↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/63

40.疑問の始まり

「おやすみ、ブランシュ」

「鍵かけろよ」

「はい、おやすみなさい。失礼いたします」


 ブランシュを部屋に送り届けたイヴァンとダヴィドは、鍵が閉まる音を確認してから階段を降りた。


「イヴァン。1つ聞くが、なぜブランシュを縫い子にした?」

「今更奴隷に戻すと言うのか?」

「純粋な疑問さ」


 ダヴィドの質問に、イヴァンは頭を掻きながら、冷たい視線を送った。

 

「明らかに怯えていたが、布を見る目は職人そのものだった。あのビクビクした態度で、正確な答えが返ってきた。信じられるか?」

「にしてもだよ。リベットのドレスを任せるなんて賭けじゃないか?」


 ダヴィドもブランシュの腕は、もう十分知っている。

 しかしそれは今の話であって、本来奴隷にドレスを触らせるなんてあり得ないと思っていた。

 

「実際賭けだった。でも黒いリボンをつけた女が、長さや時計を知っていた。あり得るか?」


 イヴァンは当初ブランシュの様子を見て、身分を偽っているのではないかと思った。

 しかし、偽るならランドリーメイドを名乗ればいいと、一瞬でその可能性を捨てた。


 奴隷でいることに、メリットは1つもない。

 それは先ほどの光景で、改めて理解させられた。


「君の人を見る目は確かだからね。今更ながらよくやった」

「別にお前のためじゃない」

「知ってるよ、じゃあおやすみ」

「……ああ」



 ♢



 イヴァンは自分の部屋に向かいながら、道中すれ違う貴族令嬢やメイドの黄色い視線を無視した。


(裁縫技術もそうだが、観察力はどこで手に入れた?)

 

 ブランシュの物覚えが、特別いいわけじゃないことは、勉強を通して知っている。


 わからない。

 裁縫技術を練習する時間があったのか?奴隷にそんな環境があったのか?

 イヴァンはあったのだろうと結論づけた。


 しかし、観察力は努力だけでどうこうなるものじゃない。もちろん見るポイントを学べば、全くできないわけじゃないが。

 実際王族や高貴な身分の者は、観察力がないと失脚する可能性がある。そのため必死に観察することで、身につけていくのだ。


(暴力を受け続けたら、そうなるのか?奴隷はそうなのか?)

 


 ♢



「おかえりなさいませ、イヴァン様」

「ダルクは?」

「フロアのヴァレットの元へ」


 イヴァンが自室に戻ると、10人のヴァレットが就寝前の準備をしていた。

 

 ダルクはイヴァンのヴァレットであるが、上級ヴァレット長でもあり、とても忙しい。

 イヴァンが席を外す時は、ヴァレット長として働いている。


「この中で奴隷を見たことがある者は挙手を」

 

 イヴァンは椅子に座ると、さりげなくヴァレットに質問した。

 すると10人全員が挙手した。

 

「では奴隷と話したことがある者」

 

 すぐに7人が挙手する。

 

「お前、なぜ奴隷と話した」

「仕事を振るためです」

「お前は?」

「支給品を渡すためです」

「お前は」

「自分はぶつかられました」


 3人目の答えに、イヴァンの眉はピクピクと反応した。

 イヴァンは目を瞑り、深呼吸をする。


「お前はぶつかられてどうした?折檻か?」


 イヴァンは淡々と、感情を乗せず質問した。


「……申し訳ございません」

「なぜ謝る?」

「それは、その、奴隷にぶつかられたのに、折檻という程のことをしなかったので」


 ヴァレットは上級使用人として、正しい振る舞いができなかったことで、イヴァンに怒られると思った。

 イヴァンは深い息を吐くと、机に頬杖をつく。

 

「殴ったか?」

「いえ、蹴りました」

「……そうか」


 イヴァンにとって、奴隷はただの雑用係である。正直下級使用人と何も変わらない。


(奴隷は安い使用人ではないのか?)


 イヴァンは言い方がキツいことはあっても、暴力を振るうことはない。意味がないと思っていたからだ。


 指で机を叩くイヴァンを見ながら、支度を続けるヴァレットたちは、なぜ自分たちが奴隷について聞かれているのかわからなかった。

 

 イヴァンがブランシュに肩入れしていることは、もちろんヴァレットたちもわかっている。

 しかしイヴァンが“ブランシュという女の子”を気に入っているだけで、そこに“奴隷”が結びついているとは、想像もできなかった。


「全員今日は終いでいい」

「「かしこまりました」」


 ヴァレットたちはイヴァンに一礼してから、部屋を出て行く。

 同時に、ダルクが入れ違いで入ってきた。


「ただいま戻りました」


 ダルクはお湯の入った桶をベッドサイドに置き、ヴァレットが用意した石鹸やタオルを確認する。

 

「ダルク……俺はお前に暴力を振るったことがあるか?」

「ええ、剣術の時に」


 王子は成人するまで、毎日剣術を学ばなければならない。

 イヴァンは6歳の時から、6つ年上のダルクと剣を交えてきた。


「あれは……別に暴力じゃないだろ」

「剣術は人を傷つけることができるので、私は暴力と捉えることができると思います」

 

 剣術の授業では、たとえ王子であってもしっかりと叩かれる。技術とは、頭ではなく体に叩き込むものだからだ。


「イヴァン様だってダヴィド様に、本気で剣を振っていたではありませんか」

「木剣だろ」

「当たり前です」

 

 イヴァンはダルクと剣を交えるよりも、ダヴィドと交える方が、圧倒的に上達した。

 ダヴィドから受ける痛みを、一瞬で体が覚えたのである。

 

(確かに暴力は有効だ……)


「だから?」


 イヴァンの独り言に、ダルクは返事をしなかった。



 ♢



「イヴァン様、それでは私も失礼いたします」

「……待て」


 イヴァンは寝巻きになったはいいが、寝られる気がしなかった。

 いつもなら着替えが終わった時点でダルクに休みを取らせるが、なぜか1人になりたくない。


「何でしょうか?」

「お前は明日早いのか?」

「いつも通りでございます」

「じゃあ茶を入れろ」

「かしこまりました。お酒が残っているようでしたら、ハーブティーはいかがでしょうか?」

 


 ♢



 ブランシュはベッドに入ろうとして、突然響いたノックに飛び上がった。


「ブランシュ、開けろ」


 低い声にブランシュが慌ててドアを開けると、イヴァンとダルクが立っている。


 ブランシュは初めて見るイヴァンの寝巻き姿に、思わず目を背けた。


(わ、私が見てはいけないものだわ……なんでこんな時間に!?)


 驚きと焦りを隠せないブランシュを見て、イヴァンも驚くと同時に安堵していた。


「お前……寝ようとしていたのか?」

「は、はい!あ、いえ、も、申し訳ございません……」


 きっとブランシュも眠れず、暗い顔をしているかもしれないと思っていたイヴァンは、すっかり拍子抜けしてしまった。


「心配して損した」

「も、もう1度おっしゃっていただいてもよろしいでしょうか?」

「なんでもない!」


(やっぱり私何かしてしまったんだわ。奴隷の売買は夜に行われるの?……メイド服を着ているとダメなのかも)


 用件が勉強でも裁縫でもなさそうなので、ブランシュはいよいよ売られるのだと、イヴァンの目を見ることができなかった。

 イヴァンの言葉を聞き取れなかったことも、余計ブランシュを不安にさせた。


「お前、茶に付き合え」

「……え?」

「いいから部屋に入れろ」


 イヴァンはブランシュの返事を待たず、そのまま部屋に入る。


 ブランシュはお辞儀をしてから、イヴァンの元へ歩こうとしたが、視線を感じて振り返った。


「私も入ってよろしいでしょうか?」

「も、もちろんです!申し訳ございません!」


 ダルクはブランシュにお礼を言うと、机の上に籠を置いてお茶の準備をした。

 ブランシュがドアを閉めると、イヴァンはいつものようにベッドに座っていた。


「お前、手のひらを見せてみろ」

「……えっと」

「早く来い」


 イヴァンは会食で、ブランシュが手を強く握りしめていたことを思い出した。

 しかしブランシュはイヴァンの前に来たが、もじもじとするだけで手を見せない。


「……この手はどうした?」


 イヴァンは我慢できず、ブランシュの手を掴んだ。

 手のひらはくっきりとした爪の跡が4つと、内出血したかのように赤く滲んでいた。


「も、申し訳ございません……売り物が

「……もう1回言ってみろ」

「そ、その、売り物を傷つけて……」


 イヴァンは会食での様子と、中庭での顔を思い出し、ブランシュの手を離すと頭を抱えた。


「ダルク、茶は?」

「できております」


 ダルクはイヴァンとブランシュに、カップを1つずつ渡した。


「ブランシュ、飲め」

「は、はい!……いただきます」


 ブランシュは温かいお茶を飲むと、心までポカポカとした。


「いいか?お前はこの国の縫い子だ。誰にも売らない、わかったら返事をしろ」

「……はい」


 イヴァンは今日何度目かわからないため息をついたが、ブランシュがお茶に目を輝かせているのを見て、目を細めた。


「ブランシュ、寝れそうか?」

「は、はい。ありがとうございます」


 ブランシュは売られないことを知って、無意識に肩の力が抜けた。


(明日もジュリエットに会えるんだ)


 ブランシュの口角が少し上がると、イヴァンの口角も上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。