跳ねた。北の領地は奴隷としてよく貸し出されていた場所である。
「君のようなミルクコーヒー色の女の子が犯罪者だったそうでね。そこの伯爵は没落したんだと。高貴な生まれの方に聞くには失礼を承知で、そんな親戚がいたりするかい?」
「おや、メシャン公爵もいらしていたのですね」
ようやくことに気づいたダヴィドは、ブランシュをチャトゥラの後ろに隠すように手を引っ張った。
「殿下、断りもなく貴方様の縫い子に声を掛けてしまい申し訳ございません」
「いえ。ただ少し急ぎの用があるため、申し訳ないのですがここで失礼いたします」
「そうでしたか。お嬢さんもすみませんね、こんなおじさんが突然話しかけてしまって」
真っ青な顔のブランシュは頭を下げると、ヴァレットに囲まれて会場を後にした。
「デジレ、あとで報告を」
「はい」
ダヴィドは"奴隷のブランシュ"の顔が頭を横切り、無意識にそっと腰に手を当て支えるようにして歩いた。
♢
一方イヴァンの元には、エヴィノールへ聞き込みに行ったヴァレットが一足先に帰ってきた。
ニヤリと笑ったイヴァンは満足げに報告書を受け取ると、じっくりと書類に目を通す。
「お前から報告しろ」




