75.エヴィノールのお土産
「ブランシュ、今日は休みでしょ?」
「ど、どうして知ってるの?」
ジュリエットは苦手なひよこ豆をブランシュのお皿に移すと、ふふっと笑う。
「ダルクさんが教えてくれたの。仕事に行かないで部屋で過ごすように伝えてって」
ジュリエットがポケットからこっそりブランシュに見せたのは、包みに入った1粒のチョコレート。
ジュリエットはこれによって、ダルクのお願いに即答したのだ。
「ちゃんと休んでね!」
「わ、わかった!」
ジュリエットがたくさん手を振ってくれたので、ブランシュは何度もちょこちょこと振り返りながら部屋へ戻った。
♢
ブランシュは朝食から戻ると、仮縫いしたブランケットを持ってルイーズの部屋を訪れた。
しかし、来客対応をしているとレディースメイドに言われたので、ブランケットを置いて再び自分の部屋に戻ってきた。
ブランシュは引き出しから裁縫箱と布や糸の入ったかごを取り出し、白いレース糸を毛糸ホルダーにセットする。それから、レースを筒状に編み始めた。
ブランシュが使っているシュシュは、昔から自分で何度も編んできた物である。
本来なら汚れが目立つ白は、奴隷が身につけるものではない。そもそも、奴隷なら黒を身につけるべきである。
奴隷であることに従順なブランシュが白を身につけているのは、伯爵と祖母の意向だ。
白い髪に黒いシュシュは、とにかく目立つ。奴隷という存在は目立ってはいけないので、栗毛の奴隷が茶色のヘアゴムを身につけるように、ブランシュも白いヘアゴムを身につけるべきだと伯爵は考えた。
とはいえ、奴隷が頻繫にレースをもらうことができるはずもなく、薄汚れたシュシュを使っていたのは仕方ない。
縫い子になってからも汚れたシュシュを使っていた時期があるが、イヴァンに注意されたので定期的に新しいものを作っている。
(そういえば、どうして贅沢なシュシュを編むように言われてたんだろう、ヘアゴムで十分なのに)
ブランシュは手を止めることなくレースを淡々と編んでいたが、その手と疑問は3回響いたノックで中止となった。
「ブランシュ、いるかしら?」
♢
ブランシュは驚いて机に膝をぶつけたが、さすることなく急いでドアを開けた。
そこに立っていたのは第四王女のベラと、ブランシュも知っている2人のレディースメイド。
「いたのね!よかった。入ってもいいかしら?」
「も、も、もちろんです」
ブランシュはベラがエヴィノールから帰国したことを知らなかったので、とても驚いた。
ベラは固まったブランシュの手を引き、一緒にベッドへ座らせた。
ブランシュはベラと手が離れると、一瞬であふれ出した手汗をエプロンで拭う。
「ブランシュにお土産を渡しに来たの」
そう言ってベラがブランシュに渡したのは、誰がどう見ても高価だとわかる小さな缶。ずっとしりとした重みにブランシュの手は震えた。
「だ、第四王女殿下!こ、こんなに高価なものを、わ、私には……」
「まだ見てもないのに。お土産はこの中身なのよ?」
ブランシュは眩暈がした。この缶ですらいくらするなのかわからないのに、その中に何が入っているかなど予想するのも怖い。
「ほら、開けてみて」
震える手で何とか缶を開けたブランシュは、慌てて缶の蓋を閉めた。
「あの、こ、これは、ど、どういった、その……」
「私、お土産を買ってくるって言ったでしょ?ほら、ちゃんと見て」
ブランシュは心臓がバクバクなる中、そっともう1度缶を開けた。
中に入っていたのは、ブローチだった。
8枚の花びらを模したオレンジ色の宝石。中央にはブランシュでも知っているダイヤモンド。
花びらを囲むのは、クローバーのような形の葉っぱのライン上に飾られたガラスの装飾。
とにかく宝石を詰め込んだ、息をのむようなブローチである。
今にも倒れそうなブランシュだったが、ベラは気にしない。
「どう?気に入らなかったかしら」
「い、いえ、あの、そういう問題じゃ……」
「気に入ってくれたのね?」
「……は、はい」
ベラは、ブランシュがブローチの入った缶を握りしめているのを見て微笑んだ。
「じゃあ対価として私に質問させてくれる?」
「た、対価……ですか?」
「そうよ」
「もちろん、し、質問を、その」
「ありがとう。ねえ、やっぱりブランシュにエヴィノールの血が入っているんじゃない?」
ベラにとって、白髪とはブランシュのことである。
絵画で見た王とブランシュは、他に白髪の人がいないのなら、エヴィノールの国の血が流れてると信じ切っていた。
だが、ブランシュはどう答えていいのかわからず、事実を伝えるしかなかった。
「う、生まれも育ちも西側の領地で。き、北側との境目で……両親はいませんが、そ、祖母は白髪ではないですし……も、申し訳ございません」
ここまで言われても、ベラは折れなかった。
「じゃあもしエヴィノールの国の血が入っていたら?」
「エ、エヴィノール?というところの、ど、奴隷なんだと思います。もし、か、帰るように言われた帰るしか……」
「それはダメよ!ここにいてちょうだい!」
ブランシュは白髪の迫害を知らない。ベラは慌てて立ち上がると、ブランシュも不安になりオドオドと体を揺らした。
2人とって救いだったのは、ノック音がしたこと。
ブランシュがドアを開けると、そこに立っていたのはダヴィドだった。
「入ってもいいかい?」
「あ、え、その……」
「ブランシュ、私は構わないわ」
ダヴィドは失礼と言いながら部屋に入ると、後ろからチャトゥラも入ってきた。
同時にレディースメイドの2人は顔を赤らめる。
「一足お先に帰ってきたと耳にしまして、ここにいるんじゃないかと思ったんですよ」
「第一王子殿下にはなんでもお見通しですね」
「ベラ王女、よかったら椅子に掛けてください。ブランシュもベッドに座って」
ベラは肩の力が抜けると椅子に腰掛け、ブランシュも静かにベッドに座り、ダヴィドもベッドに座った。
「ブランシュ、良い物を持っているね。オレンジサファイアですか?ベラ王女」
「御名答です」
「ブランシュの瞳にそっくりだ」
オレンジサファイアの明るいオレンジは、日の光の下のブランシュの瞳に。深い部分は赤茶色のように濃く輝に、集中している時のブランシュの瞳に似ている。
ベラもダヴィドと同じ考えで、ブローチを見繕ったのだ。
「第一王子殿下。第三王子殿下にお渡ししたものは、もう見ましたか?ブランシュなら使いこなせると思うのですが」
「ええ、見ましたよ。昼食後に皆で使ってみるとしましょう」
1人だけ話の見えないブランシュは、ブローチを握ったままたじろぐだけだった。
♢
ブランシュが午後一番に呼び出されたのは、ベラのための縫製室。
イヴァンはもちろん、ベラとダヴィドが立っていたが、なぜかアンも呼び出されていた。
「アン、あなたの裁縫技術は素晴らしいわ。そこで2人にお土産を買ってきたの。正確にはもらったのだけどね」
ベラは机の上の大きな丸いキャンパスのとクッションを掛けあわせたような物と、持ち手のないような大量の待ち針の前に2人を座らせる。
「これはレースを編む道具なの」
「レース、ですか?」
アンはかぎ針なくして編めと無理難題を押し付けられて、罰せらるかもしれないと思うほど意味がわからなかった。
一方ブランシュは、新しい裁縫道具に目を輝かせている。
「これはボビンレースというそうよ。私にはまったく意味がわからなかったけど、編み方はちゃんと紙に書いてもらったわ」
理解できるなら編んでみろと言わんばかりにもらった型紙と説明書き。
これは、マーメイドドレスの型紙と等価交換してもらったものである。
ブランシュにはまだ難しいので、アンが説明を読むことになった。
「まずボビンに糸を数回巻いて固定してから、さらに巻き取り固定する……」
アンとブランシュは、説明書き通りに巻いてみる。
「ボビンは8つ用意する。8つ!?そして編み図の通りピンを刺すように糸を絡め、左に2つ、右に1つ……?」
編み図の読み書きができるアンでも、書いてあることの意味がわからなかった。
しかしブランシュは、最初の準備までをたどたどしくも完成させる。
「あら、ブランシュ。ここはどうやってひっかけたの?」
「こ、こ、このボビンを1周して……」
「そういうことね。じゃあこっちも同じね」
2人は1つ1つカランコロンとゆっくり音が響かせながら、話し合って進めた。
「おいお前、なぜできる?」
イヴァンの疑問はもっともだ。イヴァンはブランシュが、物覚えの良い方ではないことを知っている。
「ミ、ミサンガに似ているから、で、でしょうか……」
「ミサンガ?」
「そんなのどうでもいいじゃないか」
「さすがブランシュと、この国の縫い子長だわ!」
感心するダヴィドと、はしゃぐベラ。イヴァンは不満を垂れ流しがらも、その顔は自慢げだった。




