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32.第二王子の依頼再び

 ダヴィドのジャケットに刺繍が完成した頃。

 真っ白なドレスを着た第二王女のエリアーヌは、門の前で皆に祝福されていた。


 ブランシュも2階の廊下から、ジュリエットとエリアーヌを見送りに行った。

 エリアーヌはブランシュを見つけると、思わず手を振ってしまった。だが、ブランシュはただゆっくり目を細めるだけ。

 勘違いしたジュリエットが、ブランシュの隣で一生懸命手を振っていた。


 第二王子のジュールは、エリアーヌが手を振った先を見て、ブランシュに頼むしかないと思った。



 ♢

 


「ブランシュ、お前また昼休憩も取らず働いているとは、どういうことだ?」

「も、申し訳ございません。イ、イヴァン様……と、第二王子殿下?」


 イヴァンがブランシュの作業台に腰掛けると、ジュールはその後ろにそろりと立つ。

 ブランシュはすぐに立ち上がり、お辞儀をした。


「ジュール王子、要件を」

「は、はい!」


 ブランシュはジュールに椅子を用意したが、ジュールは足をぴたりと閉じて立ったままだった。


「実は僕の妹、第四王女のベラのことなんだけど……」


 王の側室はたくさんいるが、1人の側室が2人の子を成すこともある。そしてジュールにも、同じ母親から生まれた妹が1人いた。


「なかなか部屋から出てこなくて、その、部屋に引きこもってばかりなんだ」


 今回、ブランシュにお願いをしに来たのには理由がある。

 約1か月後に、第四王女の成人パーティーが行われるからだ。


 当然主役はベラなので、パーティーに参加しないわけにはいかない。

 加えて来賓対応や、1番最初のダンスを踊るなど、人の前に立たなければならない場面がたくさんある。


 エリアーヌの成人パーティーでは、最低限の挨拶だけして部屋に戻ったベラ。

 そしてその2週間後に、王族のみが参加した王の誕生日パーティーがあった。その際も参加したはいいが、踊ることはなかった。


 王は引きこもりで婚約者を作ることもなく、王の誕生日パーティーでもダンスをしなかったベラに、マイナスなイメージがある。

 それを払拭するべく、ジュールはブランシュの元へ来たのだ。


「ベラはドレスの採寸もさせてくれないんだ。でも、主役が採寸もしていないドレスを着るなんて……君にも意味はわかるだろ?」

「というわけだ。ブランシュ、お前ジュール王子と第四王女の部屋に行ってこい」


 イヴァンは頬杖をつくと、ニヤリと笑う。


「お、仰せのままに」



 ♢


 

 ジュールはブランシュに、どれだけベラを心配しているのかを語った。

 

「ベラが引きこもりがちになったのは、13歳の時。僕の成人パーティーの日以降、なぜか部屋から出てこなくなったんだ」

 

 ブランシュは静かに話を聞きながら考えた。しかし、まったく理由が想像できない。

 

「18の女性が独身でいるのは大問題だ。でもパーティーに参加もせずに、婚約者なんてできないだろ?とにかく原因がわかればいいんだけど」

 

 ジュールはただ、ベラが成人パーティーをきっかけに婚約し、女性としての幸せを掴んで欲しいと思っている。


(第二王子殿下は、第四王女殿下をとても心配している……私にできることがあるといいんだけど)


 ベラの部屋の前につくと、ジュールはドアをノックした。すると、1人のレディースメイドがゆっくりとドアを開ける。


「申し訳ございませんが、お帰りください」

「僕がきたと伝えてくれ」

「……かしこまりました」

 

 しかしメイドが振り返ると、すぐに返事が返ってくる。

 

「王女様はお会いになりたくないそうです」


 それを聞いたジュールは、思わず大きな声を出した。

 

「成人パーティーはどうするんだ!?せめてドレスだけでも好きなものを選んだらいいじゃないか!」


 ブランシュは、初めて見るジュールの姿に驚いた。だが、それだけ必死なのだと伝わってくる。

 

「帰って!お兄様でも会いたくない!」

「ということでございます。お引き取りください」


 ベラの悲鳴のような大きな声と共に、ドアはぴたりと閉まる。

 ジュールはブランシュの存在を忘れたかのように、無言でその場を立ち去った。

 

 ブランシュもトボトボと縫製室に戻ると、今度はダヴィドがブランシュのことを待っていた。


「どうだった?」

「えっと……な、何のことでしょうか?」

「第四王女のことだ」


 すべて筒抜けなのは、やはりベラが成人を迎えるからだろう。

 ブランシュは、そのままダヴィドの部屋に連れていかれた。


 部屋に入ったブランシュは、ダヴィドの隣の男性を見て身体が緊張でこわばった。

 ダヴィドは笑いながら男性を紹介する。


「こちらは僕のヴァレットの、チャトゥラだ。イヴァンで言うところの、ダルクと同じポジションだよ」

「初めまして、ブランシュさん。実は何度かお会いしているんですがね」


 ブランシュは慌ててチャトゥラに頭を下げると、チャトゥラもお辞儀をして隣の部屋へと出て行った。


(な、なんだったんだろう……)

 

「で、本題だ。第四王女のことだけど、僕としても外交的にこのままじゃ困るんだ」


 来賓は領地の貴族だけでなく、他国の王族もやってくる。この国とつながりを持ちたい国や地域は多い。

 つまり、そこにベラがいないというのは、外交担当のダヴィドの顔が潰れるのだ。


「そこで僕から君に、特別な紙を授けよう」


 ダヴィドはブランシュに、1枚の紙を渡す。

 

「わ、私の名前と……イヴァン様の名前?」

「そうか、文字が読めるようになってきたんだね。でも残念、これは僕の名前だ。フィルドールは、この国の王族の苗字なんだ」

「し、失礼いたしました!」

 

 苗字がないのは、下級使用人なら珍しいことではない。当然ブランシュにも苗字はない。

 

「君は今日、昼休憩を取らなかったらしいね」


 ダヴィドがニッコリと笑うと、ブランシュの肩にさらに力が入る。

 

「チャトゥラ、持ってきてくれ」

 

 ダヴィドが声を掛けると、チャトゥラはトレーを2つ机の上に置いた。

 座らされたブランシュの目の前には、温かいスープとパン。


「僕もパパッとこれを食べて、仕事をしなきゃなんだ。冷めないうちにいただこうじゃないか」


 ダヴィドが「いただきます」というと、ブランシュも小さな声でお礼を言い、手を合わせる。


(どうして温かい食事は、こんなにおいしいんだろう。それに、このチーズみたいな味がするのは何かな?)


 ブランシュは溶けたチーズを食べたことがなかったので、自分の知らない何かだと思いながらパンを食べた。

 ダヴィドは満足そうにブランシュを眺めた。



 ♢

 

 

 夕方、ブランシュはダヴィドの命令で裁縫教室の講師を休んだ。

 それから迎えに来たジュールと共に、ベラの元へ向かう。


 当然ベラの返事は先ほどと同じだったが、メイドに通告書を渡すと、渋々部屋に2人を入れた。


 ジュールに続いて部屋に入ったが、そこにベラの姿はない。

 ブランシュはあたりをこっそり見渡すと、机の上に積まれた大量の本に目が入った。


 少しして奥から出てきた女性を、ブランシュはジュールの後ろからそっと見た。

 羽織の下のその服は、まるで寝巻きのようなワンピースだった。


 貴族女性の服は、胸下かウエストあたりで1度絞るのが、一般的なデザインである。

 それは、普段着もパーティードレスも変わらない。

 

 しかし目の前のベラの服は、ほぼ真っすぐ下に落ちている。少なくともこの国では、寝巻き以外では見かけないデザインだった。

 

「私がなぜこんな服を着ているか、あなたにわかる?」


(ダボついた服……どこかわ隠したいのかな。だとしても……)


 身分の低いブランシュは、王女の体をジロジロと見ることができない。

 慌てて目を逸らすと、部屋にはレディースメイドが2人しかいないことに気がついた。


「お兄様、部屋の前で待っていて。この……奴隷と2人で話したい」

「あぁ、わかった。じゃあ、その、待ってるよ……」


 ジュールは慌ててドアに手をかけると、つまづきながら部屋を出た。

 

 静まり返った部屋には、ブランシュとベラ、それからメイドが2人。


 ベラはゆっくりと深呼吸をすると、メイドにワンピースを脱がせ、下着姿になった。


「あなたは背がとても低いわ。こんな小さい人を初めて見た。でも体形は……私とさほど変わらないわね」

 

 ブランシュの目がベラと合う。


「ねえ、私のこの体型……醜いでしょ?」

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