59.第四王女の決断
「ベラ王女。本日のお召し物も大変美しいですよ」
「ありがとうございます、第一王子殿下」
ベラはイヴァンとお茶をした数日後、ダヴィドと昼食を共にしていた。
だが、2人きりではない。
丸いテーブルを囲んでいる2人の間には、いつも以上に小さくなっているブランシュがいた。
(ど、どうしてこんなことに……)
休日を持て余していたブランシュは、ベラから依頼を受けたデザインを考えたり、奴隷用の腹巻を編んだりして過ごしていた。
そこへ現れたのは、チャトゥラ。
お昼を食べないならワンピースに着替えてくれと言われ、気がついた時にはこうなっていたのだ。
(こんなところで折檻はしないだろうし、どうしてワンピースなのかもわからないし……やっぱり私、何かしちゃったのかも)
「作ったのは仕立て屋なんですけどね、採寸と型紙作りはブランシュに手伝ってもらいました」
「納得です」
「第一王子殿下のジャケットも素敵ですよ」
「これもブランシュが刺繍してくれたんです」
緊張で肩が痛くなるほど身を縮めていたブランシュは、自分の話ばかりする2人の顔を見ることができず、うつむいていれば目の前には次々と料理が運ばれてくる。
赤い飲み物。
貝の入ったスープ。
黄色のソースのかかったパスタ。
ダヴィドは、昔の自分ならなぜブランシュが配膳を手伝いたがらないか、わからなかっただろうと思った。
今ならわかる。
奴隷がどれほど食べ物に触れてはいけないのか、この数カ月で実際に自分の目で見てきたのだ。
「ブランシュ、まずはそのスープを飲んでごらん。きちんと冷ましてからだよ」
「か、かしこまりました」
「そこまで言わなくとも、ブランシュもわかっているのでは?」
ベラの純粋なる疑問に、ダヴィドは小さな笑いをこぼした。
一方ブランシュは言われた通り、一生懸命息を吹きかけて冷ます。
それからゆっくりと口に入れると、ブランシュは目を丸くして頬を押さえた。
「気に入ってくれたみたいだ」
感動を隠し切れないブランシュが、2口目のスープを冷ましている間、2人は何もなかったかのように会話を始めた。
「第一王子殿下、バルディアーツ領は最近いかがですか?」
「南の領地の中でも、今年はバルディアーツのシルクが大変豊作ですね」
「シルク!素晴らしいですね」
ブランシュは慌ててスプーンをお皿の中に置くと、急いでうつむき、目をつぶって耳を塞いだ。
「あの……ブランシュは何をしていますの?」
「聞いてはいけないと思っているようですね。チャトゥラ、肩を」
チャトゥラがブランシュの肩を優しく2回叩くと、ブランシュはそっと目を開ける。
「君も聞いていて構わないよ」
「問題ないから誘ったの」
ブランシュは政治に関わったことがないため、2人が何を話しているのかは、聞いたところでわからない。
しかし、それがいけないことだともちろんわかっていた。
「そんなことしていないで、ジュースでも飲むといい」
「あら、もうザクロの季節なんですね」
ザクロは高級品であり、ブランシュは見たことも聞いたこともない。
2人の視線がブランシュを襲うと、コップをゆっくりと口につける。
(甘いのに……酸っぱい?酸っぱいのにおいしい物ってあるんだ!)
今まで折檻の一環でしか、酸っぱいものを口にしたことがないブランシュは、流れるようにザクロのジュースをもう1口飲んだ。
「では、エヴィノール王国はいかがでしょうか?」
「ベラ王女。なんだか本日は積極的ですね」
ダヴィドはベラと何度か会食をしたが、政治的な質問をしてくるのは初めてだったので、思わずニヤリと笑う。
「エヴィノール王国は刺繍が有名な国だそうですよ」
「それならきっと、ブランシュだって負けてないはずですわ」
「そこで面白い話を1つしてもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
ブランシュはダヴィドの視線を感じてコップを置くと、含みのある瞳に背筋が凍った。
「実はですね、エヴィノールの何代か前の王は、白髪に赤い目が特徴だったそうですよ。僕も子どもの頃に1度だけ見たことがあります」
ベラは口角を上げると素早くブランシュを見たが、それよりも早くブランシュは下を向いた。
「ブランシュはエヴィノール出身なのですか?貿易は途絶えていましたよね」
「エヴィノール出身ではないですが、その血が混じっている可能性は否定できない。といったところです」
ブランシュは驚いて、ダヴィドとベラを交互に見つめる。
「とはいえ、ベラ王女の言う通り現在貿易が行われていない以上、王政の情報はあまりないのが正直なところです」
「まあ昔から交流はあまりなかったと聞きますし、仕方ないですね」
ダヴィドは今まで各国各地域の要人らと会ってきたが、濃いグレーの髪の人はいても、白髪は見たことがない。
年を取り白髪と呼ばれてる人の髪も真っ白になることはなく、薄いグレーが混じっていくだけである。
瞳も同様で、赤みがかった茶色い瞳の人はいても、真っ赤な瞳の人はいない。
茶色が光に透けたら、ブランシュのオレンジ色の瞳をかすかに感じることができるかもしれない、という程度だ。
「第一王子殿下は、やはりお詳しいですね。とはいえ、個人的にもエヴィノールに興味があるようにも見えますがいかがですか?」
「そうですね。特に白髪とオレンジ色の瞳に興味がある、と言った方が正しいかもしれません」
2人は談笑しながら、お皿のほとんどが綺麗にしていった。
だが、緊張と少食が相まったブランシュのお皿には、まだまだたくさん残っている。
ところが、王子と王女はそんなことなど気にしなかった。
「ブランシュ、この後お茶でもどうかな?」
「あら、先を越されてしまいましたわ」
2人の視線に逃げられなくなったブランシュは、チラチラと2人を交互に見つめながら、断る理由を一生懸命考えた。
もちろんブランシュが断ることなど、できるはずないが。
「ブランシュ、マカロンなんていかがかな」
「第一王子殿下、私も同席してよろしいでしょうか?」
「では3人でお茶をするとしましょう」
(あぁ……どうしていつもこうなるの?まずは残してしまったことを、怒って欲しい……)
♢
王はワインを口にすると、グラスをドンと置いた。
「ベラ、儂に夕食を申し出たということは、どちらにするか決めたということか?」
ベラは、王と、母親である側室、たくさんのヴァレットとレディースメイドに囲まれながら夕食を食べていた。
「エヴィノールの王子様を希望いたします、お父様」
「ほう」
ジェラールが生まれてから、王はさらに貿易に力を入れたかったため、部屋から出てきたベラに結婚を要求した。
とはいえ、部屋から出てきたばかりのベラに、慈悲として選択肢を2つ与えた。
1つはこの国、フィルドールの南の領地主の元。
もう1つは、エヴィノールの第二王子。
「やはり王子がいいか」
ベラの成人パーティーには、交流再開に向けたエヴィノールの使いの者が来ていた。
その美しさを使いの者が帰国後に王へ報告したのだろう。
エヴィノールから求婚希望の手紙が送られてきたのだ。
王は、ベラが政治的考えを持っているとは思わず、肩書だけで選んだのだと思い、声を出して笑った。
確かにベラは、政治的理由を第一にエヴィノールを選んだわけじゃない。
恩人であるブランシュの面影を感じたくて、エヴィノールと答えたのである。
ベラは、エヴィノールにはブランシュのような容姿の人が、たくさんいるのだと思い込んでいた。
しかし、ダヴィドは迫害されている事実を伝えなかったため、ベラはそのことを知らない。
ブランシュの出生が関わっている可能性がある以上、推測で話したことをベラがエヴィノールに伝えてしまったら、貿易上の問題が起きる可能性があったからだ。
「お父様、お母様。今まで部屋に籠ってばかりでごめんなさい。最後に母国へ恩返しをさせてください」
ダヴィドとの会食を経て、ベラは国のために自分の身を捧げると決めたのだった。
♢
ブランシュは夕食を食べずに、部屋でデザインを考えていた。
「ブランシュ、いる?」
「ジュ、ジュリエット?」
ブランシュは誰よりも小さなノックを聞いて、静かにドアを開けた。
「いた!ブランシュ、具合悪いの?」
ブランシュはジュリエットの指を引っ張ると、部屋の中に入れ、ドアをゆっくりと閉めた。
「あ、あのね、ち、違くて……その、お昼とおやつをたくさん……えっと」
毛虫の件があってから、ジュリエットはブランシュが心配でたまらなかった。
もじもじするブランシュを見て、元気だとわかったジュリエットはベッドに勢いよく座った。
「じゃあさ、寝るまでまだ時間あるし、ブランシュの部屋にいてもいい?」
「も、もちろんいいよ」
ブランシュは急いで、デザインを描いていた紙を引き出しにしまう。
「ブランシュって字を書けるようになったんでしょ?」
「へ!?あ、いや……」
「私の名前も書ける?」
「た、多分……?」
ブランシュは新しい紙を出すと、ジュリエットの名前を丁寧に書き、その横にはジュリエットの横顔をさらりと描いた。
「すごい!ブランシュ本当に字を書けるんだ!」
「み、みんなには内緒だよ?」
ジュリエットは今更なぜ秘密にするのかわからなかったけど、ブランシュから紙を受け取るとくるくる回って喜んだ。
そうして寝る前に少し会話をしてからジュリエットが部屋を出ると、デザインの続きを描き始める。
ブランシュの顔には、笑顔が浮かんでいた。




