63.冬青空
ブランシュの手の傷が、しっかりとくっついてから数日経った、冷たく透き通るような朝。
ブランシュはジュリエットと、こっそり王族用の玄関に向かった。
もともとは1人で行く予定だったブランシュ。
だが、いつもと違う方向に向かうブランシュを不審に思い、ジュリエットがついて来たのだ。
「綺麗なドレスだね。あれブランシュが作ったの?」
「ち、違うよ!仕立て屋の皆様が」
ジュリエットは目を輝かせて、ベラを見つめた。
「あんなに濃いピンク色のドレスが似合うなんて、王女様って感じがして素敵だね。ピンクを選んだのも仕立て屋の人?」
「え、あ、そ、そうだと思う……」
ブランシュがピンクを選んだのは、ベラの名前に由来する薔薇の花の色だからだ。
薄いピンクとも悩んだが、リゼットのリンゴの花と被ってしまうため、あえて濃いものを選んだ。
王族の色とも言われる青色にするかも悩んだが、女性らしく一歩下がった謙遜さが必要だと思い、青はすぐに外した。
「あら、ブランシュ!」
(ど、どうしよう!)
結婚するのではなく、お見合いに行くだけのベラは、第二王女のエリアーヌが嫁いだ時とは訳が違う。
玄関には、ベラのレディースメイドたちと貴族。それから同行するダヴィドだけである。
ブランシュは逃げ出したかったが、ダヴィドと目が合ってしまった。
そのうえ、ジュリエットが手を引くのもあって、あっという間に人だかりの中心に。
「ブランシュ、素敵なドレスをありがとう。何かお土産を持って帰って来るわ」
ささやくようにベラが耳打ちすると、ブランシュはおどおどしながらもお辞儀をした。
「あなた、お名前は?」
「ジュリエットです!」
「ブランシュのこと、よろしく頼むわね」
「はい!」
「だ、第四王女殿下……」
ブランシュはお土産を断ろうとしたが、その前にベラは馬車に向かってしまった。
「ブランシュがドレス作ったんじゃん」
「ち、違うよ。私はちょっと絵を描いただけで……」
「ブ、ブランシュ」
物陰から出て来た第二王子のジュールは、こそこそとブランシュに近づいて来た。
「本当にありがとう。何か困ったことがあったら言ってくれ。第一王子殿下と第三王子殿下もいると思うけど、一応……僕も、だ、第二王子だし」
何年も引きこもりだった妹の幸せそうな顔に、ジュールはブランシュへの感謝でいっぱいだった。
♢
ブランシュはジュールに頭を下げると、ジュリエットと別れ縫製室へ向かった。
5人の縫い子は少しずつ編み物ができるようになり、気づけば空組に刺繍入りの縫い子が3人増えた。
午前中は本来の制服作りを行い、午後は編み物に励んでいる。
「ブランシュの傷治ってよかったね」
「は、はい。あ、ありがとうございます」
冬の間は、編み物の注文が止まらない。
ブランシュは手をひたすら動かし、8人の縫い子と机を囲みながら編み物をする。
「アン様も私たちも、一生懸命監視してたもんね!」
あの日、ベラの部屋から出たイヴァンが、ブランシュを1人で縫製室に向かわせるはずもなく、そのままアンの元へ連行した。
そして、手が治るまで。つまりイヴァンが許可を出すまでは包帯を外させないようアンに命じたのだった。
ブランシュは左手でも裁縫ができると訴えたが、今度はアンがため息をついて空組の縫製室に連行した。
その結果、唯一許された作業は待ち針を打つ作業だけ。
ブランシュが無意識に作業をしようとするたび、マドレーヌを筆頭にブランシュを止めたのだ。
「いつかちゃんと王女様のドレスを作ってみたいよね」
マドレーヌとカリーヌ、アメリは、小さいシルクの布をきちんと切れるようになった。
まだ縫うことはできないが、待ち針も打てるようになった。
「シルクは待ち針打つのでさえ緊張しちゃうよね」
「あんなに穴が目立つなんて思わなかった」
「ブランシュは本当にすごいよ」
リゼットのお披露目式のドレス以降、5人の縫い子は空組で注目の的である。
「私たちも、裁縫教室頑張ろうね」
「早くエプロンに刺繍入れたいよね」
この環境で顔をしかめるのは、空組長のジャネットだけとなった。
♢
5人の縫い子とブランシュは、縫製室の空き部屋に集められていた。
「休みの日に申し訳ない。遅くなったが、リゼットのドレスの制作報酬だ」
イヴァンはブランシュと5人の縫い子に、巾着を1つずつ渡していく。
「本題だ」
イヴァンがブランシュを見ると、5人も一斉にブランシュの顔を見る。
「これから王都に行く者はいるか?」
「私たちみんなで行きますが」
「ブランシュも連れていけ」
ニヤリと笑ったイヴァンに、ブランシュは焦る。
「イ、イヴァン様!その、か、髪をまだ染めて」
「そのまんまでいいだろ」
5人の縫い子は2人を気にせず、楽しそうに肘をつつき合っている。
「返事は?」
「もちろんです!」
「じゃ、あとは頼んだ」
イヴァンが部屋を出て行くと、5人は一斉に巾着を開けた。
そして皆開いた口が塞がらない。
「金貨!?」
「な、何これ……」
「カリーヌ、静かに!」
「だって」
10日に銅貨2枚がお給金の5人にとって、金貨は滅多にお目にかかれないものである。
「でもさ、せっかくだし、これでブランシュと手芸屋さん行こうよ」
「ほら、ブランシュは早く外出の準備してきて。馬車に遅れちゃう!」
5人は固まったブランシュの手を引っ張り、ギリギリで馬車に乗り込んだ。
♢
「ブランシュさん、久しぶりだね」
「お、お、お久しぶりです」
「今日はお友達も一緒かい?どんどん宣伝してくれ」
ガハハと笑った店主は、カウンターの横の椅子に座り腕を組んでいる。
自分があれこれ言うよりも、ブランシュが紹介してくれた方が売れると思ったからだ。
「あ!毛糸スタンドだ!」
マドレーヌが手に取ったのは、毛糸が転がらないようにするためのスタンドである。
「もう少し上手になったら欲しいよね」
「ブランシュはどうして上手なのに使わないの?」
「確かに。使用許可あるんじゃない?」
月組の縫い子は皆支給されているもので、星組でも使っている人は珍しくない。
しかし空組には支給されないので、欲しいなら買うしかない。
このスタンドは高くはないが安くもないので、支給されない人は悩む値段だ。
「お給金入ったし買っちゃう?」
「ブランシュは何買うの?」
「わ、わ、私は待ち針を……」
ブランシュの裁縫量は人より圧倒的に多いので、針の消耗も早い。
「別にここのお店じゃなくてもいいんじゃない?」
「こ、ここのお店の針は丈夫だし、あ、頭の部分がすごく持ちやすいから」
「お嬢さん方、うちの店は品質が売りなんだ。ぜひ買っていっておくれ」
店主は満足そうに笑うと、納得してみんな待ち針を買い足していくことにした。
「天気がいいし、もうちょっと見て回らない?」
「じゃああそこのお店も行く?」
「馬車の時間までまだあるもんね。ほら、ブランシュ行こう」
ブランシュが再び手を引かれ連れて来られたのは、いわゆる雑貨店である。
「ブランシュはさ、お財布買わないの?」
「そうだよ。端切れで作ったやつじゃなくて、ちゃんとした皮の巾着買った方が良いよ」
5人は安い皮とはいえ、店の刻印が入った財布を使っている。
(そろそろ巾着が重くなって破れそうだし……ちゃんとしたのを買った方がいいかな。そこにお金を貯めて、イヴァン様のカップの弁償をしよう!)
ブランシュは自分なりの理由から、黄土色のシンプルな巾着を買った。
「ねえ、この手提げ可愛くない?」
「ブランシュなら作れそうだけど」
「じゃあ皮はどう?」
ブランシュがお会計をしている間、5人は流行りの巾着型の手提げを見て盛り上がっていた。
(そうか、手に下げてもいいんだ……)
「あ、あのね……」
♢
「何それ!」
ブランシュが裁縫箱を開けると、マドレーヌは折り畳まれた毛糸の何かを見て身を乗り出した。
「裁縫に使うの?」
「どうやって使うの?」
「私にも見せて見せて!」
ブランシュは肩をすくめながら、水色と薄紫色の毛糸を丸く編んだものを取り出した。
「ブランシュ、そのコースター穴が空いてるよ」
「う、うん、大丈夫」
さらに取り出したのは、50cmほどの長さに編まれたロープのように太い紐。
それをさらに太い毛糸の輪っかに通すと、今度は紐を毛糸玉の中央に通し、丸く編んだ毛糸の穴に通して縛った。
「何それ!」
「毛糸を毛糸に入れたの?」
「は、はい」
「だから雑貨屋の後に、毛糸を買いに行ったのね!」
ブランシュは太い輪っかを自分の手首に掛けると、そのままスルスルと編み物を始めた。
宙に浮いた毛糸玉は転がることなく、クルクルと回っている。
「すごい!」
「私も欲しい!」
5人の縫い子が食いついていると、空組で6人目に刺繍を入れたジーナが顔を出した。
「こういう時に私も入れるように頑張ったんだ!私にも作り方教えてくれる?」
「も、も、もちろんです」
自分の好きな色を使い、自分だけの組み合わせ。
円を編むところから始められるので、練習にもちょうどいい。
「ブランシュ、私もその毛糸ホルダー?を真似していいかしら」
「ア、アン様。も、もちろんです」
こうしてすぐに、裁縫教室に参加する縫い子が増えた。
さらにアンの毛糸ホルダーを見た月組や星組の縫い子が真似をし、すぐにダヴィドとイヴァンの耳にも入ったのだった。
第11章完結
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