55.薬と看病
「ダ、ダヴィド様?」
リゼットの部屋を出たブランシュは、ダヴィドに手を引かれて強制的に自分の部屋に向かって歩いた。
「まったく、騙されたよ」
「……私?た、大変申し訳ございませんでした!」
「そういう意味じゃないんだ」
ダヴィドは立ち止まって謝ろうとしたブランシュの手をぎゅっと握り、そのまま歩き続ける。
昼食を取らないブランシュを心配し、朝と夜にダルクとチャトゥラを交互に派遣した。
ところが全く姿が見当たらず、偶然通りかかったジュリエットが声を掛けてきたことで判明したのだ。
「ご飯、全然食べてないって聞いたが?」
ジュリエットはブランシュがご飯を食べに来ないうえに、来ても少し食べて先に帰ってしまうと心配していた。
「そ、それは……」
ダヴィドの顔は、恐ろしいほどの笑顔である。
ブランシュは手を引かれていなかったら、後ずさりしていただろう。
「遅い!」
ブランシュの部屋の階段の下で待っていたのは、イヴァンとダルクだった。
「えっと、その……」
「いいから来い」
反対の手をイヴァンに掴まれ、いよいよ逃げ場がなくなったブランシュ。
ブランシュはダルクをチラリと見たが、ダルクは首を横に振った。
♢
「反応が遅いとは思っていたけど、集中しているのかと思っていたよ。考えてみたらわかったのに」
「ダヴィド、お前ちゃんと様子を見とけよ」
ダヴィドはリゼットの安全を名目に、縫製室を毎日覗いていた。
一方でイヴァンは、犯人探しの調査報告書の処理で忙しく、様子を見に行くことができなかったのだ。
「お前痩せただろ」
「も、申し訳ございません……」
「ベッドに座れ」
イヴァンの圧はもちろん、ダヴィドからも感じる圧に、ブランシュはベッドにちょこんと座った。
「失礼するよ」
ダヴィドはブランシュのおでこに手を当てると、眉間にしわを寄せた。
「これでよく働いていたね。でも、さすがに頑張りすぎかな」
「だいたいそれを止めるのがお前の仕事だっただろ、ダヴィド」
「申し訳ない」
イヴァンの鋭い視線に、ダヴィドは手を合わせる。
「ブランシュ、お前今すぐ寝間着に着替えろ」
「え!?」
ブランシュは思わずベッドから立ち上がったが、イヴァンに肩を押されストンと座った。
「で、でも、その」
「ブランシュ、これは命令だ」
「悪いが僕からも命令する。着替え終わったらドアをノックしてくれ。階段で待っているから」
命令という言葉に逆らえないブランシュは、2人の王子とダルクが部屋を出て行くと、渋々制服を脱いだ。
それから自分のおでこに真似をして手を当ててみる。
(どうしておでこに触ったんだろう……何かわかるのかな?)
「……お、お待たせいたしました」
ブランシュがドアを開けると、イヴァンは手を引いてすぐにブランシュを再びベッドに座らせる。
「ブランシュ、袖をまくってくれるかい?」
「い、いえ、できません!」
「悪いが失礼するよ」
ダヴィドが申し訳なさそうに、ブランシュの左腕の袖をまくった。
「で、殿下に汚いものを見せてしまい、大変申し訳ございません!」
ブランシュはすぐさま袖を下ろそうとしたが、ダヴィドは手首を掴んで離さない。
「……ブランシュ」
「お前、この状態で働いていたのか!?」
ダヴィドは言葉を失い、イヴァンは壁を殴った。
(ど、どうしよう……怒らせてしまったわ!)
パニックになったブランシュは、掴まれた手を何とか振りほどこうとしたが、ダヴィドの力には敵わない。
「すまない」
ダヴィドがブランシュの異変に少し遅れて気がつくと、すぐに手を離した。
ブランシュは今度こそ腕を隠そうとしたが、イヴァンの声で体が固まった。
「その腕を見せろ、いいな?」
震えるブランシュはコクコクと頷く。
「イヴァン、もう少し優しく言わないと。ブランシュが怯えているじゃないか」
「お前が強く握ったからだろ」
2人は言い争いをしながらも、ブランシュの腕からは目を離せなかった。
パンパンに腫れた左腕には、真っ赤な斑点がぎっしり。よく見ると右の手のひらも赤く見える。
「無理をしすぎだ、バカ」
イヴァンがブランシュを鋭い目つきで見ると、ブランシュの肩が大きく跳ねる。
それでも自分は大丈夫だということを、ブランシュはなんとか説明したかった。
「き、き、利き手じゃないので……」
「それでも掻くほど辛かったんだろう?」
ブランシュは部屋に戻ると我慢できず、何度も掻いたであろうところが跡になっていた。
「こ、これは、その……夏に草むしりをするようなもので、よくある……その……」
ブランシュの言葉は、言い訳ではない。
痛みには慣れっこだったため、熱もただ体がいつもより重いという認識でしかなかったのだ。
ダルクは、ハーブの入った軟膏の瓶や包帯の入ったかごを机の上に置いた。
「失礼いたします」
チャトゥラは部屋に入って来ると、冷たいタオルの入った桶を机の上に置き、ダルクの横に立つ。
「ブランシュ、顔が赤いですね。タオルを持ってきたので冷やしましょうか」
先ほどよりも顔が赤くなったブランシュを見て、チャトゥラ以外の3人は体調が悪化したのだと思った。
(この部屋に男性4人は多いよ……。しかも皆さま近くて手汗が……痒い)
イヴァンが瓶を手に取ると、ブランシュはお尻1つ分横に移動する。
「そ、それはなんですか?」
「薬だ」
「そ、そんな高価なもの、い、いただけません!」
ブランシュは慌てて手を引っ込めると、そのまま壁に背中をつけた。
「イヴァン、ちょっと静かにできるかい?」
声は優しいのに、ダヴィドはイヴァンを刺すような視線を送った。
「ブランシュ、ちょっと失礼」
「ひぃ!も、も、申し訳ございません!」
ダヴィドに抱きかかえらるようにして、強制的に寝かされると、その隙にイヴァンが腕に薬を塗る。
「あ、あの、ベッドを汚してしまいます」
だんだん呼吸が荒くなってきたブランシュは、なんとか起き上がろうとしたものの、ダヴィドにおでこを突かれただけでベッドに逆戻り。
「さ、ちょっとヒヤッとするよ」
チャトゥラが絞ったタオルを、ダヴィドがおでこに乗せると、ブランシュの肩がビクリと跳ねる。
「あ、2人はもういいよ。あとは僕たちでなんとかするから」
「「かしこまりました」」
ヴァレットの2人が部屋を出て行くと、イヴァンはブランシュに心配をぶつけた。
「もういい!寝ろ!」
「イヴァン」
イヴァンに呆れながらも、ダヴィドは腕にもタオルを巻き、鼻が隠れない程度に目元までタオルをかける。
それからお腹をトントンすると、すぐに寝息が聞こえた。
「ほんとになんなんだ、こいつ」
「イヴァン。君はいつも冷静なのに、どうしてブランシュが絡むとそうなるんだい?」
ダヴィドがニヤニヤと笑いながらブランシュに布団を掛けると、イヴァンは不貞腐れたように部屋を後にした。
♢
川で水浴びをしたうえに、無理がたたったブランシュの熱は、お披露目式当日にピークを迎えた。
ダルクとチャトゥラは参加しないわけにはいかず、イヴァン付きとダヴィド付きのヴァレットを1人ずつ、ブランシュの部屋に置くことになった。
パーティー終了後もダヴィドは来賓への挨拶があり、イヴァンとダルクは8時間ぶりに部屋を訪れたのだが、ブランシュとヴァレット2人が床に座っているのを見てぎょっとした。
「……どうした」
「イヴァン様!私たちが来てから全然寝てくれなくて」
「薬も塗らせてくれません」
ブランシュは、2人がイヴァンとダヴィドのヴァレットだと信じられず、受け取ったら折檻が待っていると思い、ふらふらしながらも攻防を続けていた。
「すまなかった。2人とも今日はもう休め」
「申し訳ございません」
「お先に失礼いたします」
2人のヴァレットが席を外すと、イヴァンはブランシュを抱えてベッドに座らせる。
限界に近かったブランシュは声もあげず、素直に座った。
「ジュースなら飲めるか?」
「い、いえ、大丈夫です」
「飲め」
「……はい」
ブランシュがジュースを2口飲むと、イヴァンは軟膏をブランシュの腕に塗り、ダルクは冷たいタオルをおでこに乗せた。
「すぐに寝たな」
「そうですね」
横になるとすぐに寝付いたブランシュだが、うなされており息が荒い。
「次からは命令書を書く」
「それがよろしいかと思います」
♢
「ブランシュ!な、何をしているのですか!?」
いつも冷静なダルクの驚いた声が、廊下に響き渡った。
「ダルク様?」
忙しいイヴァンに変わって夜中に様子を見に来たダルクは、部屋に続く階段を雑巾がけしているブランシュを見て、固まった。
「何をしているんですか。行きますよ」
ブランシュの落ち着いた態度に、ダルクは手を取ってそのままベッドへと向かう。
首を傾げるブランシュを見て、すぐにイヴァンの元へ戻って報告をした。
「というわけで、朦朧としているのか気がつくと働いておりまして……」
「……わけが、わからない」
言葉を失ったイヴァンはダヴィドと相談のもと、ダルクかチャトゥラを常時ブランシュの部屋に配属した。
その際だけは、自分にヴァレットを10人以上つけることを約束し、ダルクとチャトゥラは了承したのだった。
♢
お披露目式から3日後、ようやく熱が少し下がったブランシュ。
「いいかい、二度と無理をしてはいけないよ。わかったかい?」
「体に異変が生じたら、すぐに報告すること、約束しろ」
「……か、かしこまりました」
ブランシュは、なぜ怒られたのかよくわかっていなかったが、全て自分が悪いのだと結論付けた。




