↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/90

67.第三王女からの呼び出し

「異例の奴隷って、あなたのことだったのね」


 ブランシュの目の前には、華美な装飾の王女が、見下(みおろ)すような態度で椅子に座っている。

 2列に並ぶレディースメイドの立ち姿は洗練されており、王女に仕える者としてふさわしい風格と言えるだろう。


「単刀直入に言うわ。あなた、私専属の縫い子になりなさい」

 

 

 ——ブランシュは第三王女に呼び出されていた。



 ブランシュは美しい宝石をいくつもつけた手を見て、昨日すれ違った王女が目の前の女性だと気がついていた。

 問題は、全員がブランシュを見ているということである。


「それともすでに"誰かの"なのかしら?」


 第三王女の声は固く、視線だけで人を殺せそうなほど鋭い。

 

「い、い、いえ……だ、誰かの専属では……」


 いつでも土下座できる姿勢のブランシュ。

 その顔は真っ青で、いつものただ人見知りしているわけではないことは明らかである。


 奴隷として数えきれないほど見てきた顔に、ブランシュの古傷が痛む。


「もう1度だけ言うわ。私専属の縫い子になりなさい」

「お、お、仰せのままに」


 ブランシュは第二王女の成人パーティーで、リゼットの専属にならなかったことを覚えている。

 

(このことは、イヴァン様やダヴィド様にご報告した方がよろしいのか、言わない方がいいのか……どうしよう)


「じゃあ今すぐに荷物を一式持って来なさい。もちろん裁縫箱も」

「か、かしこまりました」

 

 ブランシュは床に頭をつけると、震える足で立ち上がり、急いで部屋を後にした。


「さすが、やっぱり奴隷ね」


 第三王女は満足そうに笑い、レディースメイドたちもニヤニヤと顔を見合わせた。

 


 ♢



「なんだその荷物は!」

「イ、イヴァン様!?」

 

 腕をグッと掴まれたブランシュは、危うく荷物を落としかけた。

 ダルクが支えていなかったら、転んでいただろう。

 

「具合が悪いのかと思って来てやったのに、お前は何をしていると言っているんだ!」

 

 イヴァンは、ダルクからブランシュが奴隷部屋にいないという報告を受け、また何かに巻き込まれているのだと思い慌ててやってきたのだ。


「その、えっと、実は、あの……」


 ブランシュは少し迷ったが、説明することにした。

 借りている部屋を、どうしたらいいのかわからなかったのである。

 

 イヴァンはそれを黙って聞いていた。

 しかし話が終わった瞬間、ブランシュから荷物をすべて取上げ、ダルクに片付けてくるよう命令する。

 

「行くぞ」


 イヴァンはブランシュを置いて、スタスタと第三王女の部屋に向かて歩いて行く。

 

 ブランシュもその後ろを一生懸命追いかけた。

 第三王女の部屋の前についた時、ブランシュの息が上がるほどの速さだった。

 

「失礼する」


 イヴァンはノックと同時に開いたドアへ手をかけ、勢いよく部屋に入っていく。

 ブランシュは、自分も部屋に入っていいのかわからず首をすくめていると、イヴァンの鋭い視線に恐る恐る足を踏み入れた。


「ヴァランティーヌ王女、お久しぶりでございます」

「あら、第三王子殿下。その子を連れて何の御用でしょう?」


 ヴァランティーヌと呼ばれた第三王女は、余裕の笑みでイヴァンを見つめる。

 

「現在縫い子を誰かの専属にはしておりませんので、必要なら仕立て屋を用意いたしますよ」

「あら、それはどうせ奴隷でしょう。私が好きにしてはいけないのかしら?だいたい仕立て屋じゃないのに、仕立て屋みたいなことをしているのだから……ね?」

 

(縫い子はデザインをしたり、王族の服を仕立て屋抜きに作ってはいけない……知っていたのに、私……)


 第四王女のベラによって、自分が特例だということを知っていたブランシュは、罪悪感でいっぱいだった。

 

「それとも第三王子殿下が所有しているのですか?」

「いえ。でもまあ……第一王子殿下が黙っていないと思いまして」

「ご忠告ありがとうございます。命拾いしましたわ」


 ヴァランティーヌはイヴァンの怒りなどものともせずにっこりと笑っている。

 

 ブランシュは体の震えを抑えるのに必死で、顔を上げることができない。

 そんなブランシュをニヤニヤと見つめていたのは、毛虫事件ですれ違ったレディースメイドだ。

 

「ブランシュ、行くぞ」


 イヴァンがそさくさと部屋を出て行くと、ブランシュはヴァランティーヌにお辞儀をしてドアに向かった。

 

 「私がしていることなんて、あの子がしてることより可愛いわ」


 ブランシュはヴァランティーヌのささやくような声に思わず足が止まりかけたが、もう1度お辞儀をすると急いで部屋を後にした。

 

 

 ♢ 



(私を専属にとおっしゃったのは……奴隷が必要だからなのかな)


 奴隷はいろいろな意味で、最高の働き手である。


「ヴァランティーヌはお前みたいなやつが嫌いなはずだ。それなのになんでお前を」


 ブランシュは1度も振り返らず歩き続けるイヴァンにも、手足の震えがおさまらない。

 今もイヴァンは独り言をブツブツ言いながら、ヴァランティーヌの意図について考え続けているところだ。


「イヴァン様」

「遅かったな。ちゃんと全て元に戻したか?」

「ええ、もちろんです」


 ダルクはイヴァンにブランシュの部屋の鍵を手渡すと、大きなため息をつく。


「イヴァン様。ずっとそのような態度でおられるのですか?」

「だったらなんだ」

「ブランシュが震えています」


 ダルクの言葉に、ようやくイヴァンはブランシュの顔を見た。

 ブランシュはイヴァンと目が合うとすぐさま逸らし、ダルクの顔を一瞬見ると慌てて床を見る。

 

「そ、そうだ。お前、ダルクから報告があがってるぞ。絵を描かない者がいるらしいな」

「あ、その、それは……」


 ダルクはイヴァンの言葉に頭を抱えたが、ブランシュは新しい問題にそれどころでない。


「理由を知っているんだな」


 

 ブランシュが消えた部屋で、ダルクは2人の奴隷が絵を描かずに座っていることに気がついた。

 

 20代と思われる若い2人が、奴隷でありながら指示に従わない理由がわからない。

 他の奴隷の反応を見る限り、絵を描くことが面白くないとは思えない。


 

 これがダルクの考察だった。

 

「あの、2人に悪気は、その……」

「はっきり言え」

 

 ブランシュは、よく一緒に並んで草むしりをした2人だとわかっていた。


「そ、その、2人は目が悪くて……紙の境目がわからなかったり、色もぼやけてうまく描けなくて……」

「奴隷は本を読まないのに、どうして目が悪くなる?というか、メガネを掛けたらいいだろう」


 イヴァンは意味がわからないと手を上げ、ダルクの顔を見る。

 ダルクは、そんな主人にため息がでそうになった。

 

「奴隷はメガネを支給してもらえません、イヴァン様」

「まあいい。それより、なぜおまえは目が悪いやつの見え方を知っている」


 ダルクの言葉に動揺しかけたイヴァンは、隠すようにブランシュに質問した。

 実際奴隷ともたどたどしいブランシュが、そういったことを話し合う仲に見えなかったのは事実である。


「わ、私もその……」

「まさか目が悪いのか?」

「に、日光の下だけですが」

 

 この言葉には、ダルクも首を傾げた。

 

「に、日光の下は眩しくて、その、あまり見えていません」

「それはみんな同じだろ、だいたいお前は外でどうやって仕事をしていたんだ」

「……手の感覚を頼りに」


 目が見えようと見えまいと、仕事は免除してもらえない。

 奴隷はそういった環境に適応するしかないのだ。


「ふ、2人にも絵が描けるよう、私が一緒に……その、なので、あの」

「わかっている。罰しない」

「あ、あ、ありがとうございます」


 ブランシュは奴隷部屋に戻ると、赤い鉛筆で枠を書いた紙を2人に渡し、3人でお絵かきを楽しんだ。

 イヴァンはダルクを連れ、愚痴を言いながら自分の部屋に戻って行った。

 

 

 ♢


 

 最終日の夕食前。


 紙と鉛筆の回収に来たのは、ダルクと知らないヴァレットが1人。

 そこにイヴァンの姿はない。


 ヴァレットはブランシュの前に木箱を置く。

 中には、いくつものかごが入っていた。

 

「ブランシュ、それを皆さんに配ってくれますか?」


 ブランシュも奴隷たち同様、知らないヴァレットに緊張しながらも、かごを手に取り中身を確認する。


「それって……クッキー?」

「あれがクッキーなの?」

「私毒見で食べたことある」

「でもなんでここに?」


 奴隷たちのざわめきに、ダルクは軽く咳払いをした。


「皆さん、3日間お仕事ご苦労様でした。いつもとは違うお仕事に苦労した方もいるかと思いますが、よくやりとげました。というが、のイヴァン様からの伝言です」


 全員が言葉を失った。ブランシュもだ。

 絵を描いて報酬をもらえるなど、奴隷が素直に受け取るはずもなく、誰もブランシュに近寄らない。

 

(誰も食べなかったら、イヴァン様が悲しむかもしれない……)

 

 イヴァンの顔が頭に浮かんだブランシュは、かごからクッキーを1つ手に取ると、ためらいなく口にした。

 奴隷たちからは、声にならない悲鳴が聞こえる。


「み、皆さん。毒はありません。なので、その、ど、どうぞ」


 ブランシュがかごを差し出すと、マレンが出てきて1つ手に取った。


「いただきます。おいしい……もしかして茶色いこれがチョコレート?」

「わ、私もいただけますか?」

「私も!」


 初めての砂糖とバターに奴隷たちは感動し、興奮した奴隷はブランシュに抱き着いた。

 ブランシュの手は相変わらず宙に浮いていたが、その笑顔がダルクには見えていた。

第12章完結

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最新話まで読了させて頂きました!! 奴隷として働いていて、王女様のドレスを治すことで腕を認められたブランシュの冒頭から惹き込まれるように拝読。 次から次へと裁縫を本軸に創意工夫で困難を乗り越え、毒…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。