74.破かれたブランケット
ブランシュは、ルイーズに呼び出された部屋で悲惨な状態の布を見て言葉を失った。
ダヴィドの妻である第一王子妃のルイーズも、青い顔でその布を握りしめている。
「思い出が詰まっていたのに……ジェラールが無事だったことだけが救いだけど……」
ダヴィドの息子であるジェラールのために、ブランシュがパッチワークで作ったブランケット。
それは無残にも、ビリビリに破かれていた。
「犯人も捕まっていないし、狙われたのが私なのかジェラールなのかもわからないし……」
ルイーズはジェラールを右手で抱きながら、左手で頭を抱えた。
「犯人はもちろん絶対に捕まえて償わせるけど、破れたこのブランケットはもう直らないわ。思い出の端切れはもうほとんど残っていないもの」
「だ、第一王子妃殿下 ブ、ブランケットを触ってもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ」
レディースメイドからブランケットを受け取ると、ブランシュは布地を擦ってみたり、裏地や裂け目をよく観察した。
(いくつかのマスだけがここまでビリビリに……それに、裏地だけ無事な理由はなんだろう)
「どう?直せないでしょう?」
「……あの」
「何かしら?」
直径約10cmのマス目の布地が、ところどころびりびりに破かれている。
修復自体できないことはないが、つぎはぎだらけになってしまい、完全に元に戻すことはできない。
そこで、ブランシュは1つ考えが浮かんだ。
「ぶ、無事な布の糸を解き、この、う、裏地で新しいブランケットの縁取りをするのはどうでしょうか」
「それだと小さくなってしまわないかしら」
無事な布のマスだけ、丁寧に縫い目をほどき、端切れに戻す。裏地も綺麗にほどけば、縁を綺麗に飾る布に使える。
ルイーズが心配しているのは、足りなくなった布を補充できないこと。
大きくなったジェラールに、さらに小さくなったブランケットは似合わない。
「その、も、もしよろしければ、ご子息の着られなくなった服も入れましょうか?」
ブランシュはダヴィドの惚気によって、赤子は成長するのがとても早く、すぐに新しい服が必要になると聞いていた。
ルイーズの性格を考えると、古い服をなかなか捨てられないのではないかと考えた。そしてその考えは正しかった。
「いっぱいあるわ!今から選んでもらえる?」
ルイーズは勢いよく立ち上がり、ジェラールを高くかかげるようにしてくるりと回る。
「こだわっていろいろ作ってもらったけど、服を着られるのは一瞬なのよ」
(こ、こんなにあるの!?子どもより赤子の方がこんなにも成長が早いんだ……)
まだ4ヶ月のジェラールのクローゼットを見て、ブランシュは目を丸くした。
♢
その晩、ブランシュは大きなノック音に飛び跳ねた。
倒れた椅子を急いで直しそっとドアを開けると、無言で部屋に入ってきたのはイヴァンである。
「お前は一体いつになったら休むんだ」
イヴァンはベッドに腰掛けるなり、呆れてため息をついた。
「も、申し訳ございません……」
ブランシュはうつむいた。
しかしすぐに手汗が溢れ、慌てて机の上の布を寄せ集める。
「ダヴィドがいないんだから、俺がそれを聞いていないはずないだろ」
ブランシュは就寝時間になっても、ジェラールのためのブランケットを作っていた。
もしかしたら、破かれたブランケットに何か仕込まれてるかもしれない。
新しいブランケットを作ることを見越して、ジェラールの古い服に何か仕込まれているかもしれない。
そう考えながら、ブランシュは1枚1枚自分の肌で確認し、布を繋ぎ合わせていたところにイヴァンはがやってきたのである。
「まあ、口が堅いのはいいことだ。気にせず続けろ」
「は、はい」
ブランシュは椅子に座ると布を綺麗に並べ直し、イヴァンをチラチラ見ながら針に糸を通す。
「ブランシュ、お前……怪我はどうだ?」
「す、すでに、あの、ご報告した通り……その……」
イヴァンの質問の意味がわからなかったブランシュは、針をピンクッションに刺すとおどおどしながら立ち上がった。
「深い意味はない。怪我はないに越したことはないだろう」
イヴァンがブランシュの部屋に来たのは、ルイーズに何かされていないかと確認をするためだった。
イヴァンにとって、ダヴィドが同席中のルイーズは凛とした優しい女性だが、女が恐ろしいということはよく知っている。
所詮は第一王子妃。気の強い女性でないと務まらないだろう。
実際、ルイーズはとても気が強い。
その象徴として、結婚指輪の他に宝石のついた指輪を3つ付けている。
「第一王子妃なら、それぐらいつけておいて欲しいところでもあるがな」
「……こ、こちらの布ですか?」
ブランシュは「それ」がどれかわからず、2つの布を手にイヴァンを見る。
イヴァンは声を出して笑った。
「いいか?お前は明日休みになった」
「あ、え、あの……お、お裁縫はしてもよろしいしょうか?」
繋ぎ合わせている途中のブランケットを、ブランシュが困った顔で見つめると、イヴァンは立ち上がりブランシュの肩を掴んで座らせた。
「ということは、王都に行かないんだな?」
「……え、えっと?」
「ブランケットの修理は許可する。だが、必ずこの部屋で過ごすように」
「か、かしこまりました」
ブランシュは全く意味がわからなかったが、静かに頭を下げてイヴァンを見送った。
♢
第一王子妃は寝ついたジェラールをレディースメイドに預け、ベラを自分の部屋に招待した。
不在の夫に代わり、エヴィノールについてさぐりを入れるためである。
「帰国して忙しいところ、私までお呼びしてごめんなさいね」
「いえ、私も第一王子妃殿下とお茶をしたいと思っていたところです」
ダヴィドが王宮にいないため、ベラはイヴァンとルイーズに報告をするべきだと考えていたが、第一王子妃を自分から招待するのは難しい。
「就寝前のフロランタンでも食べながら、ゆっくりお話ししましょう」
「ありがとうございます。そういえばエヴィノールでもフロランタンをいただいたのですが、同じ名前なのに向こうの方が固くてねっとりしていましたわ」
「やっぱり国によって違うものね。私の国にはフロランタンなんてなかったもの」
実は、ベラは食べることが大好きだ。大好きなのに、太れないのである。
ペルルドゥシュの時期に行ったということもあり、ベラはエヴィノールの様々な料理を口にした。
「すでにお聞きになっているかもしれませんが、ブランシュのような見た目の人は迫害されていました。私はがっかりしてしまいましたわ」
「あら、あんなに素敵な容姿なのに?タンゾワールでも灰色の髪は忌み嫌われているけれど、迫害まではいかないわ」
この国、フィルドールでも容姿によって迫害までされることはない。
迫害されるのは奴隷という身分の者だけである。
「ベラ王女、あなたとは気が合いそうだわ。ブランシュのことを理解している人は素敵な人に違いないもの」
「大変光栄なお言葉、ありがとうございます。」
「私のことはルイーズと呼んでちょうだい」
「良いのですか?」
そこから先、2人はブランシュがどれだけ素晴らしいのかを語り合った。
ルイーズはエヴィノールの話を聞くのも忘れ、パッチワークの素晴らしさについて説明してしまうほど、それはそれは盛り上がった。
「お裁縫と言えば、エヴィノールの裁縫技術はとても素晴らしかったですよ。まるでブランシュがたくさんいるような感じでした」
「やっぱりブランシュはエヴィノールにルーツがあるのかしら」
「私もそう思ったのですが、ブランシュがエヴィノールで育ったとすれば、もっと裁縫技術は高いかとも思うんです」
ベラはハンカチをレディースメイドから受け取ると、それを広げてルイーズに渡した。
「素晴らしいハンカチだわ!刺繍技術はブランシュとあまり変わらないと言えるけど、このレースはこの国にない技術に見えるわね」
「特別な編み方があるようなんです。もしかしたら近々見ることができるかもしれませんよ」
ベラはニッコリとほほ笑む。
ダヴィドのいないタイミングで起きた、ブランケットの事件。
ルイーズはとても神経質になったが、ベラとの時間はとても楽しかったからか、ぐっすりと眠ることができた。




