45.議題
第六王女の部屋を訪れた3日後。
イヴァンは月に1度の、王子のみが参加する王政会議に出席していた。
「イヴァン、僕たちはまるで仲良しな兄弟みたいじゃないか?」
「ああ……お前のせいでな」
2人の背中には、色違いの狼とヒヤシンス。
ブランシュのデザインをもとに、トレードマークとなった刺繍を、いくつかのコートに仕立て屋に入れさせた2人の王子。
イヴァンはダヴィドがそれを着ることに納得していなかったが、だからといって自分が着ないのは不満だった。
結局、刺繍入りジャケットを着て王政会議に参加している。
♢
「それでは11月の王政会議を始めたいと思います」
参加者は7人の王子と国王。
進行は、第一王子であるダヴィドがいつも行っている。
「まずは我が息子、ジェラールのお披露目式について、私からご報告いたします」
男児が誕生すると、生後1か月でお披露目するのがこの国のしきたりである。
王族の場合は女児であってもパーティーを開き、国を挙げてお祝いをする。
その際庶子である王子は、自分の母親の繋がりを使って、貴族を招待しなければならない。
そうやって、自分の権威を示すのだ。
イヴァンは嫡出子のため、外交で得た繋がりを使って各国に連絡する。
この会議では、自分がどれだけの人を招待できたのかを報告するのだ。
ダヴィドとイヴァンの2人は招待客が多すぎるため、来賓リストをまとめて皆に配った。
そして、その中でも特に権威が高い人物について説明する。
第四王子のロランは頬杖をついて、2人のリストをつまらなさそうに眺めている。
イヴァンはそれを見て、毎度のことながらと思いつつも、ロランの王族としての執着心を評価していた。
(身分絶対主義者なのはひとまず、少しずつ繋がりを広げている点については評価できるな)
「次に第三王女が嫁ぐ件について。我が国が現在、貿易品に衣服を重視しているのはご存じだと思います。そこで、王女の嫁ぎ先である領地主のシルクの需要を考え、時期を少し早めたいと考えております」
「今必要なのは本当にシルクなのか?」
王の低い声に、ジュールと第六王子、第七王子が肩を震わせる。
王は時々、ダヴィドを試すような質問をした。その火の粉はイヴァンにも降りかかる。
「イヴァン、お前も同意見か?」
「そうですね。シルクを扱えるものの育成に力を入れるためには、まず練習するためのシルクが必要かと。この国の仕立て屋と縫い子は、ダヴィド王子が教育に力を入れているようなので、良いのではないでしょうか?」
一方、王の質問が自分に来ないことに対して、ロランは唇をぎゅっと結び、イヴァンに冷たい視線を送る。
その2つ横の席で、10歳の第六王子と8歳の第七王子は、興味がないのか眠そうである。
♢
「それでは本日の王政会議を終了いたします」
ダヴィドの言葉で、王子たちは廊下で待機している自分のヴァレットに資料を持たせると、そさくさと帰っていく。
「イヴァン」
イヴァンも部屋を出て行こうとしたが、王が一声で引き留めた。
この部屋に残ったのは、2人だけとなった。
「お前は第三王子だが、王妃の子だ。王を目指す気はまだないのか?」
「第一王子様がなればよろしいかと」
(またこの話かよ……)
王に興味がないイヴァンに、王は度々同じ質問を浴びせた。
「お前の考えは的確だ。ダヴィドと変わらん」
「父上、そんなことありませんよ」
「儂はまだ王太子をダヴィドに任命しておらんぞ」
この国では、第一王子が自動的に王を継げるわけではない。
王が王太子任命式を行って、初めて正式な王の後継ぎとなるのだ。
実際この国王も、元は第二王子だった。
「ではもう少し考えておきます。失礼いたします」
「イヴァン」
王に背を向けたイヴァンは、しかめた顔を隠すように笑顔で振り返る。
だが、王の顔は険しい。
「本題はこっちだ。嫁は?婚約者は?お前はいったいいつになったら取るつもりだ」
王の声がさらに低くなった。
(いい加減にして欲しい……)
本来なら、成人した王子は婚約者を取らなければならない。
もちろんもっと早く望めば、もらえるものでもあるが。
しかし相手を決めるのは王である。
政略に使われるのが一般的で、本人が特定の誰かを希望したとしても、それが外交に発展しない場合は却下される。
とはいえ、嫡出子は特別だ。
ダヴィドの場合は、本人も外交的にどの国と繋がるべきかよくわかっていた。
そこで自分の望む女性の容姿と国の候補をいくつかあげ、王はダヴィドの第一志望であるルイーズを嫁に迎えることを許可した。
リゼットは外交をよくわかっていない時期から、婚約者を欲しがった。
物心ついたころから恋愛に憧れていたリゼットに、8歳で王は婚約者を用意した。
もちろんここにも政略は絡んでいる。
ところが、イヴァンはとにかく恋愛に興味がなかった。
私生活でも人のご機嫌取りをしなくてはいけないと思うと、吐き気がした。
王宮内で自分に向けられる好意はよくわかっていたが、それすら面白くなかった。
「結婚は考えておりません、父上。
「いや、ダメだ。タイムリミットは22。22までに婚約者を決め、23までに結婚しろ。これは絶対命令だ」
国王は、自分の息子に頭を抱えていた。
女に興味のない男を見たことがない上に、興味が無くても欲はあるだろうと踏んでいたのだが、全く言うことを聞かない。
それどころか、今息子が目をかけているのは奴隷上がりの縫い子である。
「好きにしろと言ったのは父上ですよ」
「まさかこんなことになるとはな。それに、お前は今、玩具で遊んでいるのだろう?その欲を嫁探しに使ったらどうだ」
イヴァンは王の言葉に目を見開いたが、返事をする前に部屋を出て行った。
入れ違いでダルクが部屋に入って来ると、イヴァンは書類の束をダルクにたたきつけるように渡した。
「俺は最高に機嫌が悪い」
「存じ上げております」
大きなため息をついたイヴァンは、頭を掻きむしりながら部屋を出た。
「……最悪だ」
部屋を出たイヴァンを待っていたのは、壁に寄りかかったダヴィドである。
イヴァンは無視するように歩き出したが、ダヴィドはその横を、当たり前のようについてくる。
「本当に結婚する気がないんだな」
「何度もそう言っているだろう」
17で婚約し、19で結婚したダヴィドは、イヴァンの気持ちが少したりとも理解できなかった。
「それにしても、父上はイヴァンに甘いね。22なんて長いタイムリミットじゃないか」
「結婚なんて必要か?」
「それは君もわかっているだろう」
イヴァンも本当はわかっている。
王子が結婚しないと言うことは、国へ影響を与える。特に嫡出子となると、国の信用に関わるということを。
「いいじゃないか。結婚だけして金を与えておけば。あれだけ外交で王女様方と顔を合わせているのに、タイプの女性が1人もいないなんて……ちょっと気持ち悪いな」
これはダヴィドの本音ではなかった。
イヴァンという男の性格を知っていて、からかっているだけである。
しかしイヴァンはらダヴィドの挑発に乗ってしまった。
「その女が俺に惚れないと思っているのか?」
「惚れない女の子だっているだろう。ほら、頭に浮かぶ人物が1人いないかい?」
イヴァンが思わず足を止めると、ダヴィドはニヤニヤと笑う。
「なんだ、いるんじゃないか」
「……は?いないに決まってるだろ」
自分がモテるということを理解していたが、白髪の少女が頭に浮かんでしまった。
(俺が今結婚したら……あいつの面倒を誰が見るんだ?ただそれだけだ)
イヴァンはなぜブランシュが頭に浮かんだのか、自分でもわからなかった。
勉強を教えたり、お湯や炭のもらい方すらわからない少女を、無視できないという自分の良心だと思っていた。
「だいたい、俺は王になる気がない。結婚せずとも外交に力をいれればいいだろう」
「それなら僕が回すから心配いらないさ。君が僕が王になればいいと言ったんだから、努力するよ」
ダヴィドは言いたいことだけ言うと、チャトゥラを連れて逃げるように消えていった。




