69.第六王子の拒絶
翌日、ブランシュはタレンヌが一筆添えた、”第一王子”による謁見許可書を持ってタンナーのもとへ向かった。
リゼットが命を狙われたことや、ダヴィドに漆という危険が迫ったことを理由に、ヴァレットはブランシュを警戒した。
情報とは洩れるものである。
とはいえ、第一王子殿下のサインを前に断ることはできない。
ブランシュは数分待たされたのち、部屋の中に案内された。
(誰もいない……?)
部屋の中には、ドアを開けてくれたヴァレットが後ろから入ってきただけで、他に誰も見当たらない。
そう思った瞬間。
3人のヴァレットが出てきて、出てきた隣の部屋の入口を塞ぐように並んだ。
ブランシュは肩を跳ねさせながらも、後ろのヴァレットから距離を取るように、1歩前に出る。
「何の用ですか?」
部屋の奥から突然聞こえてきたのは、まだ幼い男の子の声。
見えない人の声に、今度は全身が跳ねた。
タンナーは隣の寝室にいた。
「お、お、おはようございます」
「それで?何の用ですか」
「あ、その、えっと……」
ブランシュは部屋から出たくない王子の理由を調べにきたが、それを直接聞くような勇気と無神経さは持ち合わせていない。
「というか……こっちに来ないの?」
第一王子の謁見許可書を前に、タンナーは強引に入ってくるのだと思っていた。
「その、で、殿下はお会いになりたくないのかと」
だんだん消えて行くブランシュの声に、タンナーは動揺した。
「で、でも怒られるのは君なんだろう?」
(私が怒られたり、折檻されるのはいいけれど……)
ブランシュが心配していたのは、自分のことではなくタンナーのことである。
一般的な10歳の子どもがどう過ごすのかは知らないブランシュも、タンナーが辛いことはたった一声で伝わった。
「僕は……僕は、会いたくないんです」
誰にも会いたくないという気持ちを、ブランシュは知らない。
それでも、目に見えないところにいるタンナーが、辛いのだということは理解できた。
「どうせ嫌だって言っても、誰かが書いた謁見許可書が届くんだ。いくら部屋に来ても構いませんが、会いませんよ」
ブランシュはヴァレットたちにお辞儀をすると、静かに部屋を出た。
ダヴィドもブランシュの話を聞いて、少なくとも今は無理やり部屋から出す必要はないと判断した。
(それにしても、どうしてあんなふうに声が揺れていたんだろう)
♢
「さあ、髪を可愛くさせてね!」
ブランシュは、久しぶりに休みが重なったジュリエットと王都へ出かけることになっていた。
「白い髪の方が似合うのに、染めなきゃダメなの?」
「だ、だって目立っちゃうから、その……」
久しぶりに休日を楽しみにしていたブランシュは、タンナーの部屋から自分の部屋へ戻った後、寝る前に髪を染めた。
(イヴァン様はそのままでいいって言うけど、やっぱり慣れないし……悪いことだものね)
「ベージュの髪も可愛いけどね。じゃあ前向いて!」
「ジュリエット。あの、前よりも、その、目立たない髪型にしてくれる?」
ジュリエットは、いつも1つ結びのブランシュの髪を、ずっと結びたいと思っていた。
そして、ペルルドゥシュのパーティーで想像通り可愛くなったブランシュの髪を、もう結ばずにはいられない。
「じゃあ私とお揃いは?」
「い、いいの?」
「もちろん!」
ジュリエットには5人の兄弟の姉で、そのうち2人が妹である。
毎朝自分の髪と、2人の妹の髪を結ぶのが日課だったため、ヘアアレンジはお手の物。
「あ、でもジュリエット。その、手が染まっちゃうかも……」
「大丈夫!私の手は洗濯をするから、すぐに色抜けるはず」
乾いた安いクルミの皮で染めたブランシュの髪は簡単に染まるが、細い髪なのもあって簡単に色が抜ける。
伯爵家にいる時、長期で他所に貸し出されるときは、こっそりと染め直すのが大変だった。
「あれ?ブランシュってピアス開けてたの?両耳とも小さくへこんでるけど」
「あ、開けてないよ。小さい時からへこんでるの。変……かな?」
普段は前髪サイドの髪が耳にかかっているので、気がついた他人はジュリエットが初めてだ。
ブランシュ自身も、祖母に言われるまで知らなかったことである。
「はい、完成!」
ジュリエットが両手を挙げると、首をすくめながらブランシュも手を上げる。
それからパチンと綺麗な音が鳴った。
ジュリエットがにっこりと笑うから、ブランシュも恥ずかしいながら口角のふちが上がる。
「それじゃあ、お出かけしよう!」
♢
ジュリエットは馬車を降りると、大きく伸びをする。
「ブランシュ、どこ行く?」
「えっと、ジュリエットが行きたいとこに……」
ブランシュの給金は貯まる一方で、時々買うのは毛糸と針ばかり。
もちろん使い方がいまだにわからないのもあるが、割ってしまったカップや包帯など、イヴァンとダヴィドにお金を返したいと思っていたからだ。
「じゃあ髪飾りを見に行こうよ」
ジュリエットに手を引かれてやってきたのは、王都のはずれに並んだいくつものテント。
「こっちなら安いし何かいいのがあるかも!」
ジュリエットは何店舗か回ったところで、足を止めた。
「これかわいい!」
「お嬢ちゃん、お目が高いね。今なら銅貨6枚だよ」
ジュリエットが手に取ったのは、丸い輪っかが5つ重なったようなデザインのバレッタで、棒を刺して髪に固定させるアクセサリーだ。
「ブランシュ、どう思う?」
「も、木目が綺麗で、丸いのも可愛いと思う」
「じゃあお揃いにしようよ!」
(とてもかわいいけど、6枚……。でも、ジュリエットとお揃い、したいな)
ブランシュはお出かけ用の特別な髪飾りなど、1つも持っていない。
「ブランシュが嫌じゃなければでいいよ」
「ううん。お、お揃いにしたいな」
ジュリエットはブランシュの顔が赤く染まっていくのを見て、目を輝かせた。
「お兄さん、これください!」
「こ、こ、これください」
「まいどあり!」
ブランシュはそっとそっと、壊さないようにカバンの中へ髪飾りを入れようとしたが、ジュリエットがその手を止める。
「噴水のところでつけようよ。どう?」
「いいの?」
髪飾りを両手で優しく包むようにして持ったブランシュは、罪悪感はあったものの、その足取りは軽かった。
「はい、完成!」
「ありがとう、ジュリエット」
「どういたしまして!」
ジュリエットはブランシュが2人きりの時に、ため口を使ってくれることが増えたことを、嬉しく思っていた。
もちろんブランシュの性格を考えて、口にすることはないのだが。
「次は靴下買いに行ってもいい?」
「うん」
ジュリエットの最近の悩みは、足がひどく荒れていることだ。
この時期は川に入れないので、奴隷と一緒に桶へ冷たい水を汲んで洗濯物を踏み洗いするため、ふやけたところから割れていく。
ランドリーメイドは、縫い子と違ってラードをもらうことができない。
剥がれた皮膚が靴下に絡むので、冬は支給の靴下だけでは足りないので、買い足す必要があった。
「どこかの王子も靴下に染みがついてたり、剥がれた皮膚がたくさん付いてるって、メイド長のシルヴィさんが言ってた」
シルクなのになんかちょっと可哀想だよねと、ジュリエットは続ける。
ブランシュは冬の肌荒れと聞いて、小さい頃はその痒さに我慢できず掻きむしっていたことを思い出した。
(もしかして、声が揺れていた理由って……)
ブランシュは王宮に帰ると、ダヴィドの部屋を訪れた。
♢
ブランシュがダヴィドの部屋を訪れる1時間前。
イヴァンはダヴィドに呼び出されていた。
「で、なんで僕の依頼書を渡さなかったのかな?イヴァン」
「悪かったって言ってるだろ?ヴァランティーヌ王女のことで忘れてたんだ」
「何日もあったのに?」
イヴァンが忘れていたのは、半分本当だった。
イヴァンは少しの意地悪で、翌日かその翌日に渡そうと思っていた。
しかし、その間ヴァランティーヌは何度もイヴァンに会食申請をしていたのだ。
申請を全てを断ることもできず、渋々会食をするたびにブランシュのことを聞き出そうとするため、イヴァンは疲れていた。
「あの王女も難ありだ」
イヴァンが頭を抱えると、ダヴィドも頭を抱えてため息をついた。




