58.第四王女の依頼
第四王女のベラは、成人パーティーをきっかけに、部屋の外へ出るようになった。
本来義務である王族や貴族との会食も、今は積極的に行っている。
そして今日、ベラは第三王子殿下を部屋に招いていた。
♢
イヴァンはハーブティーを口にすると、そっとカップをテーブルに置いた。
「第三王子殿下、何かございました?」
「お気遣いありがとうございます、ベラ王女。疲れているように見えます?」
「ええ、見えますよ」
微笑みながら、ベラもカップに口をつける。
「厳しいお言葉、身に沁みます」
イヴァンは小さな笑いをこぼすと、頬杖をついた。
日に日に強気になっていくベラに、内心笑いが止まらなかった。
「私の人生はマーメイドドレスで変わった気がします。第三王子殿下が言う通りでした」
ベラは挫けそうになっても、イヴァンの「生まれ変われ」という言葉を思い出し、自分も奮い立たせていた。
「パーティーで踊った時、すでに思っていましたよ。陰湿でビクビクした王女様は消えてしまったようです」
「では、もし昔の私が戻って来た時はまた叱ってくださいね」
欲しかった答えをイヴァンから聞いたベラは、目を細めた。
しかし、イヴァンはあの日と何も変わっていない。
「嫌なので自分で何とかしてください」
イヴァンのキッパリとした態度に、ベラは笑い声を隠すようにハーブティーをすすった。
「そういえば、第五王女様の身に危険があったと伺いましたが、犯人は見つかりましたか?」
ベラは、イヴァンに1番聴きたかったことを尋ねた。
「ええ、無事解決いたしました」
「ブランシュは無事ですの?」
ベラの言葉に、イヴァンはため息を我慢して飲み込んだ。
ブランシュが縫い子として復帰してから3日経つが、あの夜に怒鳴ってしまったことを、イヴァンはまだ引きずっていた。
ブランシュの無表情な顔を忘れることができず、忙しすぎて縫製室に顔を出すこともできていない。
「無理をしてばかりで……いや、なんでもない。忘れてください」
「まあ奴隷の血というものは、厄介ですものね」
ベラの言葉に、イヴァンは固まった。
ただのイヴァンではなく、第三王子だから耐えることができたが、その目は見開いていた。
「男性の仕立て屋に生まれていたら、どんなに幸せだったことでしょう」
ベラがそう続けると、イヴァンも心のどこかで感じていた気持ちが浮かび上がる。
奴隷じゃなければ、男性なら、ブランシュの地位は上級使用人の中でもほんの一握りの枠に入ることができただろう。
でも実際は、奴隷で、女性で、気の弱い人見知り。
「ベラ王女。彼女はもう奴隷ではないですし、今後も新しいことを見せてくれるはずですよ」
「そうね。私もそう思うわ」
なんとか取り繕ったイヴァンと、素直にそう思ったベラ。それだけだった。
♢
「ではそろそろお開きにいたしましょうか」
ハーブティーとスコーンが無くなり、イヴァンはベラに解散を提案した。
しかし、ベラは最後の1口を飲み終えると、大きく息を吸い、イヴァンの目を見つめた。
「第三王子殿下にご相談があります」
「私にできることなどありません、ベラ王女」
ベラはイヴァンの返事を無視して話を続ける。
「会食時なんですが、男性の方とは何を話したらよいのでしょうか?」
今日、2人の会話は1度も途切れなかった。
だがその話題のほとんどが、ブランシュの話である。
ブランシュという下級使用人の話を、誰とでもするわけにはいかない。
「女性の方と同じような話でよいのでは?」
「ドレスや化粧の話ばかりですが……」
女性は自分からペラペラと話すので、ベラは共感して頷いているだけでよかった。
ただただ話を聞いてくれるベラは、他の女性たちからの評価が高い。
でも、男性は違う。
「ジュール王子に聞けばよいでしょう。では失礼いたします」
「待ってください。お兄様には一番に聞きました。でも、自分も女性と何を話したらいいかわからないと、逆に質問が返ってきてしまって」
イヴァンは頭を抱え、目をつぶる。
そしてわざとらしいため息をついた。
昔のベラがこんな態度を取られたら、きっと泣いて部屋に帰っていただろう。
しかし、今はイヴァンの顔色が悪いことや、頬杖をつく仕草を見て、疲れているのだと冷静に判断できる。
「でも、そうですね。お忙しい中引き留めてしまい申し訳ございません。他の方にも聞いてみることにします」
「それがいいでしょう。では今度こそ失礼いたします」
イヴァンが椅子から立ち上がると、見送りに行こうとしたベラを気にする様子もなく部屋を出て行った。
廊下で待っていたダルクが申し訳なさそうに会釈をすると、ベラはダルクに声を掛けた。
♢
「第三王子殿下がお疲れのようだから、直接来ちゃったわ」
ブランシュは夕食後、驚きのあまり階段から落ちそうになった。
なぜなら、ブランシュの部屋の前にベラと、2人のレディースメイドが待っていたからだ。
「だ、第四王女殿下……」
「ブランシュ!待ってたの。入ってもいいかしら?」
「も、も、もちろんです」
ブランシュが急いで鍵を開けると、ベラは迷いなく部屋へ入って椅子に座り、2人のレディースメイドは壁際に立った。
「紙とペンはあるかしら?」
ベラが微笑むと、ブランシュは慌ててドアを閉め、引き出しから紙とペンを出す。
「あら、ずいぶん良いペンを使っているのね」
「え……そ、そうなんですか?」
ブランシュはイヴァンの部屋には普段ないほど、安いペンを用意したと言われていた。
実際、イヴァンは使わない。
それでも、ダルクが日常的に使うほど良いペンである。
「実は内緒の話なんだけど、私もうすぐ婚約をする予定なの」
「あ……えっと、その」
「まだお見合いの段階ではあるんだけどね」
なぜベラが秘密を教えてくれるのか、どうしてそんなに重要な話を自分にするのか。
助けるようにレディースメイドを見たが、2人は微笑むだけで何も口にしない。
「じゃあここにサインしてくれる?」
「サ、サインですか?」
「1着ドレスが必要になったから、あなたにデザインして欲しいのよ」
ブランシュは渡された紙を見たが、わかったのは自分の名前と第四王女という単語。
それから、ドレスのデザインを依頼していることだけ。
("書"と書いてあるということは、命令書とか決定書みたいなことだよね)
「も、もちろんです。今すぐサインいたします!」
ブランシュはペンを受け取ると、とても丁寧な字で名前を書いた。
緊張で少し歪んだが、読める字を書いたブランシュ。
「すっかり字が書けるようになったのね。でもちゃんと読んだの?意地悪なことは書いてないけど」
「そ、そこまではまだ、よ、読めなくて……も、申し訳ございません」
ブランシュが今まで受けていた依頼は形だけであって、実際は命令だった。
初めての事態に、ブランシュは緊張からギュッとエプロンを握る。
「失礼します」
突然のノック音に、ブランシュは肩を跳ねさせ振り返った。
「どうぞ」
ところが、ブランシュが返事をするよりも先にベラが返事をしたため、鍵を閉め忘れたドアはすんなりと開いてしまった。
ブランシュは反射的に土下座をした。
折檻だと思ったからだ。
「ブランシュ、私です。ダルクですが」
「私が頼んだの。この部屋を教えてくれたのは彼なのよ。あなた1人だと不安かなって頼んだんだけど……彼、怖い人なの?」
「い、い、いえ、そんなことありません!」
個室に誰かが来るというのは、ブランシュにとってまだまだ怖いものである。
ただそれだけだった。
「驚かせてしまい申し訳ございません。イヴァン様にも内緒と伺ったものでして」
これはベラなりにブランシュを想い、親しい人がいた方が良いだろうという配慮である。
ダルクもベラを悪い人だとは思っていなかったが、ブランシュを想って同席しただけだ。
「ブランシュ、そんなことよりも本題ね。この紙にある通り、ドレスのデザインをお願いしたいの。冬でも着ることができるマーメイドドレスをお願いしたいわ」
ブランシュは急いで立ち上がり、「もちろん」と言いかけて我に返った。
「こ、こ、婚約者様にお会いする際のドレスのデザインですか!?」
「もちろんよ。実際作るのは仕立て屋なんだけどね。ほら、縫い子を総動員したら、お見合いと勘付かれちゃうかもしれないでしょ?」
成人パーティーなど、国内の大きなイベントのドレスを作ってきたブランシュ。
もちろん緊張しなかったわけではない。
だが、他国に見せるとなると話は別だった。
とはいえ、王女の依頼。
ブランシュにとっては命令であり、逆らうことなどできるはずもなかった。
「お、仰せのままに」
ブランシュが丁寧なお辞儀をすると、ベラは目を細めて笑った。
「いい?このことは3人だけの秘密ね。第三王子殿下には言っちゃだめよ。もちろん第一王子殿下にも」
「も、も、もちろんです」
部屋の壁際で気配を消していたレディースメイドの2人は、立ち上がったベラの後ろに立つ。
「あ、そういえば第三王子殿下とあなた、何かあったの?」
「何か……ですか?」
全くもって心当たりのないブランシュは、途端に心臓が鳴り始めた。
「こないだご一緒した時に元気がなかったし、あなたのことを気にかけている様子だったから」
「え、あ、その……」
「なんだか疲れてるみたい。まあ、なんでもいいわ。じゃあね」
ベラが部屋を出ていくと、ブランシュはダルクの顔を見た。
「わ、私……何かしてしまいましたか?しゃ、しゃ、謝罪に……」
「ブランシュ、気にする必要はありません。きっと第四王女殿下が誤解しているだけですから」
ダルクはイヴァンの気持ちを理解していたが、黙って胸の中にしまったのだった。




