67.第三王女からの呼び出し
「異例の奴隷って、あなたのことだったのね」
ブランシュの目の前には、華美な装飾の王女が、見下すような態度で椅子に座っている。
2列に並ぶレディースメイドの立ち姿は洗練されており、王女に仕える者としてふさわしい風格と言えるだろう。
「単刀直入に言うわ。あなた、私専属の縫い子になりなさい」
——ブランシュは第三王女に呼び出されていた。
ブランシュは美しい宝石をいくつもつけた手を見て、昨日すれ違った王女が目の前の女性だと気がついていた。
問題は、全員がブランシュを見ているということである。
「それともすでに"誰かの"なのかしら?」
第三王女の声は固く、視線だけで人を殺せそうなほど鋭い。
「い、い、いえ……だ、誰かの専属では……」
いつでも土下座できる姿勢のブランシュ。
その顔は真っ青で、いつものただ人見知りしているわけではないことは明らかである。
奴隷として数えきれないほど見てきた顔に、ブランシュの古傷が痛む。
「もう1度だけ言うわ。私専属の縫い子になりなさい」
「お、お、仰せのままに」
ブランシュは第二王女の成人パーティーで、リゼットの専属にならなかったことを覚えている。
(このことは、イヴァン様やダヴィド様にご報告した方がよろしいのか、言わない方がいいのか……どうしよう)
「じゃあ今すぐに荷物を一式持って来なさい。もちろん裁縫箱も」
「か、かしこまりました」
ブランシュは床に頭をつけると、震える足で立ち上がり、急いで部屋を後にした。
「さすが、やっぱり奴隷ね」
第三王女は満足そうに笑い、レディースメイドたちもニヤニヤと顔を見合わせた。
♢
「なんだその荷物は!」
「イ、イヴァン様!?」
腕をグッと掴まれたブランシュは、危うく荷物を落としかけた。
ダルクが支えていなかったら、転んでいただろう。
「具合が悪いのかと思って来てやったのに、お前は何をしていると言っているんだ!」
イヴァンは、ダルクからブランシュが奴隷部屋にいないという報告を受け、また何かに巻き込まれているのだと思い慌ててやってきたのだ。
「その、えっと、実は、あの……」
ブランシュは少し迷ったが、説明することにした。
借りている部屋を、どうしたらいいのかわからなかったのである。
イヴァンはそれを黙って聞いていた。
しかし話が終わった瞬間、ブランシュから荷物をすべて取上げ、ダルクに片付けてくるよう命令する。
「行くぞ」
イヴァンはブランシュを置いて、スタスタと第三王女の部屋に向かて歩いて行く。
ブランシュもその後ろを一生懸命追いかけた。
第三王女の部屋の前についた時、ブランシュの息が上がるほどの速さだった。
「失礼する」
イヴァンはノックと同時に開いたドアへ手をかけ、勢いよく部屋に入っていく。
ブランシュは、自分も部屋に入っていいのかわからず首をすくめていると、イヴァンの鋭い視線に恐る恐る足を踏み入れた。
「ヴァランティーヌ王女、お久しぶりでございます」
「あら、第三王子殿下。その子を連れて何の御用でしょう?」
ヴァランティーヌと呼ばれた第三王女は、余裕の笑みでイヴァンを見つめる。
「現在縫い子を誰かの専属にはしておりませんので、必要なら仕立て屋を用意いたしますよ」
「あら、それはどうせ奴隷でしょう。私が好きにしてはいけないのかしら?だいたい仕立て屋じゃないのに、仕立て屋みたいなことをしているのだから……ね?」
(縫い子はデザインをしたり、王族の服を仕立て屋抜きに作ってはいけない……知っていたのに、私……)
第四王女のベラによって、自分が特例だということを知っていたブランシュは、罪悪感でいっぱいだった。
「それとも第三王子殿下が所有しているのですか?」
「いえ。でもまあ……第一王子殿下が黙っていないと思いまして」
「ご忠告ありがとうございます。命拾いしましたわ」
ヴァランティーヌはイヴァンの怒りなどものともせずにっこりと笑っている。
ブランシュは体の震えを抑えるのに必死で、顔を上げることができない。
そんなブランシュをニヤニヤと見つめていたのは、毛虫事件ですれ違ったレディースメイドだ。
「ブランシュ、行くぞ」
イヴァンがそさくさと部屋を出て行くと、ブランシュはヴァランティーヌにお辞儀をしてドアに向かった。
「私がしていることなんて、あの子がしてることより可愛いわ」
ブランシュはヴァランティーヌのささやくような声に思わず足が止まりかけたが、もう1度お辞儀をすると急いで部屋を後にした。
♢
(私を専属にとおっしゃったのは……奴隷が必要だからなのかな)
奴隷はいろいろな意味で、最高の働き手である。
「ヴァランティーヌはお前みたいなやつが嫌いなはずだ。それなのになんでお前を」
ブランシュは1度も振り返らず歩き続けるイヴァンにも、手足の震えがおさまらない。
今もイヴァンは独り言をブツブツ言いながら、ヴァランティーヌの意図について考え続けているところだ。
「イヴァン様」
「遅かったな。ちゃんと全て元に戻したか?」
「ええ、もちろんです」
ダルクはイヴァンにブランシュの部屋の鍵を手渡すと、大きなため息をつく。
「イヴァン様。ずっとそのような態度でおられるのですか?」
「だったらなんだ」
「ブランシュが震えています」
ダルクの言葉に、ようやくイヴァンはブランシュの顔を見た。
ブランシュはイヴァンと目が合うとすぐさま逸らし、ダルクの顔を一瞬見ると慌てて床を見る。
「そ、そうだ。お前、ダルクから報告があがってるぞ。絵を描かない者がいるらしいな」
「あ、その、それは……」
ダルクはイヴァンの言葉に頭を抱えたが、ブランシュは新しい問題にそれどころでない。
「理由を知っているんだな」
ブランシュが消えた部屋で、ダルクは2人の奴隷が絵を描かずに座っていることに気がついた。
20代と思われる若い2人が、奴隷でありながら指示に従わない理由がわからない。
他の奴隷の反応を見る限り、絵を描くことが面白くないとは思えない。
これがダルクの考察だった。
「あの、2人に悪気は、その……」
「はっきり言え」
ブランシュは、よく一緒に並んで草むしりをした2人だとわかっていた。
「そ、その、2人は目が悪くて……紙の境目がわからなかったり、色もぼやけてうまく描けなくて……」
「奴隷は本を読まないのに、どうして目が悪くなる?というか、メガネを掛けたらいいだろう」
イヴァンは意味がわからないと手を上げ、ダルクの顔を見る。
ダルクは、そんな主人にため息がでそうになった。
「奴隷はメガネを支給してもらえません、イヴァン様」
「まあいい。それより、なぜおまえは目が悪いやつの見え方を知っている」
ダルクの言葉に動揺しかけたイヴァンは、隠すようにブランシュに質問した。
実際奴隷ともたどたどしいブランシュが、そういったことを話し合う仲に見えなかったのは事実である。
「わ、私もその……」
「まさか目が悪いのか?」
「に、日光の下だけですが」
この言葉には、ダルクも首を傾げた。
「に、日光の下は眩しくて、その、あまり見えていません」
「それはみんな同じだろ、だいたいお前は外でどうやって仕事をしていたんだ」
「……手の感覚を頼りに」
目が見えようと見えまいと、仕事は免除してもらえない。
奴隷はそういった環境に適応するしかないのだ。
「ふ、2人にも絵が描けるよう、私が一緒に……その、なので、あの」
「わかっている。罰しない」
「あ、あ、ありがとうございます」
ブランシュは奴隷部屋に戻ると、赤い鉛筆で枠を書いた紙を2人に渡し、3人でお絵かきを楽しんだ。
イヴァンはダルクを連れ、愚痴を言いながら自分の部屋に戻って行った。
♢
最終日の夕食前。
紙と鉛筆の回収に来たのは、ダルクと知らないヴァレットが1人。
そこにイヴァンの姿はない。
ヴァレットはブランシュの前に木箱を置く。
中には、いくつものかごが入っていた。
「ブランシュ、それを皆さんに配ってくれますか?」
ブランシュも奴隷たち同様、知らないヴァレットに緊張しながらも、かごを手に取り中身を確認する。
「それって……クッキー?」
「あれがクッキーなの?」
「私毒見で食べたことある」
「でもなんでここに?」
奴隷たちのざわめきに、ダルクは軽く咳払いをした。
「皆さん、3日間お仕事ご苦労様でした。いつもとは違うお仕事に苦労した方もいるかと思いますが、よくやりとげました。というが、のイヴァン様からの伝言です」
全員が言葉を失った。ブランシュもだ。
絵を描いて報酬をもらえるなど、奴隷が素直に受け取るはずもなく、誰もブランシュに近寄らない。
(誰も食べなかったら、イヴァン様が悲しむかもしれない……)
イヴァンの顔が頭に浮かんだブランシュは、かごからクッキーを1つ手に取ると、ためらいなく口にした。
奴隷たちからは、声にならない悲鳴が聞こえる。
「み、皆さん。毒はありません。なので、その、ど、どうぞ」
ブランシュがかごを差し出すと、マレンが出てきて1つ手に取った。
「いただきます。おいしい……もしかして茶色いこれがチョコレート?」
「わ、私もいただけますか?」
「私も!」
初めての砂糖とバターに奴隷たちは感動し、興奮した奴隷はブランシュに抱き着いた。
ブランシュの手は相変わらず宙に浮いていたが、その笑顔がダルクには見えていた。
第12章完結




