78.ブランシュの宝物
何度休みが来ても休みに慣れないブランシュは、イヴァンとダヴィドの目を掻い潜っては働いていた。
結果、本来の半分ほどしか休みを取らなかったブランシュに、強制的な休みがやってきた。
「ブランシュの部屋も賑やかになって来たねえ」
おまけで休みをもらったジュリエットは、ブランシュの部屋のベッドに座ってくつろぎながら壁を指さした。
緑色のワンピース、茶色い鞄、それから勉強道具が入った緑色の手提げが、この部屋を彩っている。
「今日もお揃いで髪を結んでもいい?」
「うん」
耳を赤くしたブランシュは、引き出しからダヴィドにもらったクッキー缶を取り出す。
「かわいいね!これどうしたの?」
「え、あ、その……」
「イヴァン様?」
「……ダ、ダヴィド様に」
それはブランシュの宝箱だった。
ジュリエットとお揃いの髪飾り。
布に包んであるのは、イヴァンにもらったガラスのペン。
ベラにもらったブローチは、包みの缶ごと入れている。
「ブランシュの宝箱だね!」
ジュリエットの言葉を聞いてブランシュの頭に真っ先に浮かんだ宝物は、イヴァンにもらった裁縫箱と、ダヴィドにもらったピンクッション。
裁縫箱もきちんと引き出しの中にしまってある。
「この中には何が入ってるの?」
「えっと……」
「秘密のやつ?」
ニコニコと笑うジュリエットに、ブランシュは2人しかいない部屋で耳打ちをする。
「だ、誰にも言わないで欲しいんだけど……」
ブランシュがベラにもらった缶をそっと開けると、ジュリエットは大きな声が出そうになって、慌てて口を押さえた。
「すっごく綺麗!もしかして第四王女様から?」
「どうしてわかったの!?」
「私もオレンジ色のブローチをもらったの」
ジュリエットは、ブランシュに見せよう思ってポケットに入れて来たブローチを取り出す。
丸いブローチは、親指の爪サイズのオレンジ色の宝石に、黄色いガラスの装飾がついていた。ブランシュの宝石とは比べ物にならないほど質は低いが、それでも下級使用人が持つには十分な高級品である。
「お揃いだったんだね」
ジュリエットにブランシュを頼むための対価として、ベラはジュリエットにもお土産を買ってきた。
しかし栗毛の下級メイドはたくさんいるため、探すのにかなり時間がかかり、昨日もらったばかりだ。
ジュリエットはブローチをポケットにしまうと、ブランシュから髪飾りを受け取り、編み込んでハーフアップに結ぶ。
「ありがとう。あ、あの……ジュリエット」
「なあに?」
「絵本……見る?」
「見る!」
ブランシュは手提げから2冊の絵本を取り出した。
赤ずきんは人前でも読めるほどすらすらになり、ヘンゼルとグレーテルもイヴァンにとにかく音読させられてるので、ジュリエットの前だったのもありなんとか読むことができた。
ジュリエットはどちらの絵本も、ハラハラドキドキしながら真剣に聞いていた。
絵本の読み聞かせは1年に数回来る紙芝居でしか聞いたことがなかったため、それはそれは喜んだ。
ブランシュが絵本を読み終え片付けている間、ジュリエット笑いながらブランシュのベッドに転がった。
「友達が絵本を読んでくれるなんて、最高な休日だよ。ブランシュありがとう!」
「わ、私も、その……ありがとう」
ジュリエットはブランシュの笑顔と絵本で胸がいっぱいになると、そのままベッドでうとうとし、たった数分で眠ってしまった。
(ジュリエット、可愛いなあ)
友達という存在を名前でしか知らなかった自分に、本物の友達ができるなんて考えたこともなかったブランシュは、不思議な気持ちでふわふわした。
ブランシュはジュリエットを見つめながら、無意識に首元をさする。この国の奴隷は黒い首輪をすることが一般常識なので、ブランシュの首にも掠れた薄い傷がほんのりと残っている。
(私が奴隷でも、奴隷じゃなくても、ジュリエットはどうしてずっと一緒にいてくれるんだろう……)
ブランシュはハイタッチした時と同じような気持ちになり、大切にしているガラスのペンを取り出した。
それから日記を開き、『ジュリエットとおかしのいえ』と書くと、ジュリエットの寝顔とお菓子の家を描いた。
気づけばブランシュも机に頬杖をついてうとうとしていた。
♢
「おい、開けろ」
ノックと低い声が部屋に響くと、椅子に座り舟をこいでいたブランシュは飛び上がった。
急いでジュリエットがベッドでまだ寝ていることを確認すると、ほんの少しだけドアを開ける。
「ご、ごきげんよう。イ、イヴァン様」
「なぜそんなに声が小さい」
「あっ……!」
イヴァンはいつも通り、振り返ることなくブランシュの部屋に入る。
「お前が物で喜ばないから違う形で用意してやった」
「イ、イ、イヴァン様……」
「なんだ?」
ベッドに座ろうとしたイヴァンはブランシュの声に足を止めると、目の前の女の子にぎょっとして半歩下がった。
「こいつはいつもお前と食事を取っているメイドだな?仕方ない、今すぐ起こせ」
ブランシュは急いでジュリエットの前に膝をつくと、そっと腕を握って小さく揺さぶる。
「ジュ、ジュリエット……ジュリエット!」
「ん、なあに?あ、イヴァン様、おはようございます!」
「元気が良いな。よし、お前も来い」
「ありがとうございます!」
イヴァンはジュリエットにアイコンタクトして部屋を出ると、ジュリエットは何も疑わずにブランシュの手を引いて歩き始めた。
「なんだろう。おやつかな?」
「そ、そうじゃないと思うけど……」
「お昼前だもんね」
ブランシュは鍵を閉めながら、ジュリエットが寝ていたことで罰せられなかったことに安堵した。
だが、行き先に心当たりはない。不安な顔でちょこちょこと歩いた。
♢
「ブランシュ!見て見て!」
「シルクってこうやって染めるんだね」
「ジュリエットは偉いね、ちゃんとブランシュを連れてくるなんて」
「ブランシュの髪を結んだのもジュリエット?」
空組の縫い子たちは、ジュリエットと笑い合いながらブランシュの手を引いて歩いている。
イヴァンが用意した新たな褒美は、織り子の見学だった。
「ブランシュありがとう」
「おかげで私たちも見せてもらえるなんて、すっごく嬉しい!」
「あ、えっと、その、イ、イヴァン様のおかげで……」
イヴァンはブランシュの言葉に少しだけ上がった口角を隠すように、先頭をズカズカと進んでいく。
刺繍染めの部屋を通り抜け、たどり着いた場所はホールよりも大きな部屋。
「うわぁ」
数えきれないほどの大きな手織り機が、ブランシュを感動させた。
イヴァンはブランシュの目の光を見て、満足げに大きな息を吐く。
一方、織り子は騒がしくなった部屋に第三王子と噂の元奴隷の白髪少女が立っていたため、全員が二度見した。
イヴァンはもちろん、ブランシュを知らない人はもう王宮内にはいない。
しかし、皆の視線を一斉に受けたブランシュは、この状況に緊張しなかった。空組の縫い子たちが織り子の反応を見て、すぐに壁になるよう囲んだからだ。
おかげでブランシュは一定の感覚で刻まれるリズム、手足の動き、薄く繊細な布とその模様に見入っている。
イヴァンの後ろで空組の縫い子たちは織り子に満足すると、ブランシュとジュリエットを昼食に連れて行った。
昼食後、イヴァンは平等に他2つの組の希望者も見学に連れて行ったが、参加者は10人ほど。特に月組ほどの身分にある者は、いまさら織り子ごときで騒ぎはしない。
「イヴァン、こういう時は一声かけて欲しいんだけど、どうしてこんなことになっているのかな?」
イヴァンが腕を組んで織り子の傍に立っていると、後ろから現れたダヴィドがイヴァンの肩を叩いた。
2人の王子に縫い子も織り子の女性も黄色い声を上げた。
「いきなりぞろぞろ人を連れて来たら、ここにいる人は驚くだろう?せめて事前告知をしないと」
「……見られて困るようなことをしていなければいいだろ」
午前中に居合わせた仕立て屋や使用人たちが、驚いて騒いでいる声がダヴィドのヴァレットの耳に入り慌てて飛んできた。
ダヴィドとその後を追いかけてきたダルクは、2人して頭を抱えるしかなかった。
第14章完結




