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38.白髪の面影

 皆の視線が痛いほど刺さる。

 ブランシュは緊張で息が吸えなかったが、奴隷に戻るということを考えたら、頭の中だけはなぜか静かだった。


 沈黙が続く部屋で、ブランシュが土下座しかけた時。

 それを制止するかのような、大きな声が会場に響いた。


「縫い子よ、こちらに来なさい」


 広間には、ブランシュの小さな足音しか聞こえない。

 

 ブランシュは震える足を必死に動かし、タンゾワールの王の前まで行くと、膝をつこうとした。

 しかしタンゾワールの王は、突然勢いよく立ち上がる。

 

 ブランシュは驚きのあまりひっくり返りそうになったが、その両手をタンゾワールの王が握った。


「素晴らしい!この国は縫い子でこのレベルなのか。それは仕立て屋の技術も素晴らしいはずだ」

「ありがたいお言葉ですな。ぜひこの縫い子を見てもらいたいと思いましてね。縫い子の技術を向上させるのは苦労しましたが、気に入っていただけたようで光栄です」


 ブランシュは自国の王の言葉に驚き思わず王の顔を見ると、深い灰色の瞳が自分を捉えていることに気がついた。

 体の芯から震えが止まらなかったブランシュだが、逃げ場はない。


 タンゾワールの王がブランシュの手を離した後も、2人の王はブランシュについて盛り上がった。

 

 

 ダヴィドはそれを見て、心の内で笑っていた。

 すごいのは仕立て屋ではなく、ブランシュ自身である。

 もちろんここで自分の父親が「これは元奴隷です」なんて言うはずもないので、タンゾワールの王がその事実を見抜くことはないだろう。

 常識に囚われている王を見て、思わず笑いそうになったのである。

 

 ルイーズの言葉は本心だった。

 ブランシュはすごい縫い子で、それは元奴隷だという事実があっても変わらない。

 パッチワークをする時も、刺繍が来る位置や自分が気に入っている布地を、ブランシュはよくわかっていた。

 自分の親を目の前に、考えるよりも先に言葉が出てしまったのだ。


 仕立て屋たちの内心は複雑である。

 王が喜んで掲げているハンカチを、自分たちが作ったことには違いないが、デザインをしたのはブランシュで、見本まで作ってもらっている。

 作品の作成者を名乗るのは、本来デザインをした人なので、他国の王族を前に羞恥心に襲われていた。



 皆がいろいろなことを思うなか、ブランシュはまだ動けずにいたので、チャトゥラが元の位置まで誘導した。


(これは、奴隷の売買として金額を釣り上げているのかな……それとも私が奴隷だと告白することを待っているの?)


 今にも倒れそうなブランシュだったが、余計なことを口にするのも恐ろしく、結局何もできないまま立っているしかなかった。



 ♢



 気づけば会食は宴会となり、酔っぱらった2人の王は話し込んでいた。


「そういえばフィルドール国は、最近エヴィノール国との交流はありますかね?」

「直近ですと、うちの第四王女の成人パーティーに来訪していただきましたが。タンゾワール国の方はいかがですか?」

「今度14年ぶりに交流することが決まっていましてね。最近使いの者が行き来しております」

「ではいよいよ動き出したという感じですかな」


 お祝いの場であっても、お酒が入っても、王は王である。外交をきちんと忘れない。


「あ、なぜ私がエヴィノール国の話をしたかと言いますと、そこの縫い子を見て思い出したのですよ」

「……あぁ、なぜ儂は気づかなかったのだろうか。エヴィノール国の王が変わってから忘れていたよ」


 浅い息を必死にしていたところ、突然2人の王の視線を感じたブランシュの息は、止まりそうだった。

 ブランシュはタンゾワールのことも、エヴィノールという国のこともわからないので、いよいよ自分が売られるのだと思った。


 しかしなぜかタンゾワールの王は、懐かしむように笑いブランシュを指した。


「あんなにも真っ白で美しい髪は……昔のエヴィノール国そのまんまだ。あ、縫い子の君。気を悪くしないでくれ。口が滑ったんだ」

「お酒の席ですから。それに、うちの縫い子に気を遣う必要はありません」


 いったい何の話をしているのか、何を謝られているのか、ブランシュには全くわからなかった。

 わからないから、とにかく不安で仕方ないブランシュ。

 

「そうですか?そうそう、刺繍はエヴィノールの名産品だったのを覚えておられますか?」

「確かにそうでしたね。お前、出身はエヴィノール国なのか?」

 

 王の言葉に、場が静まり返り、皆の視線は再びブランシュに向けられた。


「あ、え、ち、違います……に、西側の領地の……」


 王は大きなため息をつき、頭を掻く。


「だそうです。すみませんね、つまらない縫い子で」

「いやいや、そんなことないですよ。そんなことより……」


(王様に見られるのは、他の方の比じゃないわ……)


 この時のブランシュは、手を強く握りしめすぎて、ほんのり赤く滲んでいた。


 

 ♢

 


「本日はありがとうございました。明日の夕食も楽しみにしております」

「こちらこそ、ではまた明日」


 明日の夜はパーティーが開かれ、王妃のマーメイドドレスはそこでお披露目するという。

 ブランシュは参加しないことになっていたので、今日売られると思っていたのだ。


 各々挨拶をしていると、タンゾワールの王太子妃であり、フィルドールである第一王女のエリーゼが、ダヴィドの元へ挨拶に来る。


「本日は誠におめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 エリーゼはニッコリと笑うと、ダヴィドに囁いた。

 

「ダヴィド様?いつの間にこんな素敵な物を手にしたの?」

「物、ね……」

「また後で使いの者をだすわ」

「わかった」

 

 エリーゼにとっては、ブランシュが奴隷であっても縫い子であっても、王族じゃないのならそれは物だった。

 王族としてはそれが正しいとわかっていながらも、ダヴィドから小さなため息が漏れる。


「ブランシュ、こちらに」


 ルイーズはダヴィドの様子から何かを察したが、そんなことよりもブランシュと話したかった。


 気づけばこの部屋には、片付けをする使用人と、ダヴィドのヴァレット。それからルイーズのレディースメイドだけになっていた。


 固まっていたブランシュは、慌ててルイーズの元へ行き頭を下げる。

 ルイーズは小さく笑うと、ジェラールを抱きかかえた。

 

「ブランシュ、この子がジェラールよ。デイブ似でしょ?」

「部屋以外では名前で呼んでくれないか?愛称で呼ばれているところをブランシュに見られるのは、結構恥ずかしいんだよ」


 ダヴィドはルイーズの肩ごと、寄せるように2人を抱きしめた。


 ブランシュは見てはいけない物を見たような気がして、つい目を瞑る。


「ブランシュ、せっかくだからジェラールのことを撫でてやってくれ」

「む、無理です!」


 ダヴィドの言葉に、ブランシュは自分の両手をグッと握る。

 しかしダヴィドが笑うだけなので、ルイーズがダヴィドを小突いた。


「ブランシュだってこんなに小さな子は怖いのよ。あと1か月ぐらいしたら、こっそり抱っこしてもらいましょ」

「確かにそうしようか」


 ブランシュは赤子とはいえ、王族のジェラールに触れることなど考えられなかった。

 てっきりルイーズが助けてくれるのかと思いきや、撫でるよりも難しい課題が決定してしまい、ブランシュは声が出なかった。


「ブランシュ、このブランケットとてもかわいいでしょう?」

「……え?」

「これを使う時に見に来てねって、私言ったじゃない」

 

 ひとまず奴隷として売られなかったことに安堵すると同時に、申し訳なくも思うブランシュ。

 自分の部屋に戻るよう言われたが、なんとなく足が向かなかった。

 


 ♢



「今日も飲まされていたね、イヴァン」

「……うるさい」


 ダヴィドはイヴァンの部屋に行くと、机に突っ伏せるイヴァンを見て笑った。


「酒に強くないんだから、ダルクに手伝ってもらわずにうまく対処できるようにならないと」

「わかってる!お前何しに来たんだよ」

 

 ガンガン響く頭と熱い顔のせいで、イヴァンは最高潮に苛立っていた。その後ろに、ダルクは静かに立っていた。


「君が席を外してから、タンゾワールの王が面白いことを教えてくれたんだ。せっかくだからイヴァンにも教えてあげようかと思ってね」

「どうでもいい」


 顔を覆い俯くイヴァンを見て、ダヴィドは机に腰掛けるとゆっくり口角を上げた。

 

「白髪は昔のエヴィノールのようだ」

「……は?」


 イヴァンは思わず立ち上がったが、目が回ってよろけた。ダルクが支えていなかったら、机に体をぶつけていただろう。

 

「しかもエヴィノールは刺繍で有名な国らしいよ」

「白髪の人間なんて、ブランシュ以外に見たことがない。だいたいエヴィノールとこの国の関係は薄いだろ」


 エヴィノールはこのフィルドールの北側にあり、片道だけで1週間近くかかる遠い国である。

 この2.3年になって、ようやく繋がりが出てきたばかりで、お互い未知の国なのだ。

 

「昔、エヴィノールに行った時のことを覚えているかい?」

「行ったことあったか?」

「調べてみたら1度だけあった。僕が11だから、君はまだ5歳だね」


 イヴァンは覚えているはずもないダヴィドの話に、しんどい体を再び机に突っ伏せる。

 

「ただ、僕はそれを聞いて思い出したんだ。なぜ忘れたのかも不思議なくらいに、王の白髪は印象的だったんだ」


 ダヴィドがささやくように告白すると、勢いよく顔を上げる。


「……どういうことだ」

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