51. お披露目式のドレス
第六王女のジェルメーヌを見た王族や貴族から、すぐに毛糸マントの希望が殺到した。
しかし、他の縫い子が同じものを作るためには、編み図を起こさなければならない。
「それで、この段は何編みになっているの?」
ブランシュは編み図を書けない。
そのため、アンが練習用で制作した毛糸マントを見ながら書くことになった。
「えっと……」
編み図を書けないブランシュは、何編みかわからないまま経験から編んでいた。
「はぁ、じゃあここの部分を編んでみて」
結局アンが見てもわからない部分を、ブランシュが編んで見せる。
何度もため息をつくアンに、ブランシュは申し訳なさでいっぱいになった。
「あなた、文字を勉強するなら編み図も勉強しなさい」
アンの言葉に、ブランシュの手が震えた。
(ど、どうしよう!イヴァン様やダヴィド様が罰せられてしまうかもしれない……)
焦るブランシュを見た縫い子たちは、微笑ましく思い心の内で笑った。
アンの棒針の名前を皆の前で読んだことを、ブランシュはすっかり忘れていたのだ。
(あれ……?みんな聞こえてなかったのかな。よかった)
ブランシュがビクビクあたりを見渡していると、アンは頭を抱えた。
「編み図は私が教えるわ。じゃないと講師が務まらないでしょう」
「あ、あ、ありがとうございます」
少しでもたくさん働きたいブランシュにとって、それはありがたい言葉であった。
だから、ブランシュはアンにそっと耳打ちをした。
「ア、アン様。あの、あとでその、巾着を持ってきますので、えっと……貨幣はどれくらい必要ですか?」
思わず笑ってしまったアンは、その手を止めた。
「手当は王子様方に請求いたしますので、必要ありません」
「い、いえ、私が!」
これ以上、イヴァンやダヴィドの負担になるわけにはいかない。
ブランシュは必死だったが、縫い子たちは我慢できず声を上げて笑った。
♢
「お披露目式のドレスも作りなさい」
編み図が完成すると、ブランシュに初めてリゼットから直接依頼が入った。
もちろん縫製室へ迎えに来たのは、リゼットではなくレディースメイドである。
「お、仰せのままに」
「今回もチュールを入れてちょうだい、わかった?」
「か、かしこまりました」
ジェラールはもうすぐ生後1か月を迎え、そのお披露目式が近づいている。
当然式の後にはパーティーがあり、女性陣はドレスに力を入れるのだ。
「で、殿下」
「リゼットって呼んでって言ったでしょ!」
「も、申し訳ございません!」
ブランシュはすぐに膝をついたが、リゼットは冷たい視線を送ると立つよう命じた。
「すぐに土下座しないの!みっともないわ」
「も、申し訳ございませんでした!」
「それと誕生日パーティーは長袖だったけど、14になったし肩を出したデザインがいいわ」
大人に憧れるリゼットにとって、長袖は子どもの象徴。
ブランシュも紫陽花色のドレスでは、デコルテも首もレースで隠した。
「14歳の誕生日パーティーで着たドレス、見たい?」
「よ、よろしいのですか?」
当時ランドリーメイドになったばかりのブランシュは、5月に迎えたリゼットの誕生日パーティーに無縁であった。
そもそも普通の使用人は、王族の衣装を見る機会などない。
「特別に見せてあげるわ」
レディースメイドが出してきたのは、緑色のドレス。
(リゼット様に良く似合う、目がくらむようなドレスだわ)
ブランシュの顔を見たリゼットは、満足げに目を細める。
「どう?最高に美しいでしょう?」
全身に縫い付けられていたのは、星のように輝く金属製のスパンコール。
「さすがに主役は私じゃないから、もっと落ち着いたデザインになるとは思うけど、当然緑はなしよ」
「か、かしこまりました」
リゼットはブランシュが頭を下げると、わざとらしく咳ばらいをした。
「デザインが変わるから、サイズは測り直しになるかしら?私、忙しいんだけど」
ブランシュは両手でエプロンを握ると、眉を下げて謝罪した。
「も、申し訳ございません。リ、リゼット様の身長が伸びましたので……その、全て測らせていただきたいのですが……」
初めて会った4月よりも、半年でぐっと背が伸びたリゼット。
結果、毎回全部が測り直しである。
「仕方ないから特別に許可してあげる。それにしてもあなたは本当に小さいし、少しも大きくならないわね」
ブランシュはリゼットと2つしか歳は変わらないが、同じ程の背丈だったリゼットは、すでにブランシュを追い抜いた。
「チュールを使ったデザインなら色まで全て任せるから。その代わりわかるわよね?」
「お、お、仰せのままに」
♢
音も立てずに部屋を出ると同時に、ブランシュはリゼットの期待に応えるべくデザインを考え始めた。
(ルイーズ様はきっと深い赤紫をお召しになるだろうし、リゼット様の花はりんごの花だから……)
ジェラールに王族の花として与えられたのは、赤紫のダリアだった。
ダヴィドもルイーズも、赤紫色の衣装を着るのだろう。
一方でリゼットがピンクを好きだと知った時から、ブランシュはいつかピンク色のドレスを作りたいと考えていた。
繊細で品のある白と薄いピンクが美しいりんごの花は、嫡出子のリゼットにふさわしいと言える。
(灰色やベージュが混じったような、落ち着いた色ならどうだろう)
ところが、、後ろからぶつかって来た2人のメイドが、真剣に考え込んでいたブランシュの思考を止めた。
「ちょっと!どこ見てるの!?」
「ちゃんと前を見て歩きなさいよ!」
勢いよく転んだブランシュは、青いリボンが目に入ると、この2人が王族に仕えるレディースメイドだと瞬時に理解した。
ブランシュは瞬時に土下座する。
「た、大変申し訳ございませんでした」
おでこをつけて声を震わせたブランシュに、2人のメイドは満足げに鼻で笑った。
「身の程をわきまえなさい」
「これだから下級は嫌いなのよ」
♢
「ブランシュ、その手どうしたの?」
カリーヌは、ドレスのデザインを描いていたブランシュの手が赤くなっていることに気がついた。
「ちょ、ちょっと転んでしまって」
「気をつけてね。ブランシュの手は特別なんだから」
「そこ!口より手を動かす!」
「すみません」
アンはルイーズのドレスを作っているので、リゼットの縫製室にはいない。
ジャネットはここぞとばかりに、ブランシュと喋る縫い子を注意して回っていた。
(私のせいでカリーヌさんが怒られちゃった……ごめんなさい)
♢
ブランシュは、おやつの時間にリゼットのもとを訪れた。
今までにない、スカート部分を全てチュールにするという大胆なデザイン。
肩を出したいという要望に応え、大きなつけ袖をつけることで露出感を減らした。
ブランシュが1番悩んでいたドレスの色は、ベースを淡いピンク色。
そこに、薄いベージュや透けるような茶色のチュールを混ぜることで、落ち着いていながら華やかに仕上げることにした。
リゼットはこのデザインをすぐに気に入り、早急に取り掛かることとなった。
レース編みがないことから、月組の縫い子は手配してもらえず、星組の縫い子たちと制作することになったブランシュ。
「ねえ、私たち場違いじゃない?」
そう声を漏らしたのはカリーヌ。
リゼットの縫製室には、星組の縫い子が15人と空組長のジャネット。それから空組の刺繍入り縫い子が5人。
「今回のデザインは相当大変だと予想される上に、時間がありません。今後もこのような状況が起こるでしょう。よって、あなたたちも勉強する必要があります」
アンは決定事項を発表すると、そさくさと部屋を出て行ってしまった。
「で、では型紙を引ける人は前回の型紙をもとに、お、大きめに制作をお願いします。ジャ、ジャネットさんとティナさんは採寸に……」
こうして嫌々ため息をつくジャネットと、裁縫教室でブランシュを好きになったティナは、リゼットの新しい型紙を完成させた。
「緊張する」
「まだしつけ糸なのにね」
2日目の空組の縫い子の仕事は、目立たない裏地にしつけ糸を縫うことだった。
布を待ち針で固定した後、生地がずれないようさらに糸で固定する作業だ。
5人が黙って作業を始めて数時間後。
様子を見に来たアンは、マドレーヌにハサミを渡した。
「あなた、布を切ってみなさい」
マドレーヌは、誰よりもきれいにしつけ糸を縫っていた。
ところが、マドレーヌは初めてシルクを触ったばかりであり、突然のハサミに緊張で手が震えた。
「シ、シルクが……申し訳ございません!」
「一番小さなパーツなので問題ありませんし、何事も練習です。何度も行えば、必ずできるようになります」
案の定マドレーヌは滑るシルクに苦戦し、チョークの上をまっすぐ切ることができず、布はガタガタになってしまった。
だが、アンはそうなるとわかっていてハサミを渡していた。
アンが立ち去ると、マドレーヌの目に涙が浮かぶ。
ブランシュは驚いて立ち上がると、慌ててポケットからハンカチを取り出した。
「ブランシュ、ありがとう」
「挑戦させてもらえるなんて、それだけマドレーヌがすごいんだよ」
カリーヌの励ましに、マドレーヌは受け取ったハンカチで涙を拭いた。
「だいたいさ、刺繍糸を解けるようになったの最近じゃないの」
「そうそう!なんで6本1組なの?解くのが精一杯だったころに比べたら、私たち成長したと思わない?」
5人の縫い子は励まし合い、ブランシュも一生懸命頷いた。
「じゃあそろそろご飯行こっか」
昼食の時間になり、片づけを始めた縫い子を見ても、ブランシュは手を動かしていた。
「何やってるの?ブランシュも行くよ!」
「……ど、どうしてですか!?」




