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34.第四王女の成人パーティー

 月組、星組、空組から選ばれた縫い子と、各組の長、アン、ブランシュでベラのパーティードレスを作ることになった。


 ブランシュは王女のドレス作りの場に仕立て屋がいないということが、普通じゃないともう知っている。よって、縫い子の自分の立場を考えるたびに、心臓がバクバクしていた。


「ブランシュ、シャンパンって何?」

「えっと……わ、わからない、です」


 3人の組長とアンは、驚きのあまり手が止まった。


「ブランシュ、シャンパンっていうのはお酒のことだよ」


 マドレーヌはにっこりと笑う。以前貴族の家に仕えていた時、マドレーヌは見たことがあった。


「あなたなら、パーティーでこの色のお酒を見たことあるでしょう?」


 アンも思わず心の内を口にしてしまった。


「も、申し訳ございません……」


 うつむくブランシュを見て、マドレーヌは手元の糸を針に通しながら目を細める。


「そういえば私、初めて本物の金触っちゃった」

「私も私も」

「なんか緊張するよね」


 アンはため息をつくと、「そうね」と答えた。



 ♢



「本当に2回も仮縫いしないとだめなの?」

 

 本来なら仮布を1度型紙通りに組み立てて、モデルにフィッティングする。しかし今までにないデザインなので、ブランシュは2度目の仮縫いをしているところだった。


 だが体を見られたくないベラにとって、複数人の縫い子が部屋に来るフィッティングは、逃げ出したくなるほど怖いことだった。

 

 ベラはブランシュ1人で行って欲しいと言ったが、1人だけで調整することはできないので、アンと2人でフィッティングする。

 胸が大きい人と違い、少ない凹凸を完璧で美しく縫う必要があるので、精密さが求められるのだ。


 ブランシュはテキパキと手を動かしながらも、静かすぎる部屋に違和感を感じていた。


(何度来ても、この部屋にはレディースメイドが2人しかいない。それだけ人に……会いたくないんだわ)

 

 短い時間で確実に作業を終えると、ブランシュはアンと部屋を出た。


「ブランシュ、少しいいかい?」


 ベラの部屋の前には、ジュールが肩をすくめて立っていた。


「第二王子殿下、私は席を外させていただきますね」

「いや、すぐに済むんだ」


 アンが気を使うと、ジュールは慌てて止めた。


「そ、その……ブランシュ、君にもパーティーに参加してほしいんだけど、お願いできるかな?」

 

 アンはもう、ブランシュがパーティーに出ることに驚かない。驚いているのはブランシュだけだった。


(私がデザインしたから、きっと責任を取るためだわ)


「も、もちろんです」

 

 

 ♢

 

 

 青いリボンを付けた2人のレディースメイドの後ろに、白いリボンの縫い子が1人。

 美しく輝く廊下を、ベラがゆっくりと歩いていく。


「ど、どうして私が最後に会場へ入らなければならないの?」

「ベラ様、主役は最後に入場するものですから……仕方ありません」

「私たちも後ろから見守っておりますから」

 

 深い赤が目を惹く、華美なドアの前で、ベラは震えていた。


「骨盤と肩甲骨を立て、首はまっすぐ正面に。足をクロスするようにゆっくりと歩く……そうよね、ブランシュ」

「はい」


 ベラが3回深呼吸をすると、ドアがゆっくりと開いた。


 勇気を出してベラが一歩踏み入れると、一瞬で会場は静まり返る。

 ベラにとって、それは永遠のように感じた。

 

 ベラを含め、ブランシュと2人のメイドも、思わず目を閉じた。

 しかし次の瞬間、会場は喝采に包まれた。

 

 ベラは目を見開くと、そこでイヴァンが隣に立っていたことに気がついた。


「お手をどうぞ」

 

 イヴァンの手を取ると、ベラはエスコートされながら階段を降りる。

 王と王妃の前まで歩くと、イヴァンから手を離しお辞儀をした。


 王はベラの頭にティアラを載せると、低い咳払いをした。


「これより汝、我が娘の第四王女ベラに祝福を」


 皆が大きな拍手で祝福を送ると、ベラは胸を撫で下ろし、再びイヴァンの手を取る。


 そしてホールの中央まで進むと、ベラはイヴァンとファーストダンスを踊った。

 

 ブランシュと2人のメイドは、目を細めて見守った。

 

 

 ♢


 

 ダンスを終えたベラは、ホールの隅へ無意識に足が向いた。

 だが、ダヴィドが阻止するようにベラの手を取り来賓の挨拶に回る。


「これが幻の第四王女様」

「美しすぎるから表に出てこなかったのでは?」

「ぜひ嫁にと、後で王へ申し立てをしよう」

 

 貴族は口々にベラを賞賛し、未婚であると知ると嫁に欲しがった。


「王女殿下、そのドレスはどこの仕立て屋が作った物ですか?」

「えっと……」

「まるで人魚のような美しいドレスですね!」

「あ、ありがとうございます……」


 ベラは大勢の人に囲まれ、ひどい目眩がした。今すぐ部屋に戻りたかったが、ダヴィドが腰に手を添えるので、逃げることもできない。


「まあまあ、皆さま落ち着いてください。ベラ王女、ぜひそのドレスを作った者を紹介してください」


 ダヴィドがにっこりと笑うと、女性たちの目が溶け、甘いため息に包まれる。

 

「その……ぬ、縫い子が私のために、えっと、1つだけのドレスを作りました」


 ブランシュはダヴィドに手を引かれ、ベラの横に立たされた。


「まだ子どもじゃないか!」


 17歳には見えない小柄なブランシュを見て、貴族は皆声を上げた。

 そして、エリアーヌの成人パーティーに来た人たちは驚きを口にする。

 

「やっぱりあの子、縫い子ですって」

「例外の仕立て屋ではなくて?」

「高貴な家の子なのかしら」

「それでも表向きは、誰か仕立て屋を立たせないか?」


 皆がブランシュに目を向けると、ブランシュは震えを抑えられなくなった。


(やっぱり私……してはいけないことをしてしまったのかもしれない)


 ブランシュの手の震えに気づいたベラは、会場に入ってから初めて笑った。

 ベラの笑顔を見たダヴィドは、その場をそっと去ったのだった。



 ♢



「お前、ふざけんなよ」


 イヴァンは王族を含め、たくさんの男性に囲まれていた。

 ダヴィドが人混みを掻き分け隣に立つと、イヴァンは小声で、しかしとても低い声で睨みつけた。


「色違いの刺繍とは、仲のよろしいことで」

「動物の刺繍に狼ですか」

「新しいですね、素晴らしい!」


 2人の背中側の襟の下には、そっくりな刺繍がされていた。


「白い狼とは……新しい発想ですね」


 イヴァンには白い狼と、紫のヒヤシンス。

 ダヴィドには灰色の狼と、青いヒヤシンス。


「常に新しいというのは面白いかと思いまして」


 ダヴィドはジャケットを直す仕草をしながら、最高の笑顔を浮かべた。


「俺が縫い子に刺繍させたのが始まりなんですがね」

 

 ダヴィドに怒りをぶつけるような言い方を無視され、イヴァンの苛立ちは最高潮になった。

 とはいえパーティーの場なので、ひたすら我慢するしかないイヴァンであった。



 ♢


 

 イヴァンは最後の挨拶回りを済ませると、ブランシュがどこにもいないことに気がついた。

 ベラもレディースメイドたちも、知らないという。


「なぜあいつはいつもいなくなる?というか、ダヴィドの刺繍はなんだよ、あれ。何も聞いてないんだが?」


 募り積もった苛立ちを抱えながら、イヴァンはブランシュを探した。

 案の定、いつものように北側の中庭にいたブランシュ。


 イヴァンは声をかけようとして、それをすぐに飲み込んだ。

 柱の向こうのブランシュは、ジュリエットと井戸の隣に座っていたからだ。

 

 実は、ジュリエットも数日前に誕生日だったが、ブランシュは忙しくて当日に祝えなかった。


「これ、遅くなってごめんね。あの、プレゼントなんだけど……」


 ブランシュは茶色い紙袋から、レースの付いた紫陽花色のポーチをジュリエットに渡す。


 布は手芸屋で買った物で、ジュリエットのドレスに使った布の販売許可が、無事に降りたと店主が言っていた。


「いいの!?」


 ジュリエットは喜びのあまり、ブランシュに抱きついた。


 イヴァンはブランシュに背中を向けると、ホールに残っていた物を布で包み、再び中庭に顔を出した。

 

「イ、イヴァン様……その、も、申し訳ございません」


 ブランシュは慌てて頭を下げたが、イヴァンはそれを無視した。そして包んだ布をジュリエットに突きつける。

 

「お前、以前役に立ったメイドだな?これをやろう」


 それだけ言うと、イヴァンはそのまま立ち去った。


「な、なんだったんだろう……ブランシュ、わかる?」

「わ、わからないけど、私がパーティーの片付けをしなかったからかも……」


 2人は恐る恐る布を開くと、中には白いパンが2つ入っていた。


「すごい!白いパンだ!ブランシュ、ありがとう!」

「え、あ、これはイヴァン様が……。えっと、私は関係なくて」

「関係あると思うんだけどなぁ」


 ジュリエットは腕を組んで、頬を膨らませた。

 

「そ、そうだ……あ、あの、ジュリエット。もしよかったら、私の部屋に来ない?」

「いいけど、なんで?」

「は、はちみつをかけるのはどう?」


 ブランシュは、自分が初めてはちみつを食べた時、イヴァンがパンにかけてくれたのを思い出した。


 ダヴィドは柱の陰から2人が走り去るのを見ると苛立ちを忘れ、満足そうに微笑んだ。

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