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50.ブランシュと空組の縫い子の休日

 ペリーヌの分の上着を作り終えた数日後。

 ブランシュに、久しぶりの休日を過ごすようイヴァンから命令が下った。


 皆の前で発表されたブランシュに、逃げ場はない。

 しかしジュリエットは仕事なので、ブランシュはどうしようか悩んでいた。

 

「ブランシュ、今日は何をするの?」

「え、えっと、特には、その……」


 休みを取れる立場になってから半年以上経っても、ブランシュは休みの使い方がわからなかった。


「それならさ、ブランシュも空組の部屋においでよ」


 朝食後、ブランシュを誘ったのはマドレーヌだ。

 同じく休みの縫い子たちも、いいアイデアだとマドレーヌを褒め、ブランシュの手を引いて歩き始める。


 ブランシュは戸惑うばかりで、ついて行くしかなかった。

 そして、懐かしい空組の部屋にそっと入る。


「じゃじゃーん!ブランシュってトランプできる?」

「は、はい……一応」

 

  お金のないメイドたちは、月に1度王都へ遊びに行くことが最高の贅沢である。

 ブランシュはお金はあるが、毎回髪を染めるのが大変だったので、あまり気が向かなかった。

 

 そんな中、普段の下級メイドの娯楽と言えば、トランプかあやとりが一般的だった。


「今日は8人でオールドメイドだね」

「ブランシュ、ルールわかる?」

「お、同じ数字のペアを捨てたらいいんですよね?」

 

 ブランシュはトランプがとても久しぶりだったのと、奴隷と使用人でルールが違うのではと心配した。


「そうそう。それで最後にクイーンが残った人の負けね」

 

 ちなみに、オールドメイドはどの地域でも同じルールである。

 文字が読めない人たちも、このゲームなら同じ数字を揃えるだけなので、クイーンのマークを覚えるだけで楽しめる。


 

「またカリーヌの負け」

「カリーヌってわかりやすいもんね」

「その点、ブランシュはすごく強いよね」


 ブランシュは、久しぶりのトランプに笑みがこぼれた。

 縫い子たちは珍しいブランシュの笑顔に、思わず声が出そうになったが、誰も口にはしなかった。


「トランプって面白いけど、ちょっと飽きるのよね」

「わかる。今日はブランシュがいるから面白いけど。あやとりにする?」


 マドレーヌがトランプを置くとブランシュはそれを拾い上げ、ちらりとみんなの顔を見た。

 

「あ、あの、えっと、嘘つきってゲームはどうですか?」

「なにそれ!」


 やはり声を上げたのはマドレーヌ。

 ブランシュはトランプを並べ、声をうわずらせながらも一生懸命説明した。

 

 Aから始まって2-11、そこからJ、Q、Kの順番に、1番目の人からカードを出していく。

 もし順番通りのカードを持っていなかったら、他のカードをこっそりと出し、他の人がそれを嘘だと思ったら「嘘つき」と言う。


「そ、それで、最初にカードが無くなった人が勝ちです」


 嘘つきは、上級使用人の遊びである。

 というのも、まずこの順番を覚えなければならないので、下級使用人は教えてもらえず、知らない人が大半だった。


 この順番をすぐに覚えたのはカリーヌと、アメリという縫い子。

 そこで、試しに3人でやってみることになった。


「じゃあブランシュからね」

「は、はい。では、A」

「2」

「3」

「う、嘘つき」


 ブランシュは、カリーヌが「3」と言って出したカードを指さして、「嘘つき」と言った。


「なんでわかったの!?」


 カリーヌがひっくり返すと、そこには「5」のカード。


「え、えっと、私が3を4枚持っていたので、3を持っている可能性は0だから、その……」


 皆がすごいすごいと顔を見合わせると、マドレーヌがカリーヌの後ろにぴたりとくっついた。


「私はカリーヌを応援する!」

「じゃあ私はブランシュ」

「私はアメリを応援するわ」


 こうして大盛り上がりした空組の縫い子たち。

 隣の星組の縫い子たちは、何事かと思い覗くぐらいだった。


 

 ♢



「せっかくのお休みなのにいいの?」

「そうだよ。たまには一緒にどう?」

「あ、ありがとうございます。でも、ほ、本当に大丈夫です」

「そう?」

 

 昼食の時間になり、皆はトランプを片付けて、部屋を出て食堂へと向かった。

 ブランシュはやはり昼食を取ることに慣れず、1人自分の部屋へと向かう。


「おい、どこにいた」

 

 ところが、部屋に続く階段の下でイヴァンが待ち構えていた。その横にはダルクも立っている。


「お前が昼食を食べないことなどお見通しだ」

「も、申し訳ございません……」

「ついて来い」


 イヴァンが振り返ることなく歩き始めると、ブランシュはちょこちょこと歩いて追いかけた。


(本当にイヴァン様は元気になったんだわ!よかった)


 イヴァンを怒らせてしまったことに申し訳なく思いながらも、早歩きしないと追い付かないイヴァンの歩く速さに、ブランシュは安堵したのであった。

 


 ♢

 


「イ、イヴァン様?」


 ブランシュは、自分が中央の中庭に向かっていることに気がつくと、冷や汗が止まらなかった。

 

「あ、あの、ど、奴隷は」

「うるさい」

「も、申し訳ございません。で、でも……」


 中央の中庭は、王族の場所である。

 貴族ですら入らないのが暗黙の了解であるため、使用人の間では様々な噂話が流れるぐらいだ。

 

 以前のように、深夜に忍び込むのとはわけが違う。


「あ!ブランシュだ!」

 

 毛糸マントを着た女の子は、ブランシュを見つけると一目散に走ってきた。

 少し後ろの方には、お揃いの毛糸マントを着た女性が立っている。


「ブランシュ、これあげる!」

 

 ジェルメーヌは、ブランシュの立場など知らない。

 ただ、ブランシュという人が、自分の上着を作ったのだという程度の認識である。

 

「えっと……」


 ブランシュは、差し出されたどんぐりを受け取ってよいのかわからず、イヴァンの顔をそっと見る。

 しかし、ニヤリと笑うだけでイヴァンは助けてくれない。


「いらないの?」

「い、いえ!その、で、殿下にいただけて、こ、光栄です」


 ジェルメーヌはブランシュの言葉の意味はわからなかったが、受け取ったということを理解すると、手を振って走り去った。

 

 ブランシュは受け取ったどんぐりを、手のひらに1つ乗せたまま動けなかった。


「お前、そんなのその辺に捨てておけ」

「そ、そんなことできません……」


 ブランシュはハンカチを取り出すと、丁寧に包んでからポケットにしまった。

 

「虫が湧いても知らないからな。ほら、次行くぞ」


(まだあるの!?どうしてイヴァン様はずっと私にかまうのかしら……)

 


 ♢


 

 イヴァンはキッチンの裏口の近くのレンガに腰掛け、ダルクはその横に立っていた。

 ブランシュは少し離れたところでうつむき、イヴァンとダルクを交互に盗み見たる。


「……まさかここまでとはな」


 イヴァンは下級使用人用の食事を作っているキッチンへ行き、今日のスープの余りが欲しいと言った。

 だが、ブランシュが奴隷だったことを知っている料理長は、イヴァンにブランシュの立ち入りを断ったのだ。


 ブランシュにとっては当たり前のことで、ダルクも一般常識として知っている。

 ただ、イヴァンだけが衝撃を受けていた。


「第三王子の名を使っても入れないとは思わなかった。俺は奴隷の昼食に、余ったスープをと思っていただけなんだが」


 イヴァンの発言に、ブランシュは開いた口が塞がらない。

 ダルクも目を見開き、声が出なかった。


「そもそもブランシュは縫い子だろ。奴隷はどうして入れないんだ」

「それは……」


 ダルクは答えを言いかけて、ブランシュをチラリとみる。説明すると、ブランシュを傷つけるとわかっていたからだ。

 ブランシュは小さく首を振る。


「……奴隷が食事に触れると穢れるからです。正直、スープは厳しいかと」


 イヴァンは思わず立ち上がった。


「ダルク、お前ができることをやれと言ったんだ」

「それにしてもやりすぎです」

「ブランシュ、お前はどう思う」


 眉をひそめたイヴァンを見て、ブランシュはゴクリと唾を飲み、慎重に言葉を選ぶ。


「ス、スープのような贅沢品は、その……み、皆様の気分を害してしまうと思います」

「じゃあどうする。蜂蜜でも配るか?」

「イヴァン様!」


(……言ってもいいのかな?)


 ブランシュは悩みに悩んだ末、風の音で消えてしまいそうな程の小さい声で答えた。

 

「イヴァン様、あの……そ、そもそも、ど、奴隷には昼休みはないので、食べる場所がありません」


 イヴァンもダルクも、ブランシュを見ると口をぎゅっと結んだ。

 そしてイヴァンは大きなため息をつく。


「考え直す」


(やっぱり怒らせてしまったわ……)


「ブランシュ!」

「マ、マドレーヌ……」


 昼食を食べ終えた空組の縫い子は、1人ポツンと立ち尽くすブランシュを見つけて駆け寄ってきた。


「時間あるなら今からまたトランプやろうよ」

「いいよね、行こ行こ!」


 ブランシュはマドレーヌとカリーヌに手を引かれ、再び空組の部屋へと連れていかれるのだった。

第9章完結

50話までブランシュたちを見守ってくださり、ありがとうございます!

これからも物語はまだまだ続いていきます。

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