84.雪だるま
最近のブランシュの夜は、ブローチ作りの時間となった。
ブランシュは引き出しからガラスのビーズやフェルトの入った木箱を取り出すと、机の上から転がり落ちないようにそっと机の上に出した。
ビーズとフェルトは、休みを休みとして過ごさないブランシュに、ジャネットとアンが買ってきてくれたものである。
正確に言うと、ジャネットが見繕ってきたものを売りつけたに近いのだが、ブランシュは感謝の気持ちとしてジャネットが引くほどの貨幣を渡そうとしてアンに止められた。
「ブランシュは第四王女様にもらったブローチつけないの?」
「あ、あのような高価な物使えないよ!」
「だよね、私も」
ブランシュが時々王族に捕まって消えるので、心配なジュリエットは夕食後、ブランシュの部屋に入り浸ることが増えた。
この日も、ブランシュがブローチを作っているところをベッドに座って見学している。
「茶色とオレンジばっかりだね。ブランシュの瞳みたい」
「あ、いや、その……」
ブランシュが耳を真っ赤にすると、ジュリエットは立ち上がって机に頬杖をついた。
「ブランシュの目はすごく綺麗だよ」
「そ、そうじゃなくて……これは、その、ジュリエットの髪の色なの……」
ブローチが完成したら、ブランシュは勉強用の手提げに付けようと思っていた。
最初はイヴァンをイメージした金と紫にしようかとも考えたが、紫は高貴な色なので使うことができない。そこで、ジュリエットをイメージした色を、ジャネットから買わせてもらったのである。
「私たちすっかり仲良しだね!」
「そ、そうだね!」
顔まで赤くなったブランシュは、差し出された手に自分の手をそっと合わせた。
「明日の朝も一緒にご飯食べようね!」
「うん」
(聞けなかったな……)
♢
ブランシュはジュリエットが頻繁に部屋に来るので、夜は勇気を出して炭をもらいに行くようになった。
しかし、体を拭くためのお湯をもらいに行くことはいまだにできず、井戸の水を汲んで洗っている。
そんなブランシュの楽しみは、毎朝顔を洗うための水を汲みに行く途中にある、中庭の木陰に雪だるまを作ることである。
寒い冬にわざわざ木陰を通る人など誰もいないので、雪だるまは壊されることなく毎日1つずつ増えていった。
(あれ?)
気がつけばいっぱいになった雪だるま。この日の朝は、いつもよりたくさんいるように見えた。
ブランシュは不思議に思いながらも、丁寧に雪だるまを1つ作る。
ところが、何日経ってもブランシュは1日に1つしか作っていないのに、それ以上の早さで雪だるまが増えていく。
あっという間に木陰が雪だるまでいっぱいになったので、岩の隣に雪だるまを作った。
この謎が解けたのは、就寝前。
寝る前に水を飲みに行く途中、木陰の横の岩の裏を覗いたブランシュは、先ほど別れたばかりの栗毛の女の子に驚いた。
「ジュ、ジュリエット?」
「ブランシュ!」
なんと、雪だるまを増やしていたのはジュリエットだった。
偶然見つけた雪だるまを可愛いと思ったジュリエットは、自分も作ってみたくなり増やしていたのだ。
ジュリエットもまさかブランシュが作っているとは思っていなかったのだが。
「ブランシュそれ何持ってるの?」
「マ、マフラー。その、編んでみたの」
「雪だるまの?かわいいね!」
ブランシュの手には、小さなマフラーが2つ。余った毛糸で作った物だ。
ブランシュとジュリエットは小さな雪だるまにマフラーを結んだ。
「なんかこれイヴァン様みたいじゃない?」
「そ、そうかな」
ジュリエットが雪だるまにイヴァンを感じたのは、実際にイヴァンのマフラーを作った余りで作った物だからだろう。
「隣にいるのはブランシュだね!」
「ど、どうして!?ダ、ダヴィド様だと思って……」
ブランシュが真っ赤な顔で否定すると、ジュリエットは笑ってからかうように指でブランシュの頬をつついた。
♢
ブランシュはジュリエットと別れ、暗い中庭の井戸で水を汲んで部屋に向かった。
しかし、もうすぐ自分の部屋というところで、後ろから足音が自分についてきていることに気がついた。
気づいたところでどうしようもないので、そのまま自分の部屋まで歩くしかない。
「ブランシュ、お出かけですか?」
後ろから声を掛けられ驚いたブランシュは、2人の男性を見て飛び跳ねた。
「ダ……チャ、チャトゥラ様、ダルク様、ご、ごきげんよう」
ついダルクの名前を先に呼びかけたブランシュだが、一瞬考えたのち王位継承権順にヴァレットの名前を口にした。
「ごきげんよう。私たちはちょうどブランシュに用があったのですよ」
「お部屋までご一緒してもよろしいでしょうか?」
もちろん2人の用事とは、イヴァンとダヴィドの命令である。
現在イヴァンとダヴィドは、王と王妃、そしてリゼットと共に過ごしている。
家族水入らずの時間を過ごすという名目によって、部屋に入ることができる使用人は王と王妃の直属のみ。
今までは雑務をこなす時間にしていたが、今日は炭と湯を持ってブランシュの元へ行くよう言われた2人。
おかげで、ブランシュはヴァレット長2人に挟まれて歩かなければいけなくなった。
「ブランシュ、手が赤いですよ。冷たい水で顔を洗ったのですか?」
「い、いえ、あの……」
「ちょうどお湯を届けに行くところだったのですが、一足遅かったですかね」
ダルクとチャトゥラは、ブランシュの鼻や耳が赤いことに気がつき、残念そうに2人で顔を見合わせた。
一方でブランシュは気を遣わせてしまったことに焦り、ダルクとチャトゥラをちらちらと交互に見ると、声をうわずらせながら答えた。
「ゆ、ゆ、雪だるまを……作っていたんです」
予想外の答えに、ダルクもチャトゥラも目を細めて笑う。
「「失礼いたします」」
ブランシュは部屋に入ると、どうしたらいいのかわからず壁に背中をつけた。
チャトゥラは持ってきた炭を火鉢に入れ、ダルクはブランシュを椅子に座らせるとお湯にタオルを入れて髪を拭く。
「ブランシュ、少し髪が伸びたので切ってもよろしいでしょうか?」
「は、はい。あの……お金を」
「受け取りませんよ」
何度髪を切ってもらっても慣れないブランシュは、毎回巾着を取り出してはダルクに断られている。
チャトゥラは小さく笑いながら2人を見ていた。
「そういえば髪飾りはイヴァン様の前でつけました?」
「つけましたよね」
ブランシュが小さく頷くと、チャトゥラは満足そうに笑ってブランシュの髪をブラシで梳いた。
「あ、あの……」
「どうかされましたか?」
「……な、なんでもないです。す、すみません」
ダルクとチャトゥラ首を傾げながらも、ブランシュに気を遣わせないように素早く部屋を出た。
「おやすみなさい、ブランシュ」
「きちんと鍵をかけてくださいね」
「あ、ありがとうございました。お、おやすみなさい」
階段を降りていく2人が見えなくなるまで頭を下げ続けたブランシュは、鍵を閉めるとため息をついた。
(どうしよう……聞けなかったな……)
♢
「ブランシュは相変わらずですね」
「そうですね。ここ最近は少し変わったような気もしますが」
ダルクとチャトゥラはブランシュの部屋からの帰り道、主人用のコーヒー豆や紅茶を取りに中庭横の廊下を歩く。
「あれは……使用人に冬でも注意するよう声掛けしなきゃですね」
チャトゥラは雪の上に落ちているゴミに気がつき、そっと近づいた。
ところが、それが何かわかった瞬間に思わず声を出して2人は笑った。
「犯人に心当たりがあります」
「私もです」
大量の雪だるまを見たダルクとチャトゥラは、先ほど手と鼻を赤くしていた白髪の少女が頭によぎった。
「私たちからもこの雪だるまに何かプレゼントするのはどうでしょうか」
「それならこれが最適ですね」
ダルクとチャトゥラはマフラーを巻いた2人の雪だるまに、2つずつコーヒー豆のボタンをつけてあげた。
翌朝ブランシュとジュリエットは驚いたが、手をつないでしまうぐらいには喜んだのだった。
第15章完結
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