65.初めてのペルルドゥシュ
ペルルドゥシュ当日。
ブランシュは、クマのぬいぐるみを入れたかごを持って、ダヴィドとルイーズの元へ向かった。
「お、お忙しい時間に失礼いたします」
約束していた時間とはいえ、ペルルドゥシュの朝は忙しい。
特に王族は、朝早くから体を拭き、正装に着替え、来賓対応で挨拶回りをしなければいけないのである。
「こ、こちらがぬいぐるみです」
「あら、ブランシュ……その、調子が悪いのかしら」
ぬいぐるみは完璧に近かった。
しかしクマの鼻の糸はひきつれており、ブランシュが縫ったとは到底思えないほど歪んでいる。
「ルイーズ、聞いてくれ」
「やっぱりブランシュは体調がすぐれないの?」
「実は……僕が刺繍したんだ」
「あなたが?」
ルイーズはレディースメイドたちに下着を引き締められながら、ぬいぐるみの鼻を指でなぞる。
そして眉をひそめて笑った。
「あなた、最近指先を怪我をしていると思ったら、ブランシュの元に通ってこんなサプライズを?てっきり何か……って思っていたのに」
「僕がジェラールにできることは少ないから、ちょっとしたサプライズさ」
ちょこちょこブランシュもを訪れるので、ダヴィドのことを暇だと思っている者もいるが、実際はとても忙しい。
常に貴族や来賓対応をしながら、間の時間で王宮内を回り、情勢と均衡をコントロールをしているのだ。
「ブランシュ。私もお裁縫やってみると言ったら、教えてくれるかしら?」
「え、あ、も、もちろんです」
「じゃあジェラールがもう少し大きくなったら、2人で習おうか」
ブランシュはダヴィドの言葉を、社交辞令だと受け取った。
王族が裁縫をするなんてありえない。
ダヴィドに勧めたのもそういう理由じゃない。
ブランシュは静かにお辞儀をすると、部屋を後にした。
♢
ブランシュは次に食堂へ向かった。
「ブランシュ、待ってたよ!」
「ジュ、ジュリエット!お待たせ」
「聞いて聞いて、私今日休みなんだ!ブランシュの休みは明日?」
使用人はペルルドゥシュのお祝いに、前日、当日、翌日のどこかで休みを取ることになっている。
下級使用人の場合は来賓客に見られないよう、休みという名の自粛命令でもあるが。
「多分……明日かな?」
「ブランシュ休みでも休まないじゃん。また王子様に怒られても知らないよ?私はすごろくするんだ!」
いつもは手頃な価格のトランプで遊ぶ使用人に、この日だけはチェスやすごろくなど、普段は高価で遊ぶことができないゲームが貸し出される。
食事も、朝のクルミのパンとお肉入りのスープから始まり、昼にはクッキーまでもらえるので、皆この日を待ちわびていた。
「夜のケーキも楽しみだね!」
ちなみに奴隷は、ペルルドゥシュの当日が休み。
理由は来賓の方々に見られたくないのと、忙しい場所がキッチンだからだ。
「じゃあまたお昼ね!」
「う、うん……」
♢
ブランシュは朝食後、リゼットの部屋でドレスの着付けを手伝うと、今度は急いで自分の部屋に戻った。
いつものことながらパーティーへ参加することになっているブランシュは、綺麗な制服に着替え直す。
「あ!ブランシュ!」
「ジュリエット……なんで……」
初めてのペルルドゥシュのお祝い。
普段から食べないお昼ご飯は、緊張でさらに食べられそうになかったので、ブランシュは北側の中庭にやってきた。
せめてお水だけでも飲もうと思ったのだブランシュの考えが、ジュリエットにはお見通しだった。
「やっぱりここに来ると思ってたんだ」
「ご、ご、ごめんなさい……」
ゆっくりと頭を下げたブランシュはの瞳は、揺らいでいた。
しかし、それさえジュリエットの想定内。
「いいのいいの。夜、美味しいもの食べるんでしょ?」
「え、あ、いや」
「そんなことより、その格好でパーティーに出るの?」
ブランシュはジュリエットの質問の意味がわからず、自分の制服を見た。
青い花の刺繍が入ったエプロンは真っ白で、制服は真っ黒。
「ねえ、今日はペルルドゥシュだよ?ほら、私に任せて!」
ジュリエットはブランシュに座るよう言うと、ポケットから取り出したブラシを持って腕を鳴らした。
(ジュリエットが楽しそうなのはいいんだけど……)
♢
ブランシュはパーティー終了後、自分の部屋へ寄らずにイヴァンの部屋へ向かった。
(イヴァン様のお部屋には誰もいらっしゃらないと思うんだけど……私何かしちゃったのかな……)
ブランシュは、パーティー中はリゼットに付いて回り、リゼットが踊っている間は会場の隅にいた。
(やっぱりリゼット様は美しいなぁ)
感動しているブランシュの元には、ダヴィドとイヴァンはもちろん、ジュールやジェルメーヌなど、入れ替わり立ち替わりで王族が訪れた。
「おい」
「イ、イヴァン様……ごきげんよう」
「パーティーが終わったらすぐに部屋に来い。すぐにだ。わかったか?」
「お、仰せのままに」
いつもならそばにいるイヴァンが、一瞬で去って行ったことにブランシュは首を傾げた。
だが、何度参加しても慣れないパーティーの緊張で、そんな感情はすぐに飛んでいった。
イヴァンの部屋の前に着いたブランシュは、小さなノックを3回した。
いや、しようとした。
「ブランシュ!失礼いたしました。大丈夫ですか?」
ブランシュは、驚いて思わず転びそうになった。
ドアのノックと同時にダルクがドアを開けたからである。
「わ、私の方こそ、その、し、し、失礼いたしました」
「イヴァン様はまだ戻られてないのですが、中で待つよう伝言を預かっております」
ブランシュはやっぱりと思いつつ、怒っているのはダルクなんじゃないかと、震える足でついて行く。
「寒いので、こちらを羽織りください」
「あ、その、こんな高価な物は……」
「ブランシュ、怒られるのは私です」
ダルクはそのままバルコニーへ案内した。
(こ、こ、ここから落ちたら……)
なぜバルコニーなのか、どうしてこんなに高いところに案内されたのか、ブランシュは恐怖でいっぱいになった。
ダルクはブランシュの気持ちを察すると、肩を優しく包み込むようにして、椅子に座らせる。
「本日はペルルドゥシュですから、イヴァン様が戻られるまでこちらでお待ちください」
空を見上げたブランシュは、目を輝かせた。
「うわぁ……」
ブランシュは今まで、馬小屋からこの流れ星を見てきた。
凍えるほど寒い冬。
伯爵は温かい家の中で、豪華な食事とプレゼントで祝っていた。
一方奴隷は一晩を生きるに必死だったため、星に興味はなく、藁の中に隠れるようにして眠っていた。
ブランシュとブランシュの祖母だけが、毎年この星を楽しみにしていたのだ。
「お前、その髪はどうした」
星に見とれていたブランシュは、背後から声がすると飛び上がるとそのまましゃがみこんだ。
「ど、どうした?」
「も、申し訳ございません。お、落ちないように、その、あの……」
具合が悪いのかと心配したイヴァンは、ため息をつくと黙ったままブランシュの手を引いてソファーに座らせた。
「で、その髪型はなんだ」
いつも1つ結びのブランシュは、ジュリエットによって編み込みのアップスタイルに。
パーティーでも散々言われたことである。
「いつもそれぐらい洒落ていてもかまわないが」
「い、いえ、これはその、と……い、いつも一緒にいる子が……」
イヴァンはブランシュの顔を見ることなく、引き出しから四角い何かを取り出し、ブランシュの隣に座る。
「ペルルドゥシュ……お、おめでとう」
「……おめでとう、ですか?」
イヴァンに見られると緊張するが、こちらを見ないのもそれはそれで怖い。
そのうえ、薄紫色の包装された何かを渡され、突然「おめでとう」と言われたブランシュは立ち上がった。
「いいから開けてみろ」
「は、はい」
ブランシュは恐る恐る、そして丁寧に包装を外す。
中から出てきたのは絵本だった。
「ヘ、ヘ……ン、ゼルと……」
「ヘンゼルとグレーテル、お菓子が出てくる絵本だ」
「あ、ありがとうございます!」
ブランシュは小さく微笑むと、そのまま絵本をイヴァンに差し出した。
「は?」
「……え?」
イヴァンは頭を抱えると、絵本をブランシュに押し付け返す。
「これはペルルドゥシュのプレゼントだ」
「……だ、誰にですか?」
ブランシュは本当に意味がわからなかった。
(特別に見せてもらった絵本、誰に渡すんだろう?)
「お前にだ!他に誰がいる」
「え……え?わ、私にですか!?う、受け取れません!」
慌てて一歩さがると、ダルクに肩を優しく抑えられたブランシュ。
「ブランシュ、これはイヴァン様からのお祝いですよ」
「そうだ。誕生日プレゼントは受け取っただろ」
「あ、あれも、その……物をもらったのは、は、初めてで……」
イヴァンは目を見開くと、ブランシュが抱えている絵本をもう1度強く押した。
「受け取れ」
「あ、あ、ありがとうございます」
「あとこれ、夕食食べていないだろ」
イヴァンはさらに、ケーキとサンドウィッチの入ったカゴを、ブランシュの手に握らせる。
「以上だ」
「あ、あの……」
「受け取れ」
「ほ、本当にありがとうございます!」
ブランシュは何度も何度もお辞儀をすると、絵本とかごを抱きしめてイヴァンの部屋を後にした。
(これが私の絵本……?こんなに幸せでいいのかな)
喜びと不安が混ざったブランシュは、部屋に戻ってから1時間かけて、幸せを噛み締めるようにケーキをちびちびと口にした。
(どうしよう、眠れないよ……あれ、私の絵本なんだ)
ブランシュが興奮して眠れない夜、イヴァンはというと。
「なあ、ダルク」
「なんでしょう」
「ダヴィドのやつ、ブランシュの髪型褒めてたよな」
「ええ」
イヴァンはジャケットを乱暴に脱ぐと、返事の代わりにそれをダルクに投げつけた。
相変わらずな主人に、ダルクは笑うしかなかった。




