33.コンプレックス
ブランシュは、自分の体形について考えたことが1度もない。そんな必要もなかった。
制服であるメイド服は多少ダボついたところで問題ないし、丈は長すぎたので自分で短く直した。
それで問題ないのである。
でも、王女は違う。
男性に好まれるのは豊満な体形で、特に胸とお尻の丸みが重要である。
ブランシュもドレスの依頼が入った時は、胸元が強調されるように胸下でドレスを締め、大きなパニエが活かされるようなスカートを作る。
しかし目の前の女性の体形は正反対。
胸から腰まですとんとまっすぐに落ちており、お尻も特別大きくない。豊満どころか、王女にしては細すぎる。
だが、ブランシュはすらっと長く伸びた手足を美しいと思った。
白い肌は、きっとどのドレスの色も映えるだろう。
(第四王女殿下が着ていた濃い紫のドレス。フィットしていなかったのって……)
あえてぶかぶかにすることで体形を隠そうとしたのか、フィッティングを拒んだ結果なのか、はたまた両方か。
ブランシュはベラを傷つけない言葉を考えていると、ベラは大きなため息をついた。
「わかったでしょ?今すぐ帰ってちょうだい。ドレスはなんでもいいわ」
ベラがワンピースを着ると、ブランシュは「また来ます」と部屋を後にした。
ドアの向こうのジュールは、おどおどとしながらもブランシュに質問攻めした。
(第四王女殿下の体形を最大限に活かすドレス。今まで通りじゃダメだわ)
♢
従来のドレスに合わせて綿で体を補正しても、ベラの悩みは解決されない。
ブランシュは北の中庭の端っこで、木の枝を片手にデザインを考えていた。
(きっといくら紙があっても足りないわ。まず人の形を描いて……)
まず、あの美しい腕は出すべきだとブランシュは考えた。手足が細いのは一般的にも悪いことじゃない。
1つ目の問題は、胸が小さいこと。
胸を隠すように、デコルテも首も隠してしまおうか?
いや、ベラの長い美しい首はチャームポイントになるから、隠したくない。
2つ目の問題は、腰回りは細くお尻が小さいこと。
胸下でドレスを絞っても、ウエストでドレスを絞っても、腰からお尻にふくらみがなければ美しくない。
パニエを大量に重ねてもいいが、それでは踊るのが大変だろう。
普通の人でさえドレスはとても重い物なのに、あの細さでは踊れないかもしれない。
ブランシュは何度も砂の上の絵をかき消した。
そしてあと1つというところまできて、行き詰った。
草の上に膝を抱えて座り、ぼんやりと周りを見渡す。
ブランシュ視界の端に、白い猫が座った。その尻尾は、体に巻かれるように地面に垂れている。
「これかも!」
急いで自分の部屋に戻ったブランシュは、頭の中に残っているデザインを紙に書き写した。
(主役の王女様のドレスを、1か月で作らなければいけない。とにかく時間がないわ)
♢
翌日ベラの部屋にブランシュは、ダヴィドとイヴァン、そしてジュールの4人で向かうことになった。
(仕方ないけど……私を囲む王子様方の存在を汚しているようで、申し訳ないわ)
ジュールがベラの部屋をノックすると、メイドが機械のように「帰ってください」と言った。
しかしダヴィドが外から声を掛ける。
「ベラ王女?第一王子のダヴィドです!入れていただけませんか?」
メイドは慌てて顔を上げると、ダヴィドと目が合い慌てて頭を押さえた。
そして部屋の中のベラも、諦めたように部屋の中に通すようメイドへ声を掛ける。
「ご、ごきげんよう……だ、第一王子殿下、第三王子殿下。お兄様と、昨日の奴隷……」
「驚きすぎですよ。僕は手紙を書いたじゃないですか。とりあえずこの縫い子の描いたデザインを、見てやってくれませんか?」
ベラは顔を覆いながらも椅子に腰かけ、デザインを見せるように言った。
ブランシュが素直に紙を広げると、4人は大きく目を見開き、ベラにいたっては思わず声を上げた。
「待って!?あなた……仕立て屋なの?」
ベラは驚きのあまり立ち上がった。
だがダヴィドがそっと肩に手を置き、ゆっくりと口角を上げる。
「まあいいじゃないですか。とりあえずこの“縫い子”の説明を聞きましょう」
ブランシュは状況が良くわからず、ひとまず説明することにした。
紙に描かれているデザインの、デコルテからウエストまでは普通である。
しかし腰で絞った後に、おしりの下でもう1度絞る。そして膝上から再び裾が広がるデザインは目を引いた。
加えて、床に流れるような布が、伸ばした腕の肘よりも長く広がっている。
「腰のリボン自体は新しくないのに、なぜこうも魅力的に見える?」
イヴァンの質問に、ブランシュはデザインを指でなぞって説明した。
「じゅ、従来のデザインではリボンが邪魔になるので、お、お尻にリボンを乗せるかリボンを細くします。しかしこのデザインなら、上下にしっかりとふくらみをつけたリボンにできる……のです」
ベラはコンプレックスであるお尻を、リボンで隠せるアイデアを素晴らしいと思った。
「そ、そして足元に流れるシルクの裾を見ようとすると、皆さま1度下を向くことになります。それから顔を上げると、オーガンジーの透ける袖からすらっと伸びた、だ、第四王女殿下の手の美しさが良く映えると思います」
「首元に布が無いけど……その、め、目立つと思うんだけど……」
ジュールは首もデコルテも出したデザインを見て、目立ちたくないベラを思って質問した。
「その、成人する女性が隠している方が不自然かと。そ、それに第四王女殿下の美しいデコルテと首を隠すのは、もったいないと思います」
ブランシュの説明を最後まで聞いたベラは、つい納得してしまった。
しかし気になる点が1つある。
「あなた、背中が空いているのはなぜ?目立つでしょう?」
ベラはブランシュに手招きすると、耳元でささやいた。
背中は大きく空いており、腰上まで肌が見えている。だがブランシュは、こっそりと返事をした。
「背中に目が行くので、胸元に視線が行きません」
ベラはブランシュの答えに、腕を組んでもう1度デザインをじっくりと見る。
そんなベラを見て、イヴァンはため息をついた。
「もういい、成人パーティーではこのドレスを着てください」
「い、いえ!こんなドレス見たことありませんし、め、目立ちたくありません!」
イヴァンの言葉に、ベラは大きな声を上げた。しかしイヴァンは怯まない。
「正直王女は引きこもりで、皆顔も体形もよく覚えていない。俺からしたら、ただ陰湿でビクビクしているイメージだ。だからこれで生まれ変われ」
「正直イヴァンの言い方は最低だけど、これは生まれ変わるチャンスだということには僕も賛同する」
イヴァンに続いて、ダヴィドはベラの目をみて優しく声を掛けた。
「母上も心配している。今すぐ結婚しろとは言わないが、そろそろ婚約者を考えてもいい年だし……誰かに命令される前に、自分の目で見ておいてもいいんじゃないか?」
ベラは3人の王子の言葉に、ゆっくりと俯く。そしてぽつりと言葉をこぼした。
「本当に……目立ちたくないのよ」
「ベラ王女。これはあなたの成人パーティーで、主役はあなたです。むしろ目立ってもらわないと困ります」
目を細めたダヴィドを見て、ベラは静かにうなずいた。
「で、でも、じゃあ何色のドレスにするの?無駄に凝った刺繍も嫌よ」
刺繍が得意なブランシュが作るドレスなので、ベラの言葉に3人の王子は言葉が出てこなかった。
「で、では、シャンパン色のドレスはいかがでしょうか?その、金色とも黄色とも違う、さりげない色です」
ブランシュはシャンパンを見たことないが、淡く美しい、派手ではないのに目を引くシャンパン色は知っていた。
「そ、そして刺繍の代わりに、縫い目が見えるところには、き、金の糸を使うのはいかがでしょう?」
一生懸命声をうわずらせながらも説明するブランシュに、ベラは立ち上がりデザイン画を手渡した。
「わかった。もうあなたに任せるわ」
♢
ベラの部屋を出たブランシュは、すぐにダヴィドとイヴァンに声を掛けた。
「あ、あの……ど、どうして第四王女殿下は、私が縫い子であることに驚いていたのですか?奴隷だからでしょうか?」
「は?お前知らないで働いてたのか?」
イヴァンは物知りなブランシュが、縫い子が“縫うこと”以外を行わないこと、普通は行えないことを知らないとは思わなかった。
「ブランシュ、普通デザインや型紙を引いたオーダーメイド作成は、仕立て屋の仕事だ。少なくとも僕は、縫い子がするなんて聞いたことがない」
「え!?で、で、でも、イヴァン様が……」
ブランシュはダヴィドの言葉を聞いて、イヴァンの顔を見る。しかしニヤニヤと笑っていた。
「でも、その、ア、アン様なども、だって」
「あれらは普段、仕立て屋の補助として行っていただけだ。仕立て屋抜きで行ったのは、お前が初めてだろうな」
ブランシュがあまりにも驚くから、イヴァンは説明しながら笑いが堪えられなかった。
「ま、そういうことだ。大丈夫、僕が許可を出している。これからも縫い子としてよく働くように」
ダヴィドはブランシュの肩をぽんぽんと叩くと、手をひらひらさせながら去っていった。
イヴァンはダヴィドが触った場所を拭うように、ブランシュの肩に手を置く。
「だとさ。わかったら王女のドレス作りを進めろ」
ブランシュはこくこくと頷きながらも、泣き出しそうだった。
(奴隷が縫い子なんてって思ってたけど……縫い子としても、してはいけないことをしていたのかも……)




