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49.毛糸のマント

 お見舞いから2日後のお昼。

 ブランシュは、茶色い頭巾付きのマントを作り上げた。


「短いスカートを被ってるみたいな、長い頭巾を被ってるみたいな」

「それなのにどうしてこんなにおしゃれなの?」

「やっぱり毛糸だからじゃない?」


 ふわふわで優しい印象を受ける上着に、縫い子たちは興奮した様子で顔を見合わせた。


「完成したか?」

 

 縫製室を覗きに来たイヴァンは、ブランシュが作業している机に腰掛ける。


「イヴァン様!た、体調はもう大丈夫なのですか?」


 ブランシュはずっとイヴァンを心配していた。

 そのため、思いが言葉となって溢れてしまった。


 だが、ブランシュの言葉と焦った態度に、縫い子たちは一斉にイヴァンを見つめる。

 なぜなら誰も、イヴァンの発熱について知らないからである。


「何のことだ?」


 イヴァンは戯言を聞いたかのように、意味がわからないといった顔でブランシュを見た。


「それより完成したなら見せてみろ」


(ど、どうしよう……秘密の話だったのかも……)


 落ち込むブランシュをよそに、イヴァンは新しい上着を手に取り広げた。


「ほお、悪くない。今日の15時に持っていく。お前も来い」

「お、仰せのままに……」


 イヴァンが部屋を出ていくと、編み物をしていた縫い子たちはブランシュに質問を投げかける。


「ねえ、イヴァン様の体調不良って何?」

「風邪でも引いていたの?」

「どんどん寒くなっているもんね」


 ブランシュは慌てて弁解する。


「わ、私がぶつかってしまって……その、お、お怪我を……だからその」


 苦し紛れの言い訳だったが、縫い子たちはすぐに納得した。

 普通なら刑罰が与えられるような出来事も皆、ブランシュなら仕方ないと思った。


 廊下で聞き耳を立てていたイヴァンは、ダルクを笑いながら小突いた。



 ♢

 


 約束の時間の少し前。

 縫製室まで迎えに来たイヴァンに、ブランシュは小さな声で話しかけた。

 

「あ、あの、イヴァン様」


 しかし、少し先を歩くイヴァンにブランシュの声は届かない。


「イ、イヴァン様」


 ブランシュはちょこちょこと走って近寄ると、イヴァンのジャケットの裾を引っ張った。


「なんだ」


 イヴァンが足を止めると、ブランシュはすぐさま頭を下げた。


「さ、先ほどは申し訳ございませんでした。私のせいで、その」

「きちんと誤魔化せたのか?」


 イヴァンはブランシュが何を言いたいのかも、どうやって誤魔化したのかも知っていたが、ブランシュを試すように淡々と質問した。


「う、うまくいったかはわかりません。だからその……第六王女殿下にこちらを献上しましたら、罰を与えてください」

「うるさい!俺の元には何も上がってきてない。つまりはそういうことだ。行くぞ」


 ブランシュの真剣な言葉に、イヴァンは思わず大きな声が出てしまった。


「だいたいな、お前は……」


 イヴァンは誤魔化すように、ジェルメーヌの部屋に着くまでブランシュに小言を言い続けた。

 

(これが説教ということでいいのかな……?)


「イ、イヴァン様の寛大なお心遣いに感謝いたします」

「……もう、それでいい」


 

 ♢



 ブランシュは目の前のジェルメーヌを見て、依頼内容に納得した。


 王女とは思えない髪型は2本の三つ編みのみで、髪飾りは何もない。

 服もシンプルなワンピースで、動きやすさ重視だということがわかった。


「殿下これがうちの娘の上着?変な形だけど大丈夫なんですか?」


 相変わらずのペリーヌの態度に、レディースメイドは青い顔をしている。

 ブランシュはペリーヌの言葉に、イヴァンの責任になってしまうと思ったら、みるみるうちに血の気が引いく。


「そういえばフィッティングもなかったけど、本当に大丈夫なのかしら」

 

 イヴァンもペリーヌの言葉を聞いて、フィッティングをしなかったことに気がついた。

 ごわついて嫌だという希望に対して、フィッティングしないなど考えられないことである。


「ブランシュ、説明しろ」

「は、はい……」


 ブランシュは綺麗な直立をすると、声をうわずらせながら説明を始めた。


「ま、まず、伺っていた身長よりも少し大きめに制作いたしました」

「確かに少し大きいわね」

「せ、成長してもこの冬使えるように、その、着脱もしやすいかと、お、思いデザインいたしました」


 ブランシュが作ったのは、被るタイプ上着である。

 フィッティングをして完璧なサイズに仕上げてしまうと、中に着る服のサイズによっては使えない。


 そのうえ、子どもの成長は早いとダヴィドやアンから聞いていたので、少し大きめに作ったのだ。

 

「それならなぜボタンがついているの?被るなら必要ないわよね」


 ブランシュが上着の首元に、大きめのボタンを1つつけた。もちろん理由がある。


「も、もしもマフラーもつけるとなった場合に、首周りを広く使えるようにと思って……そ、そのようなデザインにいたしました」


 ブランシュの説明を聞いたペリーヌは、納得した様子でマントをぐるりと観察する。

 イヴァンは腕を組んで、ニヤリと笑っていた。


「ねえ、それ私のでしょ?欲しい!ちょうだい!」


 ジェルメーヌは奪い去る形で上着を手に取ると、すぐにそれを被った。

 しかし、フードが横に来てしまっている。


「だ、第六王女殿下。ボ、ボタンが前に来るように、えっと……」

「ジェルメーヌ、お母様が手伝ってあげるわ」

「やめて!」


 ジェルメーヌは部屋の端まで走ると、ボタンを自分の前にくるりと持ってくる。

 そして、笑いながらフードを被った。


「このボタンは飾り?」

「と、取れますよ、だ、第六王女殿下」


 ブランシュの言葉に目を輝かせると、小さい指で一生懸命ボタンを掴んだ。

 その様子を見たペリーヌとレディースメイドたちは、ため息をつく。


「この子ったら何でもやりたがるけど、結局できなくていつも泣くのよ?正直ボタンは付けないで欲しかったわ」


 頭を抱えるペリーヌを見たイヴァンは、それを鼻で笑った。


「ペリーヌ様、後ろをご覧ください」


 部屋の端っこに座り込んだジェルメーヌは、何度もボタンをつけては外し、つけては外して楽しんでいた。


「あら……いつも自分で!って怒るのに。できるようになったのね!偉いわ、ジェルメーヌ。これで外遊びが楽になるわね」


 ペリーヌも内心悩んでいた。

 王女なのだからレディースメイドにやってもらえばいいと言っても、自己主張が強くなってきたジェルメーヌに、手を焼いていたのだ。

 

「縫い子のあなた、どうしてうちの子が急に成長したの?今日の朝はできなかったのに」

「あ、それは、お、大きなボタンをつけたからかもしれません」


 王族の洋服についているボタンは、装飾が凝っており、子ども用であってもとても小さい。

 ブランシュは今でも手が小さいため、さらに小さかった子どもの頃の経験を上着に縫い付けたのだ。


「なんだか私も欲しいぐらいだわ」

「で、では、お揃いにいたしますか?」

 

 ちなみに、王族には普段着であってもお揃いという文化がない。

 大量生産されたデザインのものを着るのは、身分の低い者の特徴だからである。

 

「イヴァン様もダヴィド様と色違いのジャケットを着ていらっしゃったし……私もお揃いにしてもらおうかしら。これは流行りの最先端になるでしょうし、自慢になるわ」


 イヴァンが自慢げにペリーヌの顔を見る横で、ブランシュは目を細めてジェルメーヌを見つめた。



 ♢


 

「ブランシュ、よくやった。ところでお前、髪を下ろすと変わると言わないか?」

「えっと、か、髪を下ろすのは寝る前と、その、折檻を受ける時だけなので……わかりません」


 イヴァンは、あの日の夜について感じたことを聞きたかっただけなのに、どうしていつもこうなるのかと頭を抱えた。


「もういい。それより、なぜああも子どもが使いやすいものを作ることができた?子どもと関わる機会が多かったのか?」

「い、いえ……ありません」

 

 ブランシュはダヴィドの話と、アンの話だけを参考にしながら制作していた。

 

 アンはブランシュの選んだボタンを見て、とてもいいサイズだと褒めたのだ。

 そして、自分の娘も嫌々期は大変で、幼少期は地獄のようだったと話してくれていたのである。


「ペリーヌ様の分が終わる頃にまた顔を出す。明日は昼食を食べろよ、わかったか?」

「は、はい」


 ブランシュは途中の角でイヴァンと別れると、元気になったイヴァンに安堵した。



 ♢



「きっとすぐに母上から注文が入るだろうな」

 

 部屋に戻ったイヴァンは、それを口実に呼び出されると思うと気が重くなり、倒れ込むように机に突っ伏せた。

 

「それからダルク、俺は覚えているぞ」

「何をでしょうか」

「エヴィノールと白髪の関係について詳しく調べる。ひとまず文献を集めろ」

「かしこまりました」


 イヴァンはタンゾワールの王族から聞いた情報や、中庭で見た景色が心に引っかかってしかたなかった。

 貿易に繋がるという理由もある。

 なぜかそう自分に言い聞かせながら、調べることにしたのだ。

 

「ダルク、これも覚えているぞ」

「なんでしょうか」

「俺が喜ぶとか、ブランシュにでたらめを吹き込むのはやめろ」


 ダルクはイヴァンの言葉を無視して、小さく笑いながら紅茶を入れた。



 後に第六王女の上着は、毛糸マントと呼ばれるようになる。

 そして、王妃とリゼットのお揃いをはじめに、王宮内の娘と母親でのお揃いコーデが流行し始めることになるのだった。

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