73. 第四王女の帰国
イヴァンは満面の笑みで手を差し出す。
「婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます、第三王子殿下」
ベラは微笑み返し、イヴァンと握手をした。
第六王子のタンナーが母親と会食をしている頃、エヴィノールから帰国した第四王女のベラは、イヴァンのもとを訪れていた。
「エヴィノールのペルルドゥシュのパーティーでは、婚約者の方と踊れましたか?」
「ええ。緊張しましたが、それをきっかけに無事婚約することが決まりましたの」
本来であれば、真っ先に報告するべき相手は第一王子のダヴィドである。
しかしダヴィド不在の今、ベラは自分の部屋でイヴァンとお茶という名の報告会を開くことにした。
「ジュール王子はさぞ喜ばれたのではないですか?」
「お兄様は泣いていましたわ」
ベラは小さく笑いながら、紅茶をすする。
イヴァンもまた1回り強くなったベラを見て、心の内でニヤついた。
「婚約者の方のお名前は、アルド王子でしたよね。どんな方でしたか?」
イヴァンは事前報告で知っていることを、ベラに質問した。
ベラという第四王女が、エヴィノールでどのようにふるまったのか探るためだ。
「はい。アルド様はとても優しく、顔も整っているので、女性からの視線が大変熱い方でした」
ベラは結婚後、人間関係に揉まれるだろうと思うと気が重かった。とはいえ、今まで引きこもっていたことを考えれば、それも試練だと受け入れるぐらいに成長していた。
「アルド様は私の知らないことをたくさん教えてくださいました。まず食事ですね」
「と、言いますと?」
「塩の効いたものが多かったです。あとは、麦を発酵させたお酒を飲みました。美味しかったですよ」
お酒といえば、ブドウを発酵させたワインが一般的であるが、この国にもごくわずか麦の発酵酒も存在する。
しかし全てが輸入品で、イヴァンは数回しか飲んだことがない。
「そこで気がついたのですが、私はお酒に強いようです。お酒を飲んで赤らめたアルド様が、お夜食時に白髪についていろいろ教えてくださいました」
「ほう、どんなことでしょうか」
ベラは紅茶を一口飲むと、ため息をついた。
3代前の王、つまりアルドの曽祖父は白い髪だった。加えて、アルドの祖父を含め白髪に生まれたものは皆、赤みがかった瞳をしているとのこと。
それは、ダヴィドがタンゾワールの王太子妃から聞いた情報一致する。
「王族以外には隠されている肖像画を見たから間違いないですわ。ブランシュの瞳とはちょっと違いましたが、そっくりでしたの」
ブランシュの瞳は赤みがかってはいるものの、綺麗なオレンジ色である。それだけが、エヴィノールの白髪の人と異なる点だった。
「でも今は違います。アルド様の髪は青みがかった灰色で、国民の大半もそうみたいです」
ベラは寂しそうにそう呟く。
代々白髪だった王は2代前の、アルドの祖父によるクーデターによって消え去った。
アルドの祖父は庶子(側室の子)だったので、現在の嫡出子は皆青みがかった灰色の髪である。
「エヴィノールには、他にどんな髪の色の人がおられましたか?」
イヴァンにとって重要なのは、白髪だけではない。
外交が一時期閉じた国に、どれだけ他国のルーツを持った人間が住んでいるかも鍵となると考えていた。
「私のような赤毛の人はあまり見かけませんでした。他に多かったのは栗毛の人ですね」
その中に少数派の、はっきりとした灰色。そもそも白髪はほんの一握り。
「白髪の者は迫害されていると聞きました。それもあって、奴隷にすらなれない場合が多いようです」
エヴィノールの王宮にいた奴隷の大半は、限りなく薄い灰色の髪色をしていた。
「いろいろと想像と違いましたわ」
「後悔されているのですか?今なら婚約を破棄することもできますよ」
イヴァンはベラの目を見つめ、ゆっくりと落ち着いた声で答える。
だが、もう昔のベラはいなかった。
「アルド様は優しく、この国にエヴィノールと繋がりができました。後悔は1つもありませんの」
「そうですか。ではそろそろチョコレートのケーキが焼ける頃ですので、そちらもいかがですか?」
「ええ、ぜひ」
♢
ベラとイヴァンは、ベラが不在にしていた間に起きたことについて談笑した。
もちろん主に、ブランシュについてである。
「そういえばブランシュは何をしてるのかしら?縫製室にいらっしゃいますの?」
「いえ、午後は部屋で仕事をしているはずです」
「あら、どうしてですか?」
イヴァンは、ブランシュに思いを寄せているとまで言えるほどのベラに、真実を伝えるかどうか少し悩んだ。
しかし、ベラとブランシュの立場を比較すると、王女であるベラの質問に答えないわけにはいかない。
「少し前の話になるんですが、ヴァランティーヌ王女に折檻とまではいきませんが……ブランシュは罰を受けまして」
「ブランシュが何かしでかすなんて珍しいですね」
「ええ、まあ、鉢合わせてしまったようで」
第三王女のヴァランティーヌと言えば、身分の低い者を嫌っていることで有名で、それを王宮内で知らない者はいない。
当然ベラも知っていた。
「ということは療養中なのかしら」
「いえ、もうあざも消えましたし、怪我は治ったのですが。その時破れた制服を直したいというので、今日は修繕作業をしているはずです」
ブランシュが弁償したいと何度も訴えるので、イヴァンは直すことを許可した。
ブランシュは安堵のため息をこっそりとつくと、制服を抱きしめて部屋に戻ろうとしたので、イヴァンはそれを仕事の時間内にするように言ったのだった。
「まあ、ブランシュも元は奴隷だものね」
仕方ないわと続けたベラに、イヴァンは目を丸くし、その手は微かに震えた。
これだけ良くしてもらったとブランシュに感謝し、慕っているようとまで言えるベラ。
ブランシュの面影を感じたいと、嫁ぎ先をエヴィノールにするほど感謝もしている。
しかし、ベラにとってブランシュは元奴隷なのだ。
イヴァンはゆっくりと息を吐き、冷静になろうとした。
ベラもヴァランティーヌも、間違っていない。これが一般常識であり、それは王宮の外でも変わらない。
だが、イヴァンは常識だということを理解していても、その感覚は理解できなかった。
奴隷の血は厄介だと過去に言ったベラは、軽い気持ちで奴隷を考えているのかもしれない。
イヴァンは、過去に奴隷に生まれなければと言ったベラが、現状を悲観していると思っていた。
だから、余計がっかりした。
ベラは、理由はわからなかったものの、イヴァンの機嫌を損ねたことはわかった。
話を逸らすように小さく咳払いをし、ベラは両手を組んでほほ笑む。
「そういえば、第一王子殿下はセーランティプに行かれたと聞きましたが」
「ええ、リゼットの付き添いで」
「では、先に第三王子殿下へお土産をお渡ししてもよろしいでしょうか?」
イヴァンは政治的な話になったため、深呼吸をして一瞬で気持ちを切り替える。
そもそもイヴァンがベラのお見合いで期待したのは、エヴィノールとの政治的繋がりだからだ。
「これはエヴィノールで、伝統的に使われる道具だそうです」
ベラがそういうと、部屋の奥からレディースメイドが持ってきたのは、大きな丸いキャンパスのような物。
「ブランシュなら使いこなせると思うんですが、どう思いになりますか?」
♢
一方その頃。
ブランシュは、第一王子妃のルイーズに呼び出されていた。
(どうしてこんな酷いことに……)




