44.第六王女の依頼
「第六王女がいったい俺に何の用だ?」
「謁見したいとしか聞いておりません」
イヴァンは何度もため息をつきながら、ダルクを含めた5人のヴァレットと王女の部屋に向かっていた。
「ごきげんよう、ジェルメーヌ王女」
「殿下、お待ちしておりました。こちらにお掛けください」
イヴァンは第六王女のジェルメーヌに挨拶をしたが、5歳の女の子は振り向くこともなく遊び続けている。
娘を注意するどころか、母親は早く座れと言わんばかりの態度に、イヴァンは今すぐ帰りたかった。
「イヴァン様」
ダルクが椅子を引くと、渋々イヴァンは腰掛ける。
「それでペリーヌ様。どういったご用件でしょう?」
腕と足を組んだイヴァンは低い声で、母親であるペリーヌに目を向ける。
ペリーヌは手をポンと叩くと、にっこりと笑った。
「うちのジェルメーヌはね、外で遊ぶのが大好きなんです!」
「そうですか」
「もちろん子どもは外で遊びたがるものでしょう?でもね、母親としては風邪を引かないか心配なんですよ」
ここ最近仕事が立て込み疲れているイヴァンは、ペリーヌの喋り方に眉がピクピクと動く。
正直いつもなら帰るところだが、第六王女の家の繋がりは不透明であるため、イヴァンは繋がりを知りたいと思っていた。
バレないように小さなため息をつくと、イヴァンもにっこりと笑った。
「もちろん、ジェルメーヌ王女の健康は私の願いでもありますよ」
「さすが、殿下はわかってくださいますよね!」
「えぇ、それで何にお困りでしょうか?」
外交スイッチの入ったイヴァンの笑顔にやられたペリーヌは、甘い声で答えた。
後ろにいるレディースメイドたちも、うっとりしている。
「この子ったらコートはごわついて嫌とか、クシャクシャってなるのが嫌と言って、全然着ないのよ」
「それは大変ですね。よろしければジェルメーヌ王女とお話しても?」
「もちろん!ジェルメーヌ、こっちにいらっしゃい」
小さな女の子は、目の前の男性が王子かどうかもわかっていない。
ただ遊ぶことを中断させられたという理由で、頬を膨らませている。
「ジェルメーヌ王女。あなたはコートが嫌なのですか?」
「だって邪魔でしょ」
「着ないと寒いでしょう」
「走るから平気だもん!」
ペリーヌはうんうんと頷き、レディースメイドたちはジェルメーヌの態度に顔を青くした。
イヴァンも子どもの頃はコートが嫌だった。
動きづらいし、重たいし、無駄に飾りがついているし、とにかく邪魔だった。
もちろん嫌だから着ないとはならなかったが。
王子らしいふるまいをしないと、当時すでに自分のヴァレットだったダルクに怒られた。
そのうえ、ヴァレット長であるダルクの父親にも、とても怒られたのだ。
(この母親は、いったいどうやってこのわがまま娘を育てる気なんだ?5年後が末恐ろしい……)
しかし側室になるということは、何かしらの伝手を持っているということなので、やはり蔑ろにすることもできない。
「子どものうちから運動はした方が良いと思うので、外遊びを制限したくないんです。でも、本当に全然コートを着てくれなくて」
「だって嫌なんだもん!」
ジェルメーヌの非礼を謝る気配のないペリーヌに、イヴァンはため息が出た。
「そこで殿下にお願いしたいのが、噂の縫い子になんとかしてもらえないかと」
「なぜダヴィド王子に頼まないのですか?」
「なぜって、第三王子殿下が所有権を持っていると伺ったので」
いろいろ言いたいことはあったが、イヴァンは何とか飲み込んだ。
ペリーヌはそんなイヴァンに全く気がつかず、ジェルメーヌを抱きかかえる。
「うちの娘はまだ5歳なんです。風邪をひいて、万が一熱でも出たら……殿下もこの気持ちがおわかりになるでしょう?」
確かに6歳までの子どもは、風邪1つで簡単に死ぬこともある。
しかしその大半は庶民の話であり、王族は暗殺される危険の方が高いとも言える。
イヴァンはあまりにも非礼なペリーヌに、ブランシュを簡単には会わせたくないと思った。
ましては自分に舐めた態度を取る人物には、自分の権威をわからせる必要がある。
「失礼ですが、ペリーヌ様?先ほどから貴方様は誰と話しているのですか?」
「え、それは殿下ですが?」
「私を誰だと思って話しておられるのかと、聞いているのですが」
「もちろん第三王子殿下のイヴァン様でございます」
戸惑うことのないペリーヌの後ろで、レディースメイドたちは今にも倒れそうなほど震えている。
それもそのはず。
王族自身の申し入れだったとしても、女性であるジェルメーヌに権威はない。ましては第六王女なのだ。
そしてさらに権力のない側室が、ヘラヘラとした態度を取るなんて、あってはならないことなのである。
(他の王子なら、こいつの首は飛んでいたかもしれないな)
イヴァンの考えに気がつくことのないペリーヌは、笑いながらさらに続ける。
「もちろん、その縫い子でダメならばコートを着せますよ。できるならお願いしたいだけ、という話です」
♢
「というわけなんだが、何か案はあるか?」
勉強に訪れたブランシュは、ペンを机の上に置き身構えた。
いつもは命令するイヴァンが、様子を窺うように優しい声で聞いてくるからだ。
「あ、あの、それは……コートじゃないコートのような物を作る。と、ということでしょうか?」
「希望に添えるならコートでも何でもいい」
ブランシュは両手を抱きしめるように握り、下を向いた。
いろんな種類の服や物を作ってきたが、コートを作ったことは片手で数えられるほどしかない。
そもそも奴隷にコートが支給されることはない。
ブランシュのいた伯爵家では、特別に腹巻きやマフラーの使用許可はあったものの、上着を着たことは1度もない。
図面を見れば縫えるだろうと思いつつ、新しいコートと言われても、新しいアイデアは全く浮かばなかった。
「パッチワークやマーメイドドレスのような、新しい何かがあればと思っただけだ。別にないならないで構わない」
「も、申し訳ございません……」
イヴァンはうつむくブランシュを見て、わがまま母娘だから無理の一言でいいと思っていた。
同時に、一泡吹かせるためのアイデアがあれば……とも思っていたが。
「とにかく急ぎじゃない。何かアイデアが浮かんだら報告しろ」
「か、かしこまりました」
♢
自分の部屋に戻ったブランシュは、絵がたくさん描かれた日記を開きながら、新しいコートについて考えていた。
「子どもが着やすいコートってなんだろう」
ブランシュは、子ども服を作ったことが1度もない。
理由は子どもと関わる機会がなかったからだ。
奴隷と関わるということは、穢れることである。大半の大人は子どもを近づけない。
ブランシュが物心ついた時、自分よりも10も上である伯爵の息子は小さな子どもではなかった。
「子ども服は頑丈で……柔らかい布?」
柔らかい布では温かくならないし、硬い布じゃ問題の解決に繋がらない。
「大きくなっても使えたほうがいいよね。子どもってどれくらいのスピードで成長するのかな」
きちんとフィットさせないと動きづらいのではと思いつつ、フィットさせすぎると着られる期間は一瞬になる。
日記を書き終わったブランシュはノートを閉じると、編み物セットを取り出し腹巻を編み始める。
イヴァンの許可で奴隷に物をあげてもいいことになっているため、ブランシュは奴隷用の腹巻を大量に作っているのだ。
イヴァンが「急ぎじゃない」「アイデアが浮かんだら」と言っても、真面目なブランシュがそれを真に受けるはずもない。
「そもそも年齢の低い王女様の普段着って、どんな服なんだろう。それに……」
ブランシュは寝落ちる寸前まで考え続けた。




