85.同行決定
ブランシュは朝食後に、縫製室の入り口でレディースメイドから手紙を受け取った。
「ブランシュ、何て書いてあるの?」
「えっと……ア、アン様宛に」
ブランシュはこれが依頼書であることはわかった。それからリゼットの名前が書いてあることと、自分の名前とアンの名前があることもわかった。
しかし、具体的な内容はまではまだわからない。
「貸しなさい」
アンはブランシュから手紙を受け取り、読み終えると手紙を4つ折りにしてブランシュに渡す。
「第五王女殿下から部屋に来るよう書かれています。行ってきなさい」
「ア、アン様は……」
「私は許可を出すように言われただけです」
ブランシュはお辞儀をすると慌てて部屋を出たが、もう誰も驚かない。むしろ、今だに緊張しているブランシュを微笑ましく思っていた。
♢
ブランシュは早足でリゼットの部屋へ向かうと、手前の角でダヴィドと鉢合わせた。
「ご、ごきげんよう、ダ、ダヴィド様」
「ごきげんよう。リゼットの部屋に行くのかい?」
「はい……」
「じゃあ一緒に行こうか」
(ダヴィド様もご用事があるのに、私も行っていいのかな)
一生懸命挨拶をしたブランシュは首をすくめたが、ダヴィドは目を細めてさらりと隣を歩いた。
ブランシュが何度後ろに下がろうとしても、その後ろにいるチャトゥラと2人のヴァレットが許してくれない。
ブランシュは息があがるほど早足で移動すると、リゼットの部屋のドアをチャトゥラが開けた。
「リゼット、待たせたかい?」
「ダヴィドお兄様、待ったわ。でもブランシュを連れてきてくれたのね!」
「もちろん。僕もいつかきちんとクレマン王子に紹介したいと思っていたからね」
ブランシュは2人の会話に首を傾げたが、ダヴィドの一言で鳥肌が立つことになる。
「1週間後、東の国のセーランティプへ行く。ブランシュ、君も同行してほしいんだ」
「わ、わ、私ですか!?ど、どこに……」
瞬時に他所へ行くと言われたことはわかったが、ブランシュはセーランティプという国を知らない。
東の国と教わったのは、以前来訪されたタンゾワールである。
なぜ自分が一緒に行くのか、それがどこなのか。ブランシュは、自分が売られるのかもしれないと思った。
しかしダヴィドにはお見通しである。
「クレマン王子の成人パーティーがあるんだ。リゼットはそこに、ペルルドゥシュで着たドレスを持っていくと言っていてね。ぜひ制作者として紹介したいんだ。パーティーが終わればもちろん一緒に帰ってくる。どうかな?」
全部は頭に入ってこなかったブランシュだが、どうかと言われても王子の誘いを断れるはずもない。
「……お、仰せのままに」
リゼットはポンと手のひらを叩いて笑う。
「あとね、クレマン様には10歳の妹様がいらっしゃるの。それでね、私に作ってくれた毛糸マントを作って欲しいの。5日あれば作れるでしょ?」
ブランシュが仕事の時間をすべて毛糸マント作りに当てられるなら、5日間で完成させることは可能である。問題はそこではない。
「わ、私が作ってよいのですか?し、仕立て屋の方に、その、他国の王族の方に私の編み物を……」
今にも消えそうな声でうつむくブランシュに、リゼットは声を上げて笑った。
「今更でしょ?それにブランシュの作品は仕立て屋よりすごいんだから、自信持てばいいじゃない」
「リゼットもこう言ってることだし、僕からもお願いするよ。毛糸は今日中にチャトゥラに持って行かせるから」
じゃあよろしくと言った満足そうなダヴィドから逃げるように、ブランシュは急いで部屋を出た。
ダヴィドが「リゼットと夕食を共に過ごすけど、一緒にどうか」なんてからかうような冗談を言った結果、危うくリゼットが本気にするところだったからだ。
♢
「ジュ、ジュリエット、あのね」
「どうしたの?」
「明日から、し、仕事があって、夜は部屋に来てもらっても、その……」
「それなら気にしないで!ブランシュが無事ならそれでいいの。お仕事が終わったらまた遊びに行ってもいい?」
ブランシュは夕食を食べ終わる頃、勇気を出してジュリエットに打ち明けた。
ジュリエットは部屋に入れてもらえないことよりも、ブランシュが本当のことを自分から教えてくれたことが嬉しくて、たまらずブランシュを抱きしめた。
やはりブランシュの手は浮いたままだが、肩の力がほんの少しだけ抜けた。
こうして少し安堵したブランシュは、手提げを持ってイヴァンの部屋に向かう。
ところが、本日2度目の試練が訪れる。
「こんばんは。今日は冷えますね」
「こ、こ、こんばんは」
最近やたら1人のヴァレットに絡まれるようになったのだ。正確に言うとただ挨拶されるだけなのだが、ブランシュは自分に挨拶するヴァレットに恐怖を感じていた。
始めは遠くから会釈されるだけだったが、最近は天気や気温の話をされることも多い。
何度も何度も声を掛けられるので、恐怖から顔を覚えたが、どこのヴァレットかまではわからなかった。
逃げるようにしてイヴァンの部屋をノックすると、ダルクがドアを開けた。
そしていつも通り勉強机に向かったはずのブランシュは、イヴァンに肩を掴まれそのまま寝室の化粧台に連行される。
「俺は髪飾りをつけてこいと言ったはずだが?」
ビクリと肩を震わせたブランシュだが、イヴァンの言いつけをもちろん忘れるはずもない。
ブランシュは震える手で手提げから髪飾りを取り出しそっと化粧台に置くと、潤んだ瞳を隠すように立ち上がって頭を下げた。
「俺は持ってこいと言っていない。つけてこいと言ったんだ」
「あ、あの、も、申し訳ございません!その……つ、つけ方がわからなくて……」
毎晩遊びに来るジュリエットに聞こうと思ったが、喋り続けるジュリエットの会話を遮ることができなかった。ダルクとチャトゥラが来た夜も聞こうかと思ったが、言い出すことができなかった。
そもそも髪飾りを持っていること自体に罪悪感があるブランシュが、人前で練習することなどできるはずもない。
「それを早く言え。今日の勉強は髪飾りの付け方だ。ダルク」
イヴァンはため息をつくとブランシュをソファーに連れて行き、ダルクはブランシュの手提げと髪飾りを持って追いかけた。
「ひっ!」
「驚かしてしまいすみません」
ブランシュはダルクだと思って振り向いたのだが、そこには髪の長いヴァレットが立っていた。
イヴァンはブランシュの肩を優しく触って座られる。ブランシュが来る前に、ダルクから女性の扱いについて口酸っぱく注意を受けていたからだ。
「イヴァン様のヴァレットのヘクターと申します。よろしければ私の髪を使ってください」
「まずはヘクターの髪で練習しましょう。見えない部分がどうなってるか、よく観察するとわかりやすいかと思います。私の髪は短いので」
ダルクはヘクターを椅子に座らせると、ブランシュに髪飾りの留め方を教えた。
しかし、目の前には知らないヴァレット。男性の髪を触っている自分。男性陣の中央に閉じ込められた圧によって、ブランシュは眩暈がした。
それでも髪を結べるようになるために、1時間一生懸命練習した。そうしてなんとかまっすぐ髪飾りをつけることができるようになったが、まだまだ綺麗だとは言い難い。
ボビンレースを編めて、髪が結べないということが理解できなかったイヴァンだが、ダルクと目が合ったので飲みこんだ。
「じゃあ次は3日後だ。忘れるなよ」
「あ、あの、その日は……」
「なんだ」
「ダ、ダヴィド様のところに」
第三王子のイヴァンよりも、第一王子のダヴィドの権威の方が高い。
したがって、ブランシュはダヴィドの毛糸マント作りという命令に従わなければならない。
「ダヴィドがお前に何の用だ?」
ブランシュはイヴァンの質問にどこまで答えていいのかわからず、逃げるように半歩後ろに下がった。
「失礼いたします」
タイミングよく助けにやってきたのは、毛糸の入ったかごを持ってきたチャトゥラだった。
「イヴァン様、遮るような形で伺って申し訳ございません」
「かまわない。どうせダヴィドの言いつけだろ」
「はい。ブランシュ、こちらの毛糸でマントを作るようダヴィド様からお預かりいたしました。夜はほどほどにして眠るようにとのことです」
チャトゥラはきっとブランシュなら夜遅くまで編むだろうと思うと同時に、イヴァンからの感じる圧をどう流すべきか考えた。
「おい」
「イヴァン様、全てはダヴィド様にお聞きください」
「……わかった」
イヴァンはブランシュについて行くような形で部屋を出ると、途中でブランシュと別れ、チャトゥラとダルクの3人でダヴィドの部屋に向かった。
もちろんこれはダヴィドの想定内である。
「お前まさかブランシュをセーランティプに連れて行くとは言わないよな」
「その通りだ」
「俺は許可してないが?」
「ブランシュは君の使用人じゃないだろう?」
これまた想定通りの会話に、思わずダヴィドは笑ってしまった。
そして不貞腐れたイヴァンの面倒を見ることになるダルクに、両手を合わせて謝罪のポーズを取った。
案の定、この夜ダルクは何度ため息をついたかわからないぐらいには、八つ当たりされるのだった。




