64.流れ星のお祝い
第四王女のベラがエヴィノールに出発する頃。
世間は"ペルルドゥシュ"ムードに包まれていた。
「ブランシュは王宮のペルルドゥシュ、初めてでしょ?」
「う、うん」
空組の中で、編み物組と呼ばれるようになった8人の縫い子は、ブランシュと共に机を囲んで編み物をしていた。
「下級使用人でも夕食にケーキが出るんだよ!」
「ケ、ケーキですか!?」
ブランシュは王宮のパーティーに参加するまで、ケーキの存在は知っていたが、見たことはなかった。
伯爵家では奴隷に見られたら穢れると言われ、ペルルドゥシュの日は家に入れてもらえなかったからだ。
「小さいけどね、すっごく美味しいんだ」
「夜になったら中庭へ行くのどう?」
毎年冬の空を埋め尽くすほど流れる星を祝う、1年で1番特別な日がペルルドゥシュだ。
貴族はパーティーを開き、庶民もご馳走を用意して一晩を過ごす。
「ブランシュは靴下作り?」
「今年はダヴィド様のご子息の分も編むんだね」
女性にはアクセサリーを贈り、男性には高価なペンを贈るのが一般的な風習である。
そして、子どもには毛糸の靴下の中にプレゼント入れる。
どの家庭の人も、これを楽しみにしていた。
「この毛糸ホルダーがなかったらさ、間に合わなかったかもよ?」
仕立て屋や月組の縫い子、選ばれた星組と空組の縫い子は、ペルルドゥシュのパーティードレス作りで忙しい。
ブランシュもリゼットのドレス担当であるが、その合間に靴下を完成させなければいけない。
「第六王子様の靴下は今年で最後かな?」
「第七王子様と仲がいいみたいだし、来年もいるんじゃない?」
「確かに。今年もお二方の靴下はお揃いだもんね」
10歳の第六王子と、8歳の第七王子は共に勉強し、いつも2人でいる。
と、ジュリエットが言っていたことを、ブランシュは思い出した。
(ジュリエットは、なんでも知っているからすごいなぁ)
「じゃあ私たちは、第六王女様のドレス作りに行ってくるね」
「いいなぁ」
マドレーヌを含む5人の縫い子は、第六王女のジェルメーヌのドレス作りに抜擢された。
ジーナを含む3人は、空組に居残りだ。
「そういえば、ブランシュが参加しない王族の衣装作りには、仕立て屋が絶対にいるんだって」
「それが普通じゃない?」
「でもまあ、ブランシュがいるなら必要ないよね」
3人はブランシュの話をしながら、ほつれた使用人のズボンをまつった。
♢
ブランシュがリゼットの縫製室に入ると、ティナと月組の縫い子が、4色の布を持って眉間にしわを寄せていた。
「ブランシュ、ちょうどいいところに」
「ど、どうしましたか?」
「ほら、また敬語。まあいいや。このオーガンジーは他よりも薄いでしょ?あと何枚挟んだらいいかな」
今回はチュールと薄いオーガンジーを何層も重ね、腰にチュールのリボンを巻いたドレスを作ることになっている。
「私たちも考えてるんだけどさ、仕立て屋がいないとどうしたらいいのかわからなくて」
「やっぱりペルルドゥシュだし、黄色を前面に出してみる?」
「あ、それは……王妃殿下とデザインが被ってしまうので」
星を祝うパーティーで、黄色のドレスを着ることができる人は限られている。
王と王妃はもちろん、嫡出子であるダヴィド、イヴァン、それからリゼットだ。
とはいえ、リゼットの権威は他の王族には劣るため、1番控えめにしなければならない。
「じゃあピンク、黄色、ベージュ、ピンク?」
「ピ、ピンクと黄色をセットにして、合間にベージュと茶色を混ぜるのは、い、いかがでしょうか」
「ほんと、ブランシュのセンスは最高ね!」
ブランシュは、刺繍や小さな宝石の装飾を丁寧に縫い付ける。
お馴染みになった20人近い縫い子は、ブランシュの指示の元、うまく役割分担しスムーズに作業を進めながら雑談していた。
「皆さん、作業は進んでるかな?」
「第一王子殿下、ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」
普段空組の縫い子はダヴィドを「ダヴィド様」と呼ぶが、本来それは失礼にあたる。
教養のある月組の縫い子は、それをわかっていた。
「ブランシュ、リゼットのドレスはどうだい?」
「じゅ、順調です、だ、第一王子殿下」
イヴァンなら怒るところだろうが、ダヴィドはブランシュが人間関係を広げていることに感動した。
「みんな、僕の話に付き合ってくれるかい?もちろん手を動かしながら」
「「もちろんです、殿下」」
冷静を装いながらも、その笑顔には胸をときめかせない縫い子はいない。
心の底から真剣に話を聞いているのは、ブランシュだけだろう。
「息子の腕がぷにぷにしてきたんだ。可愛いだろう?」
ダヴィドはジェラールが良く笑うとか、音楽を聞かせているとか、どれだけ息子が可愛いかをひたすら語った。
縫い子たちは手を動かしながら相づちをうち、時々縫い子同士で目を合わせてはニヤリと口角を上げる。
「ブランシュ、君もそう思うだろ?」
「は、はい……」
ブランシュは素直に微笑ましく思ったが、それ以上に珍しく手袋をしているダヴィドに、違和感を感じていた。
(手袋をしているところを初めて見たけれど、どうして今日だけしているのかしら。しかも室内で……)
「邪魔して悪かったね。僕はここで失礼するよ」
ダヴィドが笑顔で縫製室を去ると、部屋は途端にざわめきだす。
「ダヴィド様ってほんと、かっこいいし優しいし、完璧だよね」
「ジャケットに手袋なんて、第一王子殿下って感じがするもんね」
(シャツと同じ理由じゃないと良いんだけど……)
皆が黄色い声を上げる中、ブランシュだけが暗い顔をしていた。
♢
「差し入れを持ってきたんだけど、刺繍は終わりそうかい?」
ブランシュが飛び跳ねてドアを開けると、ダヴィドとチャトゥラが立っていた。
「ジャ、ジャケットの方はちょうど終わりました。ぬ、ぬいぐるみはまだ、その」
「じゃあ少しお邪魔してもいいかな?」
「も、もちろんです」
イヴァンは白い狼、ダヴィドは灰色の狼。
2人のトレードマークの刺繍は、仕事量の多いブランシュに代わって、現在は仕立て屋が行っている。
しかし、1番肝心の目の刺繍はブランシュが行っていた。
「うん、上出来だ。じゃあおやつの時間にしよう」
ダヴィドは、ブランシュから受け取ったジャケットをチャトゥラに渡し、クッキー缶を受け取った。
それからブランシュの手を引いてベッドに腰掛けると、缶の縁に指をかける。
「えっと、これは……クッキーですか?」
「ペルルパンだよ」
缶の中には、ナッツとドライフルーツの入った、薄いパンが何切れもが入っている。
「入れ物がなくてね、缶に入れてきちゃったけどおいしいよ。はい、どうぞ」
ブランシュはダヴィドとチャトゥラの顔を交互に見ると、しっかりと両手でパンを握って口に入れた。
「どうだい?」
「おいしいです!」
一見奴隷が食べるカサカサの固いパンに見えたが、バターとドライフルーツでしっとりとした食感に、ブランシュの目はキラキラと輝いた。
「僕も隣で食べていいかな?」
「も、もちろんです」
ダヴィドがパンをかじると、ブランシュはパンを持っていた両手を膝に下ろし、チャトゥラをチラリと見る。
「どうしたんだい?」
「あ、あの……」
「ん?」
「チャ、チャトゥラ様は、め、召し上がらないのですか?」
ブランシュは申し訳なさそうに床を見ると、ダヴィドもチャトゥラも声を出して笑う。
「これは僕が悪かったね。チャトゥラもブランシュの隣に」
「ブランシュ、お気遣いいただきありがとうございます」
(ま、待って……お二方の間に挟まれるなんて……)
ダヴィドの隣に座るかと思ったチャトゥラは、ブランシュの隣に座った。
耳を赤く染めたブランシュは、逃げるようにクッキー缶を見つめる。
クッキー缶の模様も、カップ同様眺めるのが好きだった。
「残りのパンは明日以降食べると良い」
「で、ではぬいぐるみが完成いたしましたら、缶の、へ、返却に伺います」
ダヴィドは缶を机の上に置くと、ブランシュの言葉に目を細める。
「缶はあげるよ。僕の部屋には缶が溢れかえっているからね。チャトゥラもそう思わないか?」
「ええ、そろそろ片付けたいのですが」
「美しい缶はなかなか手放せないんだよ。ブランシュ、パンを食べたらぬいぐるみの方をお願いしてもいいかな?」
1週間前、ダヴィド経由で第一王子妃のルイーズから、クマのぬいぐるみの制作依頼を受けていたブランシュ。
もちろんジェラールのためで、ペルルドゥシュの靴下に入れるプレゼントである。
ブランシュはすでに預かっていた端切れから、パッチワークでパーツは完成させていた。
残っているのはパーツを縫い合わせることと、刺繍を入れるだけだった。
(あっ、ダヴィド様の指……)
「あの、ダ、ダ、ダヴィド様も、お裁縫を……いたしますか?」
本来王族には失礼な言葉だ。
王族が下級使用人の真似ごとをするなど、誰かにバレたら後ろ指をさされるだろう。
「面白い質問だね。ちなみに僕は何をするのかな?」
「ぬ、ぬいぐるみの……は、鼻の刺繍はいかがでしょうか……」
ところが、ダヴィドもチャトゥラもバカにしたりはしなかった。
「僕は裁縫をしたことないんだけど、それでもできると思うかい?」
「確かにその、手を……指を、け、怪我してしまうかもしれません……」
「そうか。じゃあ挑戦してみようかな」
ダヴィドは、自分の手の怪我を誤魔化すための、ブランシュの優しさだとすぐにわかった。
チャトゥラは感心して、ため息を漏らした。
こうしてこの夜、ブランシュなら10分もかからない作業を、ダヴィドは1時間かけて完成させた。




