↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/65

57.おでことパン粥

「調子はどうだ?」


 食事を乗せたトレーを持って、部屋にやってきたイヴァン。

 机の上にトレーを置くとブランシュの隣にドンと座った。


「よ、よくなりました」

「ブランシュ、嘘はよくないよ」


 ダヴィドは笑いながら立ち上がると、ブランシュに小さく手を振る。


「じゃあ僕はここでおいとまさせていただくよ」

「あ、あ、ありがとうございました」

「早く出ていけ」

「兄に向ける言葉とは思えないな。ま、いいけどね」


 ダヴィドが部屋を出て行くと、部屋は静寂に包まれた。

 ブランシュはどうしたらいいのかわからずうつむき、イヴァンは大きなため息をついた。


「で?なんで俺に嘘をついた」

 

 イヴァンの低い声にブランシュは小さく飛び跳ね、手のひら1つ分横にズレる。


「具合、悪いんだな?」

「い、いえ……ほ、本当に大丈夫なんですが……」

 

 イヴァンはブランシュをじっと見つめると、おでこに手を当てる。


「まだ熱がある」

 

 ブランシュも真似しておでこに手を当ててみるが、何度やってみてもその意味がわからない。

 首を傾げるブランシュに、イヴァンはさらに大きなため息をついた。


「俺のおでこに手を当てろ」

「む、無理です!」

「いいからやれと言っているんだ!」


 ブランシュは目尻を下げたが、勇気を出してイヴァンのおでこにそっと手を当てた。


「反対の手で自分のおでこを触ってみろ」


 ブランシュは言われた通り手を当てると、イヴァンよりも自分のおでこが熱いことに気がついた。


「いいか?俺はお前の具合が悪いと言っている。異論はあるか?」

「……あ、ありません」


 イヴァンは自分のおでこからブランシュの手が離れると、おもむろに触られた場所をさすった。

 そして、ブランシュをじっと見つめる。


「お前……ダヴィドと何を話していた」

「ご、ご子息の話を」

「他には?」

「ほ、他には、ルイーズ様の話と……布をいただけることになりました。あ、それから、えっと、恋とは何かともおっしゃっていました」

 

 ブランシュは包み隠さずすべてを話すと、イヴァンの眉はぴくぴくと動いている。


「それを聞いてどう思った?」


 イヴァンの声が1つ低くなると、さらに手のひら1つ分横にズレる。


「い、いつも報酬を下さりとても感謝しております」

「違う、恋愛の話だ」

 

 ブランシュはうつむいたまま小さく床をきょろきょろと見渡した。


「い、いつかわかると言われましたが、その、私には関係のない話なので……」

「……そうか」

「イ、イヴァン様が教えてくださると、ダヴィド様がおっしゃっておりました」

「は?」


 体に響くほど低くなったイヴァンの声は、ブランシュを震え上がらせた。

 

「俺が未婚なのを知っていて言っているのか?」

「……未婚なのですか?」

「もういい、粥を食え」

 

 イヴァンは顔を擦ると、立ち上がってパン粥の入ったお皿を手に取った。


「ほら、食え」

「……これがお粥、ですか?」

「こんなものも知らずに、どうやってあの話を聞いていた」


 イヴァンにとって、体調不良イコールパン粥、もしくはすりおろした果物である。

 だが、呆れている理由はそれだけじゃない。


(これがお粥……絵本で見たのはこれだったんだ)


 ブランシュは少し前から、お粥が題材の絵本を読んでいた。

 ところが、ブランシュは自分の知らないものはたくさんあるからと、知らないことをイヴァンに伝えていなかったのだ。


「お前は病気の時に粥を食べないとしても、見たことぐらいあるだろう」


 イヴァンの考えは、奴隷だったブランシュには通じない理屈だった。

 

 体調が悪い人は奴隷に会いたがらないし、周囲の人は会わせたくない。

 ただですら関わりたくないのだから、当たり前の話である。しかし、イヴァンはそれを知らなかった。


「イ、イヴァン様が、その……初めてだったので」

「は?」

「びょ、病気の人に会ったのは、先日のイヴァン様が初めてだったので……も、申し訳ございません」


 イヴァンはブランシュの言葉の意味がようやくわかると、お皿をブランシュに突きつけた。


「まだ少し熱いから、冷ましてから食べるといい」


 ブランシュはチラリとイヴァンを見たが、膝を組んで頬杖をついている。


(スープではなさそうだし、パン粥ってパンではないよね?スプーンで掬えばいいのかな……)

 

 絵本で見たことがあるとはいえ、食べたことがないものは怖いものである。

 ブランシュは食べ方のわからないお粥に、どうしたらいいのかわからず、スプーンを持ったまま固まってしまった。


「食わないのか?」

「い、いえ……」


 なんとかスプーンで掬ったブランシュだが、やはり不安な気持ちはなくならず、震える手で口に運んだ。

 だが、口に入れる前にイヴァンは低い声でブランシュの名前を呼んだ。


「ブランシュ。ダヴィドの持ってきたものは食べるのに、俺が持ってきたものは食べないのか?」

「い、いえ、その、申し訳ございません……」


 ブランシュは勇気を出してスプーンを口に入れたが、腫れが残っているためか、あまり味がわからなかった。


「どうだ?」

「……美味しいです」


 イヴァンは、ブランシュの言葉を嘘だと思った。

 いつも目を輝かせて食べるのに、きょとんとするばかりで2口目を食べなかったからだ。

 

 それがイヴァンの何かに触れてしまった。

 

「お前は嘘ばかり」

「……あ、その」

「これだから……奴隷はなぜ自分を大切にしない?毒の可能性がわかっていたなら、そもそもそんなことはやるべきじゃないと、なぜわからない?」

 

 ブランシュはイヴァンが何を言っているのか、本当にわからなかった。

 ただ、イヴァンが本気で怒っていることだけがわかり、お皿を床に置くとイヴァンに背中を向けた。


「申し訳ございませんでした」

「……なぜそっちを向いている」

「罰を与えてください」

「……こちらを向け」

 

 ブランシュは中庭で奴隷を見た時と同じように、無表情でイヴァンの目をじっと見た。

 イヴァンはブランシュから目を逸らすと、頭を掻きむしる。

 

「危険を証明するのは奴隷の仕事です。しかし、それがイヴァン様を不快にさせてしまったのなら、謝罪させてください。大変申し訳ございませんでした」

 

 ブランシュの淡々とした言葉に、イヴァンは血の気が引いた。


「もういい」


 イヴァンは床に置かれたお皿を手に取ると、ブランシュの横にぴたりとくっついて座り直す。

 そして、トレーの上のハチミツをお粥にかけた。


「口を開けろ」

「はい」


 ブランシュは素直に口を開けた。

 イヴァンはスプーンに息を吹きかけて冷ましてから、ブランシュにお粥を食べさせる。


「はちみつは喉に良い。痛まないなら食え」


 ブランシュはイヴァンに手を伸ばし、お皿を受け取ろうとしたが、イヴァンは渡さなかった。


「俺が食べさせる」

「イ、イヴァン様!?お手を煩わせるわけにはいきません!」


 ブランシュはパニックに陥ったが、イヴァンはいつも通りに戻ったブランシュを見て笑った。

 だが、部屋を出るまでの話である。

 


 ♢



「イヴァン様、おかえりなさいませ」


 ダルクの声かけを無視したイヴァン。

 ダルクは慣れた様子でヴァレットに指示を出し、湯浴みの準備を整える。


「どうしてすぐに罰を欲する」

「私はいりません」

「普通はな」

「それよりもイヴァン様、服を脱いでください」


 いつも以上に項垂れるイヴァンに、ヴァレットたちはどう接したら良いのかわからなかったが、ダルクは違う。


「イヴァン様の態度は無視して、早く湯浴みを終わらせましょう」

「「かしこまりました」」


 なんだかんだ言いながらも湯浴みを終えたイヴァンは、ぐだぐだ言いながら寝室へと向かった。

 

 そして、翌朝ダルクが起こしに行くと、イヴァンは布団の中から出てこなかった。


「イヴァン様、仕事が待っております」

「具合が悪い」

「ではおでこを。失礼いたします」

「いや、それはダメだ」


 イヴァンは急いでベッドを出ると、早く着替えさせるようダルクに命じる。


 いつもなら熱がなくても、無駄に手を当てさせるイヴァンが珍しく起きてきたので、顔には出さなかったもののダルクは驚いた。

 同時に、気まぐれな主人に手を焼くのであった。

第10章完結

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。